番外編とある側妃の結婚生活1
ある日、アレクセイと二人で過ごしていた時である。南の御方こと現在は彼の正妻であるスージーは昔を思い出してため息をついた。かつて、彼女は皇太子サミュエルの側妃のうちの一人だった。正妃に近い側妃と呼ばれていたのはとっくの昔の話だ。
現在は公爵家に下賜され、長男のアレクセイと夫婦になっている。後宮にいた頃はそれこそ、気の抜けない日々だった。
スージーは十五歳の時にサミュエル皇太子の側妃になった。両親に言われるがままに後宮に入ったが。スージーを待っていたのはたくさんの側妃たちと正妃の座を巡る権力争いだった。毎日、側妃たちからの嫌がらせや罵詈雑言を浴びせられ、苦しめられた。
スージーを守ってくれるのは実家から付いてきた侍女たちと伯爵家出身であるというプライドの二つだけであった。その二つを支えに三年間を乗り切ったといえる。
そんな昔に思いを馳せていたら、夫のアレクセイが声をかけてきた。
「…スージー。どうした?」
柔らかな光を湛えた淡い青の瞳と緩やかな癖毛の金髪のアレクセイは穏やかに笑っている。スージーは顔を赤らめながら、答えた。
「…いえ。昔は大変だったなと思いまして」
「ああ、後宮に入っていた時の事か。スージーは今の皇太子妃様と仲良くしていただいていたね。それについて、思い出していたのか?」
「はい。後、他のお妃方の事も。北の御方などは嫌がらせが酷くて。まあ、お顔は美しい方でしたけど性格はなかなかでしたわ」
スージーが苦笑いしながらいうとアレクセイは肩を竦めた。
「そうか。北の御方といったら、嫉妬深い事で有名だったね。皇太子殿下から聞いた事があるよ」
「はい。北のジュリア様も今は筆頭公爵家のご次男に嫁がれましたけど。夫君は大変だと思います」
スージーが頷きながら言うとアレクセイは彼女を抱き締めた。
「…まあ、昔の話はここまでにしよう。スージー、庭を散策しようか」
スージーはこくりと頷いた。アレクセイに手を引かれながら、ベランダに続くガラスの扉から庭へと出た。庭に咲く薔薇の花は見事でスージーはほうと見とれてしまう。
アレクセイも隣に咲くチューリップなどの花に目を細める。後宮に入っていた頃よりも今の方が幸せだと言える。
夫のアレクセイは優しいし義理の両親も親切にしてくれるのだから。スージーは嫁いでまだ、半年だが。彼女のお腹の中には既に子供が宿っていた。
アレクセイはひどく喜び、以前よりも一層、大切にしてくれている。後宮にいた頃は懐妊なんてしようものなら命の危機と言えた。
それに比べたら今の方が遥かにましだ。スージーはそう思いながらアレクセイの手を強く握りしめた。彼も気づいて握り返してくれた。
夜になり、スージーは夫より早めに就寝していた。伯爵家から付いてきた侍女たちの中で長年仕えてくれているイリスがスージーの世話を一番焼いている。イリスから、夜は早めに寝るようにと注意されたのもあって懐妊してからは九時以降は寝るようにしていた。
スージーはため息をついた。
(…旦那様は優しくしてくださるけど。わたしの実の両親の態度には呆れるわ)
そう、彼女の実の両親こと伯爵夫妻はスージーが側妃であった時は正妃を目指せるとあって猫可愛がりをしていた。それこそ、高級だとわかるドレスやアクセサリー、靴などを彼女に月に一度は与えて侍女たちに飾りたてさせていた。皇太子の目を少しでも引くように。けど、それがスージーにしてみると重荷でしかなかった。早く、この真綿のような牢獄から出たいとさえ思っていたのだ。サミュエル皇太子から寵愛を得られたわけではない。スージーの身も心も今の夫、アレクセイに出会うまでは清いままだった。
その実、ジュリアや白百合の君以外は側妃を迎えるだけ迎えてサミュエルは放ったらかしにしていた。彼は浮気者と見せかけて自身の正妃にふさわしい女性を探していた節がある。それともうひとつはこの国の貴族たちの不満を押さえるためではないかとスージーは思っていた。
最後に入ったシンフォード公爵家の令嬢、メアリアンが結局は正妃になった。これにより、貴族たちの不満や思惑などを押さえてしまったのだ。サミュエルの手腕にはスージーも夫のアレクセイも驚きを隠せなかった。
とにかく、側妃でなくなってしまったスージーに対し、伯爵夫妻はがらりと態度を変えた。白い目で彼女を見て父でもある伯爵はこう言った。
『…役立たずの穀潰し』
『何で、今頃になって帰ってきた。正妃の座を手にできなかったお前などもう、我が家には必要ない』
そう言われてスージーは今までの努力を認めてはくれない両親に大いに失望し、呆れ返った。
『…あら、せっかく帰ってきた娘にかける言葉がそれですか。わかったわ、お父様、お母様。わたし、これからはもう二度とあなた方にはお会いしません。これっきり、縁を切ります。公爵家に下賜されるのが決まりましたのに。残念です』
スージーは笑顔でそう切り返した。声は冷たく厳しいものだったが。
珍しく、冷淡といえる態度をとった娘に両親は目を白黒させる。母は一体、どうしたのと声をあげた。
スージーは何も言わず、踵を返した。困惑する両親を置いてスージーは玄関口のドアに向かう。
そのまま、ドアを開けて外に出る。馬車が停めてあり、中からこの時は婚約者だったアレクセイが下りてきた。
彼女が黙って馬車に乗ろうとしているのを見て、手助けをしてくれる。あの両親とはえらい違いだ。スージーは馬車に乗り込むとアレクセイと向かい合う座席に腰かけた。
彼も座って扉を閉めると御者に馬車を走らせるように合図を出す。走り出した馬車の中でスージーは大きくため息をついたのだった。
そこまでを回想してスージーは頬に流れる涙を拭った。あれが半年前の出来事だった。スージーは懐妊したが実家には一切、知らせていない。
アレクセイも何も言わないのでそのままにしている。彼の思慮深さや懐の深さには感謝している。
そんな彼を勧めてくれた皇太子にも礼を言いたいと思ってはいるが。悪阻はあまりなく、他の不調もない。
このまま、静かに過ごせれば、それが一番だ。皇太子夫妻も仲はうまくいってると聞いている。
自身の子が元気に生まれてきてくれれば、構わないとアレクセイも言っていた。彼とこれからの時を過ごすのだ。実の両親の事を思うと辛くはあるが。それでも、前を向いて進んでいきたい。
スージーはそう思いながら、まだ平たい自分の腹を撫でた。アレクセイが帰ってくるまで後少しだ。
彼の事を思いながら、笑みを浮かべたのだった。




