赤い落下物
なんだ、アレは?
四月。学校が始まってから一週間。
僕の教師生活が始まってから一週間。
三年二組の生徒との生活が始まってから一週間。
そして……教室の入り口に黒板消しが仕掛けられていた日から一週間。
そして今日。
どうして……、どうして……、どうして教室の入り口に赤いザリガニが仕掛けられているんだよ!
そもそもなぜこんなことになっているのか説明しよう。
僕、埼玉学はこんな名字だが静岡県のとある小学校で先生をやっている。といってもまだ一週間であるけど。
始業式の日、驚くことにいきなり担任をやらせてもらえるということで僕はとりあえず三年二組の子たちと仲良くなることを第一に考えていた。
そんな僕は明るい笑顔を崩さないように注意しながら、大きな挨拶とともに教室の入り口の扉を思いっきり横に開けながら足を進めた。が、
「おはよう、みんな~~ぁああぁ?」
頭上への妙な衝撃が妙な声へと変換された。
クラスは笑いに包まれる。
足元には一つの黒板消しが落ちていた。
な、なんと、黒板消しが仕掛けられていただと!?
こんないたずらマンガの世界でしか見たことないよ! マンガですらあまり成功してないよ!
僕の脳内を思考が駆け巡る。そしてスイッチが入る。
大学四年間で培われてきた、いじられキャラのスイッチが。
僕は黒板消しを拾い上げる。笑っていた生徒たちに少しの緊張がはしる。僕が怒ると思ったのかもしれない。
ちびっこい三年生の視線が僕に集まる。
よし、この空気ならいける。
僕は黒板消しを持ったまま一度廊下に出る。そして入り口の扉を閉める。ただし黒板消しを挟みながらだ。
息を整えて再び入り口の扉を開けて教室に入る。
当然黒板消しが頭上に落ちる。
今だ!
「いってぅええぇ~~! 黒板消し? 誰だ~~こんなもん仕掛けたのは~~!? って、僕か~~~~!」
いっときの静寂。しかしその後に訪れるのは大爆笑。
かくして僕は三年二組の子たちとの最初の日を笑いで迎えることに成功したのである。
が、これがまずかった。
翌日、二つの黒板消しがセットされていた。
当然、注意などはせずに笑いへとはしった。
さらに翌日、三つの黒板消しがセットされていた。
見事に喰らってあげた。
さらに翌日、黒板消しが四つもないからか、チョークが添えられていた。
強化されていく落下物。
今更叱ることのできない担任(僕)。
それでも先週は学校の備品だった。それがどうだ、土日をはさんだ今日月曜日。
もう一度言おう。
なんで教室の入り口に赤いザリガニが仕掛けられているんだ!?
えっ、先生 (僕)はこのいたずらに反応をとらなきゃいけないの!?
ザリガニで反応をとれるのは、“いたいよ、いたいよ”でお馴染みの芸人、入川のレベルの人だけだよ! 達人の芸は危険だから良い子は真似しちゃいけないんだよ!
どうしよう……さすがにこれは叱るべきか……先生(僕)と仲良いと子供は言うこと聞いてくれるけど、なめられると聞いてくれないもんな……
‘ココデヒイタラ、オマエハナメラレルゼ’
なんだ今の声は……
‘ホラ、オレノハサミデリアクションヲトッテミナ’
まさか……ザリガニ!? お前なのか!?
扉にはさまれながらもハサミをふるうザリガニと、僕の目があう。
‘オレガ、ホドヨクハサンデサポートシテヤルヨ’
さすがはアメリカザリガニ、喋りがカタコトだ。
しかし幻聴ではない。先生(僕)はドラッグなんてやってないから、確かにザリガニとの会話が出来てるんだ!
もしかしたら、入川もザリガニと会話が出来てるのでは……?
達人の芸とはザリガニにサポートされているのでは……?
だとしたら僕も達人の域に……
‘サア、ナメラレナイリアクションヲトロウゼ’
ザリガニのうねるハサミが僕を手招きする。大丈夫。あいつも仲間だ。見てろ、三年二組の子たちよ!
僕は扉に手をかける。
これが、埼玉学という教師だ!!
開く扉、集まる視線、落ちるザリガニ、挨拶をする先生(僕)、頭上に乗るザリガニ、
大丈夫。こいつは僕をホドヨクはさんでくれる……
「おはよう~~みんな~~っってぇえ、いててええぇぇええ!!??」
ざ、ザリガニ!? お前……全力じゃないか!!
やめろ、えぐるな! つむじをえぐるな!
くそう、何が会話だ! 何が達人の域だ!
純粋に痛いよ、ただただ痛いよ、
「いたいよ、いたいよ!!ヤバイよ、ヤバイよ!!」