サラリーマンと苦栗たちの休日
その日、俺は仕事が休みで、ソファーに座りながらテレビを見ていた。
好きなバラエティー番組に大笑いしつつ、俺はソファーの前にあるローテーブルの上のお茶を取って飲んだ。
「ご主人様」
鈴を転がしたような可愛らしい声が、隣の下の方から聞こえてきた。
見なくても分かる。
苦栗だ。
俺はキノコ育成キットから生えてきた五人の小さな女の子、苦栗たちと暮らしていた。
苦栗たち五人の名前はイチ、ニイ、サン、シイ、ゴウ。
本来の名前はただのナンバーだったが、俺は少しだけ変えて呼んでいた。
小人サイズの女の子が生えてきた時は驚いたが、今ではすっかり慣れ、五人の女の子たちとの同居生活を違和感なく送っている。
この声は五人のうちの誰かだろう。
「何だ?」
俺はテレビから視線をそらさずに返事をした。持っていたお茶をテーブルに置く。
テレビではちょうどお笑い芸人が罰ゲームを受けるところだった。二つあるシュークリームのうち片方に大量のカラシが入っている。二人で食べて、どちらかがカラシ入りに当たるという古典的なものだが、カラシを食べる瞬間を見逃したくなかった。
俺の予想だと右のシュークリームがカラシ入りだ。
「ねえねえ。ご主人様!」
「ああ?」
俺はまた声の方を見ずに返事をした。
今はお笑い芸人二人がシュークリームの前で悩んでいるところだった。
「ご主人様ってば!」
「何だよ」
イケメン芸人が右のシュークリームを取った。
よし来た!
ぶざまな姿を晒すがいい!
「ご主人様!」
怒鳴り声とともに腕を引っ張られた。
「何だよ。聞いているから話せ」
「こっち見てください!」
「聞いているからいいだろ」
芸人がシュークリームを手に取る。シュークリームを食べるカウントダウンが始まった。
「ねえねえ!」
うるさいな。
五。
「ご主人様ったら!」
もうすぐだ。
四。
「もう……!」
三。
ん?
急に静かになったな。
まあ、いいか。
二。
「ご主人様ーーー!」
苦栗の叫び声とともに目の前が暗くなった。
「あ! こら!」
顔面がぬくい。
俺は顔に貼り付いた苦栗を、つまみ上げて剥がした。
「テレビが見えないだろ!」
慌ててテレビを見ると、CMが流れていた。
どうやら気になるシーンはCMの後で! となったようだ。
とりあえず、芸人がシュークリームを食べる瞬間を見逃していないことに、俺は安堵した。
「いったい何なんだ?」
俺はため息を吐きながら苦栗を見た。
「やっとこっち見てくれたー!」
俺の目の前でぶら下げられた苦栗が、頬を膨らませる。苦栗の腰の辺りを俺が摘んでいるので、苦栗は身体を腰で曲げ、両手両足がブラリと浮いていた。赤い光を放つ紫色の瞳が俺を見ている。
「何度も呼んだのにー!」
苦栗が身体を揺らすと、黄色っぽいワンピースと肩を覆うだけの蜘蛛の巣状のショートマントが苦栗とともに揺れた。
「ん?」
俺は五人のうちのどの苦栗か確認しようとして、硫黄色の短い髪を見たのだが、目当てのものが見付けられない。
「ヘアピンはどうした?」
苦栗たちは名前のナンバーと同じ数字のヘアピンを、いつも頭に付けている。
苦栗たちは顔がそっくりなので、パッと見で見分けるのは難しい。
俺は数字のヘアピンを見て、どの苦栗か判断していた。
「ふふふ」
苦栗が不敵な笑みを浮かべる。
「何だ気持ち悪いな」
「気持ち悪いって何よ!」
怒った苦栗が暴れだした。手足をバタバタとさせて大きく動くので、摘んでいた苦栗の服が、指の間から逃げた。苦栗が落ち、苦栗はじゅうたんの上に着地する。そして、そのまま走りだし、テーブルの上に登った。
「あれ」
テーブルの上には、いつの間にか他の苦栗たちも揃っていた。
「どうしたお前ら?」
他の苦栗たちもヘアピンを付けていない。
落ちた苦栗が合流すると、五人の苦栗たちは手を繋いで、素早くぐるぐると円状に回りだした。
「何だ何だ?」
いきなり何を始めたのか。
ぐるぐる回るのをやめると、今度はテーブルの上をうろちょろと走り回り、ジグザグにお互いの間を駆け抜ける。しばらくそうしていたかと思うと、苦栗たちは一列に並び整列した。
「さあ私はだーれだ?」
真ん中の苦栗が手を上げる。
ああ、なるほど。
ヘアピンなしでどの苦栗か当てろということか。
俺はため息を吐いた。
「何かと思えば……」
「だーれだ? だーれだ?」
手を上げた苦栗がぴょんぴょん跳び跳ねる。
頭にある三本のアホ毛を揺らしながら。
こいつらは忘れているのだろうか?
「……サンだろ」
「当たり!」
サンが驚いた顔をした。
「じゃあ私は?」
サンの右隣の苦栗が手を上げる。
「ゴウ」
「凄い凄い! 当たってる!」
その後も他の苦栗が一人ずつ手を上げ、俺はそれを当てた。
「ご主人様凄い!」
「私たちのこと分かってる!」
「さすがご主人様!」
苦栗たちがテーブルの上でキャイキャイはしゃぎだした。
うん。
これは完全に忘れている。
苦栗たちを見分ける方法はヘアピンだけではない。
頭のアホ毛の数でも見分けることが出来るのだ。
俺はアホ毛を見て当てただけだ。
苦栗たちはアホ毛のことを忘れ、大喜びしている。
……わざわざ言う必要はないな。
ちょうどCMが終わったので、俺はテレビに視線を戻した。
end




