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韓流スターの妹  作者: 海之本
第1章 春
2/8

2 写真と検査

「ワテの名前は、キム・ジンや」


そう言って、キムは自分を指差した。


「あんた、イモトォやないですか?」

「いえ、空本ですが?」


キムの問いに、まじめにそう答えたが、キムの眉がぴくりと動いた。


「ソナ、ボケいらんわ!」


キムのツッコミに、ボケたつもりのない私は首をひねる。


「イ・モ・トォ!」


はっきりゆっくり言い直すキム。


「い、妹?」

「そや!あんたはイモトォや!チャン・ヨンウォンのイモトォや!」

「へ?」


一体何を言われたのか、理解できなかった。しかも’チャン・ヨンウォン’という名前に馴染みがないせいか、それが一体誰だったのかさえ一瞬分からなかった。


「いやいや、違いますよ?」


私は片手を振って軽く否定する。


「家族にそんな有名人いません」


冗談でもそんな話、家族から言われたことはない。


「ほな、訊くで?あんたはん、出身は○○県の××市やないか?」

「え?何で、知って…?」


キムの言ったその土地は、まさしく私が生まれ育った場所だった。

そこは今日初めて会った人間に、そう簡単に当てられるような特徴を持った土地でもなく、それもここから遠く離れた西日本の田舎町だ。この都心に近い今の住所には、父親の転勤に伴って高校卒業と同時に引っ越してきたのだ。にもかかわらず、初対面の外国人が、それも大手企業の社長がどうして知っているのだ?


「ほんでもって、生まれたのはコトリ産婦人科ちゅうとこやないか?」

「え?いや、な、名前までは分かりませんが、確か個人病院だったと思います。で、でも…」

「やっぱりそうや!あんたが、ワテらの探してたイモトォや!」

「いやいやいやいやいや」


私は両手を振って、一人暴走するキムを本気で止める。


「ちょ、ちょっと待って下さい。そこの生まれだからって何で妹になるんですか!?それに何で私のこと知ってるんですか!?」


言い当ててすごい、なんて言える程度ではないだろう。どこでその情報を知ったというのか。


「ワテが言ってるのは、全部チャン・ヨンウォンの妹を調べて分かったことや」

「はい?」


どういうことなのか、さっぱりわからない。

 

「ヨンウォンの妹は、そのコトリ産婦人科デ生まれてん。ほんで、そこで取り違えられたんや」

「取り、違える?」


何をどう取り違えたというのだろう。その言葉が意味することがよく分からなかった。


「生まれたばっかの赤ん坊は、皆一緒の部屋に寝かされるやろ?ほんで何や、よう似とる。何かの手違いでこうなってしまう事故が稀にあるンヤ」


そう言ってキムは真剣な顔で、両手をクロスさせた。


「やからな、つまり、同じ場所で同じ日に生まれた二人の赤ん坊が、人為的ミスで入れ違ってそれぞれの親に渡されたっちゅうことや」


鋭いキムの目は一層力がこもり、嘘をついているようには思えない。


「ま、まさか。それが私だなんて言ってるんですか?」


キムはゆっくりと頷いた。


「それはな、19**年の8月にコトリ産婦人科で起きたんや」


私は、はっとした。まさにそれは私の生まれた年でもあり月でもある。


「それが、ヨンウォンの母親とあんたんとこの家族や。ヨンウォンの母親がな、血液型で気付いてん。母親はA型、父親はO型。やのに、その子はAB型やったんや。おかしいやろ?」


確かに。そして私はA型だ。


「ヨンウォンの母親は何度も病院に訴えてんけど、貧しい外国人ゆう立場やと、世間も病院も相手にしてくれんかったらしい。挙句には金目当てや思われて、悪モン扱いや。結局、あんさんとこの親らに真実は告げられんまま隠ぺいされてしもたんや」


キムは嘆きながら、首を振った。


「けど子供は生きとる。ヨンウォンの母親は他人の子や分かっとったけど、自分の子として育ててん。その子に罪はないゆうて、それは大事にされとった。けどな、1歳にも満たずして死んでしもたんや。不憫やな」


そう告げるキムの目が、どこか悲しげに見えた。まるでその様子をまじかで見ていたかのように。そして、キムは眉を下げて寂しそうに私を見た。


「実はな、ヨンウォンの両親…あんたの本当の親はな、父親はあんたが生まれる前に事故で、母親はヨンウォンが5歳の時に病気で死にはったんや」

「死んだ…?」


だがそう言われても、正直なところ衝撃はない。キムの話がどうしても自分のこととは思えず、他人の出来事のように思えてならない。


「お母さんな病気で倒れた時、どこでどう手に入れたんかは知らんけど、これをヨンウォンに託したんやそうや」


キムは胸内ポケットから一枚の写真を取り出して、机の上に置いた。

色の褪せたそこには、イーと歯を見せ笑っている3歳ぐらいの女の子が映っている。


「ヨンウォンのイモトォや。あんさんに、そっくりやないか?」


‘そっくり’その言葉に、どきりとして写真を覗き込んだ。快活で悪戯っ気のある、おしゃまな性格が見て取れる。確かに、私の幼いころに似ていなくもないが、かと言ってこれが私かと言われれば、違うよな気がした。


「実はな、わてはヨンウォンに頼まれて、取り違えられた妹の行方を探しとったんや。ほんで、日本で日本人として育てられたその子がな、この中央会社に勤めてるっちゅうことまでは分かったんや」


聞き覚えのある社名に、予感が続く。


「でもな、名前は分かってても今の顔は分からん。どうやって探そう思っとったときに、ヨンウォンに中央会社からオファーがきてん。もうただの偶然やない。そう思たわ。これは、イモトォを探し出すチャンス。絶対この目で見つけたる、そう意気込んどったら、もう、あんさんがここに!

写真のまんま。面影あり過ぎや。一目見てすぐ、ヨンウォンの妹やって分かったわ」


キムの話を聞いていれば、条件だけなら私がまさにぴったりとあてはまる。言われていることも理解できる。だがキムから話を聞かされれば聞かされるほど、頭の中が混乱する。


「ほんで、これチャン・ヨンウォン」


唐突にキムは、手に持っていた茶封筒の中から取り出した別の写真を差し出した。

 

「さっき社長にも見てモラた写真やけどな」


差し出されたそこには、爽やかな印象を与える、微笑みを浮かべた若い男が映っていた。スポットライトを浴び、どうすれば自分を最大限に良く見せることができるのか計算された表情の作りや、顔の向き。そしてそういったものに引けを取らない、柔らかにウエーブした肩にかかる髪や、きめの細かい肌。何より光輝く瞳が、只者ではないことを物語っている。

初めて見た顔だったが、確かに、スターだと言われても納得だった。


「あんさん、チャン・ヨンウォン見たことないやろ?」


不意にそう言い当てられどきりとする。


「もし、知ってんなら、ヨンウォンが自分の兄やって可能性否定できやんはずや」

「ど、どうしてですか?」

「あんさん、チャン・ヨンウォンによう似とるわ。だからな、疑うヨチない」


そう言い切られても、どう似ているというのだろう?自分では、全く分からない。


「この目…」


キムは、写真の男の目を指さした。


「この細くて切れ長な目、そっくりや」


そうだろうか?私には、写真の男の目の方が、大きく力強い気がする。


「この口…」


今度は口元を指さして見せるが、私には、写真の男の方がふっくらとして形がいいように思える。


「顔やったら一番、このあごがよう似とる」


そう言って、キムは自分の頬の下をさすりながら、私に見せる。まあ、確かに、チャン・ヨンウォンも私と同じ卵型の顔をしてはいる。


「いや、でもやっぱり信じられません。なんか全然ピンとこない。私じゃないって気がするんです。そもそも、私がその妹だって言う証拠がないじゃないですか。こんな写真だけじゃ…」


私はテーブルの上の2枚の写真に目をやる。色あせた写真。その中の女の子は幸せそうだった。皆に愛され、伸び伸びとその幸せを体いっぱいで表している。これは、私なのだろうか?


「よし、ワカタ。あんさんがヨンウォンの妹やって証拠、見せればいいんやな?」


キムは、まっすぐに私の目を見て言った。


「わては、あんたと今のカジョク引き離すつもりはない。ただワテがもし、あんさんがヨンウォンの妹やって納得できる証拠だせたら、一度だけでいいんや。ヨンウォンに会ってやってくれへんか?」


その真剣な眼差しを見つめ返すことができず、私は目を反らした。


「そ、そんなの分かりません…」


だが、私は妹ではないのだからそんな証拠、キムに用意できるはずはない思う。思うが、もし万が一にもキムの言うことが真実だとしたら、という思いがよぎらないと言えば嘘になる。


「よっしゃ!わかった!」


思いのほか明るい声が聞こえ、顔を上げると、キムの目は爛々と輝いていた。


「わてかてあんさんの立場やったら、そりゃ証拠欲しい思うわ。そやからはっきり証明したる!」


キムはにやりと笑った。

本気だというのか?証拠を出せと言えば、うろたえるかもしれないとどこかで期待していたのだが。


「あんさん、今日健康診断やったんやろ?」

「え?は、はい」

「ほな、そこでDNA検査してもらお?」

「DNA?」


そんな検査、テレビでしか聞いたことがないが、普通の病院で、しかも一般人のDNAを検査してくれるのか?


「そうや。病院にもよるやろけどな。あそこやったら問題ない。面倒やけど、仕事終わったらモッカイ、病院行ってくれやンか?コッチが費用受け持つで」


病院は会社から徒歩で数分のところだ。帰宅にそう支障はないが、DNA検査とは何をされるのか分かったもんじゃない。


「まだ、受けるって言ってません」

「なに、ちょっと口ん中、麺棒でチョチョッと擦るだけや。でも確実にあんさんから採取しやなあかん。本人確認できるもん、何かもっとるか?」

「免許証なら…」

「十分や。ほな、それ持ってってな」

「え?でも!」

「これは中央会社の取引先としての、我がコレアン・ビックカンパニーからの正式な依頼や!せやから、検査、受けてくれるな?」


そう言われてしまうと、何も言い返せなかった。この会社の一介の社員の身としては、頷くしかない。だが、幾ら違うと否定したところで、キムという人物は、はっきりと証拠を見せない限り、私がヨンウォンの妹だと言い続けるのだろう。それなら、はっきりさせてやろうじゃないか。

私は検査を受けることを了承した。


「ほな、結果がでたらすぐ連絡するで!待っといてくれ!!」


私が妹だと認めたわけでもないのに、キムは嬉々として身を乗り出した。


「そや!一番肝心なこと忘れとった。ワテが今言ったことは、ヨンウォンの極秘情報や!スキャンダルもンやからな。あんたとこの社長も含めて一切口外したらあかんで?いいか?これはあんさんとこの、会社の信用が懸かっとるでな?」


分かるだろ?というようにキムは肩を透かして見せる。もしも誰かに言えば、会社にペナルティを仕掛けるということ…なのか?

食堂を後にするキムの背を見送りながら、自分がやっかいなことに巻き込まれたような気がしてならなかった。



その晩、キムから無理やり手渡された2枚の写真を眺めていると、母親が女の子の写真を見たとたん、


「そうそう、この首をかしげて笑うポーズ。永奈エイナ、小さい時からカメラ向けると、絶対このポーズとったのよね」


母は、目を細めて微笑んだ。母がそう言うのなら、やはりこの写真の女の子は私なのか?


「この頃は、可愛かったなぁ」

「何それ?今は可愛くないの?」

「だって!今はもうすっかりママより大きくなっちゃって」


母はそう言って、ため息をついた。


「あれ?でもこれ、どこで撮ったんだっけ?」


首をひねる母を見て、ヨンウォンの母親が、どこで手に入れたのか分からない娘の写真を持っていた、と言ったキムの言葉を思い出した。もしかしてこれは、ヨンウォンの母親が人知れず、私に会いに来た時に撮った写真なのだろうか。ふとそんな考えが浮ぶ。

あながち、「似ている」そうキムの言った言葉は嘘ではないのかもしれない。


「ねえ、私が生まれた病院て何ていうの?」

 

「何?今さら。どうしたの?」


母は不思議そうに私を見たが、それ以外何か訊くわけでもなく教えてくれた。


「コトリ産婦人科っていうおじいちゃん先生の病院。でも永奈が3歳ぐらいの時、先生亡くなって病院つぶれちゃったのよね」


私は、胸の中の小さな不安が、いっきに大きく膨らむのを感じた。


私が上司に呼び出されたのは、それから数日後のことだった。

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