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ファンタジー

おっさん、Z世代と異世界で冒険者になる

作者: invitro
掲載日:2026/05/20


 田中武タナカタケシ、今の会社に転職して勤続二十五年の中間管理職。

 仕事にはいい加減慣れたはずだったが、この季節は未だに鬱になる。



「早乙女くん、ここ間違ってるよ」

「あっはい、間違ってますね」

「間違ってますねじゃなくて確認してから提出して。この注意するの三度目よ」

「ははは、いつも迷惑おかけしてすんませんっす」

「笑うところじゃないよ、どういうメンタルしてるの君」


 今年も新人と似たようなやり取りを繰り返す。

 彼らはなぜか言ったことを一度で学習しない。

 頭を下げるのも形だけだ。

 仕事も職場の人間関係もどうでもいいと思っているのだろう。

 そのクセ少しでも気に食わないことがあれば、やれパワハラだ、やれ残業はイヤだ、と自分の権利だけは主張する。それに――


「大也、また田中課長に叱られてんじゃん」

「あーもう仕事やめよっかなー。配信のがヨユーで稼げるし」

「こっちが副業かよ」


 一人前の仕事ができるようになるまで、新人社員なんて会社にとっては役に立たない負債でしかないのだ。なのに、彼らはこちらがどれだけ根気よく丁寧に仕事を教えても、ようやく仕事を覚えた頃になると辞めてしまう。

 対策を練ろうにも、Z世代はまるで未知の生き物を相手にしているようで、何を考えているのかまったくわからない。業務の中で新人教育ほど難しいものはないと思う。




 ◇




「ここは、どこだ……」


 仕事中、タクシーで移動していたら居眠り運転のトラックが突っ込んできた。

 トラックは私と部下の早乙女サオトメ大也ダイヤくんがいた後部座席へ直撃。

 死んだ――と思ったら、何もない草原に立っていた。



「天国なのか……?」

「ちがいますよ課長。これあれっすよ。異世界転移ってやつっすよ」

「異世界? なんだねそれは」

「さっき神様が『死ぬはずだった運命の人と間違えて殺しちゃったから、特例として別の世界で人生をやり直すチャンスをあげる』て言ってたじゃないすか。まぁーやり直すっても言葉が通じるようにしてくれただけで、魔法とかチートスキルとかなんもくれなかったっすけど。神様まじケチっすよね」


 死にかけたショックでトラックが衝突したところから記憶がない。

 そもそも間違えて殺しちゃったってどんなバカ野郎だ。

 ケチとかそういう次元じゃないだろ。

 ミスの重さの割にノリが軽いし、神様にもZ世代とかいるのかもしれない。


「他には何もなかったのか」

「新天地でのご活躍をお祈りしています笑、だそうです」


 Z世代じゃないな、間違いなく邪神の類だソイツ。

 ……とゆうか、人生やり直すってこれからどうすればいいんだ。

 途方に暮れていると早乙女くんが私の肩に手を置いた。



「でもとりま、あれっすね」

「ん?」

「運転手さんと前の席に座ってた牧野さんは助かったみたいでよかったっすね」

「ッ……そうだな」


 ダメな若造だと思っていた早乙女くんのセリフにハッとして我に返った。

 私は自分のことばかり心配して周りが見えてなかった。

 早乙女くんはまだ二十歳そこそこの若者だ。

 上司であり年長者でもある私が彼を導いてやらねばならない立場だろうに。


 両手で頬を叩き気合いを入れ直す。

 よし、まずは人の住む場所へ行くために街道を探そう!


「ははっ、いまの仕草すげー中年っぽい。課長ウケるわ~。動画撮っていいすか?」


 相変わらず早乙女くんは私をイラッとさせる。

 けど、騒がしい彼のおかげで不安に押しつぶされる心配はなさそうだった。




 街道を見つけ2時間ほど歩く。

 丘を越えた先に壁のようなものが見えた。

 ようやく人に会える――

 そう思うと自然に足が速くなった。

 しかし壁に近づくにつれてまた歩幅が小さくなっていく。

 辿り着いたのは高くそびえ立つブ厚い石壁だった。

 壁の上には大きな弩があり、明らかに戦闘を想定したものだ。

 しかも門の前には槍を持った兵士が立っている。

 もしかしてここって、中世とか戦国時代と同じ文化レベルなのでは?



「ちゃーっす。お勤めご苦労さまでーす」


 私が戸惑っている間にも、早乙女くんはビルの守衛さんに挨拶する時と同じノリで門を通過しようとしていた。


 ちょっと早乙女クゥーン!?

 なに顔パスみたいな感じで通ろうとしてるの!?


「待て、見ない顔だな。なにか身分を証明するものはあるか」

「え、身分証? 異世界だしパスポートかな……あ、でも家か。社員証でもいいすか?」

「なんだそれは。貴様バカにしているのか!」


 案の定、門をくぐる前に取り押さえられた。

 早乙女くんが困った顔でアイコンタクトを送ってくる。

 え?いやいや顔写真入ってるとかそういう問題じゃないからね。



「申し訳ございません! 私達、田舎から出てきたばかりで何も分かっていなくて。ほら、早乙女くんも頭下げてッ!」


 槍を握った強面達が剣呑な目つきで睨みつけてくる。

 やっぱりここは危険な世界なんだ。

 早乙女くんの頭を地面に押さえつけて兵隊さんに土下座する。


「課長……これパワハラですわ」

「そんなことを言ってる場合じゃないってわからないのかッ」

「今のはロジハラ」

「君はもう黙ってなさい!」

「あ、俺もハラハラしちゃいました?」


 私の土下座と必殺のウソ泣きが効いたらしく、出稼ぎにきた田舎者として門は通してもらえた。

 取引先でいつでも涙を流せるように特訓しておいてよかった。やはり謝罪交渉に最も有効なのは涙。中年の涙には相手をいたたまれなくさせる効果があるのだ。


 あと門兵のみなさんが、かわいそうなものを見る目で早乙女くんを見ていた。危機感がなさすぎて頭の残念な子だと思われたのかもしれない。




 ◇




 どうやらこの世界は、剣と魔法のファンタジーと表現するのが一番合っているようだった。人間同士の戦争よりも、モンスターや魔族といった危険な生物との戦いが脅威らしい。

 そして流れ者の自分達が就ける仕事は、冒険者なる職業しかなかった。

 冒険者――最初は地図にない場所を目指す探検家のことかと思ったけど違った。

 冒険者とは街の外で危険な仕事全般をこなす何でも屋的な存在らしい。山や森の奥にある貴重な薬草を採取したり、害獣モンスターを退治したり、ダンジョンと呼ばれるモンスターの棲み処を攻略したりが主な業務内容のようだ。


 ふっ。まさかこの年になって、若い頃、空手三段剣道四段まで行った私の力を披露する機会が訪れるとは思わなかったな。




「いたた、すまないがもっと優しく歩いてくれ。腰に響く」

「課長バカじゃないすか。運動不足なくせにいきなり剣なんて振れるわけないじゃないすか」


 最初に最弱モンスターと有名なスライム退治の依頼を受けてみたところ、三匹目を倒したところで腰をいわしてしまった。

 早乙女くんに背負われながら街まで帰還する。


「これでも昔はすごかったんだぞ~。私が学生の頃は暴走族とかたくさんいて、すごい荒れてたけど、ケンカで負けたことないし」


 今の若者には信じられないかもしれないが3、40年前は社会全体が暴力に寛容だった。危険が日常に転がっていた。

 不良は目が合っただけで殴りかかってくるし、学校の廊下をバイクが走ってるし、卒業式の日は御礼参りとか言って教師が半殺しにされるし、暴走族同士の抗争は死人が出るまで続いた。


「どんな世紀末すか。昔のことだからって話盛ってません?」

「本当なんだけどなぁ」

「んじゃ課長の住んでたとこが治安最悪だっただけすよ」


 ちなみに早乙女くんは「モンスターでも生き物の命を奪うなんてムリやだ野蛮~」とか甘ったれたことをぬかしたため荷物持ちしかしていない。




 腰の痛みは途中で拾っていた薬草ですぐに治せた。

 だがしかし、指摘されたように私の運動不足は深刻だった。

 ついでに私達の経済状況も深刻だった。

 冒険者ギルドで装備をレンタルする金額も馬鹿にならない。

 ということで、しばらくは草原で薬草集めに専念する方針に切り替える。


 本来、都市周辺での薬草採取依頼とは、冒険者に成りたての子供がやるような仕事だ。

 ただ冒険者というのは学がない上にまともな教育を受けている者が少ない。てきとうな仕事をする者、雑草や指定された物と違う薬草を持ち帰える者、雑な抜き方で葉の傷んだ物を採取してくる者がたくさんいる。その点、日本人の持前である几帳面な仕事をする我々の評判は最高だった。冒険者の仕事はちゃらんぽらんな早乙女くんがまともに見えるほどひどかったのだ。


 おかげではじめの頃は周囲から、

「いい年こいたおっさんが草むしってて草」(聞き込み調査・早乙女)

 みたいな感じで冷笑されていたらしいが、次第に指名依頼が入り薬草を採取しているだけでギリギリ生活できるようになった。




 しかし、ここはやはり危険な世界だった。

 ある日、いつものように薬草集めをしていると岩の鎧を纏ったようなバケモノ熊が採取場所に乱入してきた。


 高台にある安全地帯へ退避してモンスターの動向を観察する。

 モンスターは薬草を食べに来たのではなく、薬草の群生地についた人の匂いにつられてきたようだ。周りをキョロキョロと見渡すばかりで移動しようとしない。

 獲物が戻ってくるのを待っているな。

 これは持久戦になりそうだ。



「今回は諦めましょうよ。依頼失敗の罰金なんて大した額じゃないんだし」

「早乙女くん、前に路上喫煙してる時にも注意したよ。罰金は二千円払えばタバコを吸える権利を買えるって意味じゃないんだ。それに一度失った信頼は返ってこない」


 逃げる時に置いてきてしまった薬草バッグを回収しなければ帰れない。

 薬草採取で生活が安定してきたと言っても、我々のような大人が子供の仕事を奪っていることに反対的な意見を持つ者も少なからずいる。依頼の成功率100%、仕事の質、この二つを両立できなくなれば、我々もモンスター討伐といった危険な仕事に手を出さざるを得なくなる。

 まあ、モンスター討伐もいずれはやらなくてはならない事だ。しかし、デスクワークしかしてこなかった人間が戦える身体を作るには何ヵ月もかかる。計画を立てて慎重に進めなければ死んでしまう。早乙女くんにしっかりと言い聞かせる。

 結局、この日はモンスターがいなくなるまで三時間近くひたすら待つ羽目になった。

 早乙女くんは街に帰ってからもずっと不満そうだった。





「薬草採取つづけるなら、どこかで栽培したらどうすか」


 最近ずっとつまらなそうに仕事をしていた早乙女くんが突然そんな事を言い出した。現状を改善しようと意見を出してくれるのはありがたいが……


「それをやるには領主の許可を取らないといけない。しかし、我々は流民としてここに滞在させてもらっている弱い立場だ。仮に企画が通っても、成果が出れば畑ごと没収されるのがオチだろう。そして効率的な薬草栽培を領主が事業としてやりはじめれば、我々の仕事がなくなる」

「え~、そんなのやってみないとわからないじゃないですか」


 早乙女くんの案を却下する。

 彼は納得いかないといった感情が顔に滲みでていた。


 この街で生活していて気づいたことがある。人種も服装も違う我々が簡単に街へ入れたのは、領主が下々の事に関心がなく、街の治安などどうでもいいから警備が緩いという面がある。社会人はもっと人の悪意に敏感にならなければだめだ。ここの領主は信用できない。

 それに信用できないのは領主だけじゃない。街の外は盗賊も出るし、自分の土地でもないのだから他の冒険者に奪われたとしても文句さえ言えないのだ。

 理由を説明すると早乙女くんは渋々薬草採取へ戻っていった。



 そして次の日、それまで一緒に泊まっていた安宿のタコ部屋から出て行くと言い出した。



 まあ、口うるさいおっさんとずっと一緒にいたら嫌になるのはわかる。

 別にパーティーを解消するわけじゃなし。

 どちらもいい年した大人の男なんだ、生活空間は分けた方が健全だろう。

 そう思って好きにさせる。





 別々の宿で寝泊まりするようになってしばらくすると、早乙女くんは依頼や剣術稽古の集合時間に遅刻することが多くなった。それに少額だが借金をしているという噂もある。生活習慣が乱れてきたようだ。

 彼ももう大人なんだ――そう言い聞かせて注意する回数を減らそうと思ったけど、間違っていたかもしれない。

 今日は早乙女くんに剣術を教える日だ。

 ついでに少し叱ってやろう。



 しかし、彼は約束の広場に現れなかった。

 腕時計は待ち合わせの時刻から一時間が過ぎたことを教えていた。

 約束を完全にすっぽかされたのは初めてだな。

 単車を乗り回していた頃の血が疼く。

 仏の田中と呼ばれた私も流石にちょっとキレそうだよ。

 まったく早乙女くんはどこへ行ったんだ。




「神よ、哀れな私達をお救いください」


 スラムに近い場所でひっそりと建てられた怪しげな教会。

 早乙女くんはそこで、これまた怪しげな一団と共に祈りを捧げていた。


 この世界に関わっている神様は、うっかり間違えて人を殺してしまうカス……もとい邪神だとわかっているはずなのに、流されやすい困った子だ。

 それとも私が気づけなかっただけで、邪神にすがりたくなってしまうほど精神的に参っていたのだろうか。

 なにせ早乙女くんはZ世代。自分の学生時代にSNSやチャットアプリなんて面倒なものがなくてよかったと思っている私とは感性が違う。不特定多数とネットで繋がっていないと寂しくて死んでしまうウサギのような繊細な生き物なのだ。

 こんなことになるならもっと気遣ってやるべきだったかもしれない。




 ――と反省していたのに、彼は祈りを捧げながら隣にいる胸の大きな女性の方が気になっている様子だった。私は首根っこを掴んで彼を教会から引きずり出す。


「君は何をしているんだね?」

「ここ、お金払うと指名したシスターさんが悩み聞いてくれるんすよ」


 なるほど、早乙女くんは寂しさのあまりカルトのハニートラップにかかってしまったようだ。


「ちがいますよ。推し活ですよ」

「推し活?」

「おじさん世代にわかる近い概念だと『萌え』っつうんですかね。カッコイイとかかわいいとかメロいとかエモいとか全部を内包してるのが『推し』です」

「ふむ……」


 私が知らぬ間に『萌え』は死語になって『推し』になっていたらしい。

 ほんとか?

 なぜ若い子は既存の言語で十分表現できるのに新しい言葉を作りたがるのだ。

 それにメロいはぎりぎり想像できるけどエモいってなんだ。

 そんな日本語あったか?

 なに、エモーショナルを形容詞にしただけ?

 意味がわからない。

 なぜ無駄に英語を使おうとするんだ。

 そういうのはルー○柴と小池百○子だけでお腹いっぱいだよ。



「人肌が恋しいなら怪しい教会じゃなくて風俗へ行けばいいだろう」

「風俗はキュンが無いじゃないすか」

「キュン?」

「ときめきっすよ。愛です愛」

「借金が必要なほどお金を取られて、どこに愛があると言うんだ?」

「愛は与えるものですよ。推しの幸せが自分の幸せなんすよ」


 なにやら高尚な哲学を語っている風にも聞こえるが、

 「そういえば聖職者とメンヘラって言うこと同じだよな」

 という感想が強い。

 手遅れになる前に私が彼を救ってやらねば。



 しかし現状、我々は住所不定、職歴無し、密入国で漫喫マンキツ暮らしの派遣社員みたいなものだ。なので恋人を作るのは難しい。誰かと真剣に愛を語るには無責任な立場と言える。さびしいという感情は風俗で誤魔化すしかないのだ。


「お気にの風俗嬢を推せばいいんじゃないのか。出すもの出せばすっきりするぞ」

「風俗は見返りを求める場所なんでそういうの推しとは言わないっす。あと課長、セクハラは男同士でも成立します。今のはナシ寄りのナシっす」


 早乙女くんが何を言っているのかさっぱりわからん。

 というか全国のおじさんを代表して言わせてくれ。

 若い子マジでめんどくさい。



「とにかく! 早く目を覚ましなさい。優しい顔をしてくれるのは利用価値がある間だけだぞ。まずはこれを貸してあげるから、今日から宗教と宗教が起こした犯罪について私と勉強だ」


 私の趣味は読書だ。異世界へ来る時、バッグに入れっぱなしになっていたトマス・ペインの『理性の時代』を押しつける。

 宗教の組織構造なんてものは世界が違っても同じ。異世界のやばい権力闘争に巻き込まれるようなことはするなと釘を刺しておいた。我々は異世界人、どの組織においても異端者なのだから特に気をつけなければならない。


 ちなみに、トマスは宗教の肥大化した権威と支配階級の不当な関係を説いたイギリスの哲学者だ。18世紀に欧米人の宗教離れを加速させた無神論者の一人としてキリスト教徒から暗殺されそうになったこともある。



「お節介とかいらないんですけど~」

「ダメだ。借金を返済するまで、私は君を大人扱いしないことにした」

「まじエイジハラスメント」

「その何にでもハラスメントを付けるのはやめなさい。余計バカに見えるぞ」

「横文字に拒絶反応起こしてて草」

「草もやめなさい」



 この後、早い段階だったおかげで、早乙女くんは無事にハマりかけていた怪しい宗教団体から抜け出せた。


 だがその代わりなのか、今度は酒に溺れるようになっていった。

 一難去ってまた一難。

 というか、すぐ楽な逃げ道を探すんじゃない早乙女くん!






「しんど~。毎日ダメ出し説教おじさんといるのツレーわ」

「ああ、同じパーティーのオッサンだっけ」

「マジであの人なんなん、アンタ俺のお父さんなの?ってくらいうるさい。会社にいた頃はそんなでもなかったんだけどなぁ」


 剣の稽古に来ない早乙女くんを探して街中を走る。酒場で朝っぱらから酒を飲んでいる姿を見つけた。テーブルには空になった杯が山の様に転がっている。

 日本にいた頃は、私が誘うと「それアルハラっす。つか俺、飲めないんで」とか言っていたくせに、めちゃくちゃ酒豪じゃないか。



「てかダイヤはいつまであんな冴えないオッサンとパーティー組んでるつもりよ。同郷だか何だか知んねーけど、無理して付き合う必要ねえじゃん。こっち来んなら楽に大金稼げる仕事回してやるぜ?」


 新しいお友達だろうか。早乙女くんよりも少し若そうな周りの冒険者達、その顔には見覚えがあった。歓楽街で黒い噂のある商人のボディーガードを生業にしている冒険者だったはずだ。

 近くの席に座り会話を盗み聞いた感じでは、早乙女くんを闇バイトに引き込もうとしていると見て間違いないだろう。


「俺、悪い事には興味ないけど」


 ふぅ、よかった。

 いくら問題児でも犯罪に手を染めるほど腐ってはいなかったか。

 私は君を信じていたぞ。

 飛び出そうとしていた足を引っ込める。

 ほら、諦めてさっさと消えろ闇バイトの仲介人ども、しっしっ。



「…………それで楽に稼げる仕事ってなにすんの? いや、やるとは言ってないよ。ただちょっと話を聞いてみたいだけで」


 早乙女クゥゥゥーンッ!?



 いかにも心が揺れていそうな反応に、周りの男達がにやりと笑う。


「なぁに、知り合いの薬師が作った新しいお薬の販売を手伝ってほしいだけさ」

「……それって危ない薬じゃね?」

「ちがうちがう、疑うなら俺が飲んで安全だって証明してもいいし」


 若い男は商品の薬を飲んで「苦いけどな」とさわやかに笑ってみせた。


「ほら、新しい薬って効果があっても広まりにくいじゃん? 世の役に立つ物なのに、知名度が広がるのが遅れるほど助けられる人も減っちゃうわけよ。それって社会全体の損失だろ。だから薬を売るついでに、商品をその人にも広める様に勧めてほしいんだ。紹介した人数に応じて報酬も上がるぜ」

「善い事しながら稼げた方が仕事もストレスにならないしな~」

「そうそう。商品の購入には有料会員になってもらう必要があるけど、自分が紹介した人が紹介した相手の分も、どんどん報酬が上がってくから初期投資なんてすぐ取り返せるし。やるなら早くした方がいいよ」



 ……これ、闇バイトの誘いじゃないな。マルチの勧誘だ。

 マルチは増え続ける販売員こそが金ヅル。

 売ってる商品は値段に見合わないゴミ同然の物が大半だ。

 仮に薬効があるように見えても実際はただのプラシーボ効果だろう。

 「自分は騙されていない」、「自分は頭の悪い犯罪被害者なんかじゃない」と信じようとするバイアスがマルチとの関係を続けさせ沼へとハマっていく。


 こいつらは詐欺師の一味で間違いない。

 早く気づいてくれ早乙女くん!



「でも課長がなんて言うかなぁ~」

「おいおい、このままだとお前もあんな風にすれたオッサンになっちまうぞ」

「俺らと一緒に気分よく稼ごうぜ」

「じゃあ、もうちょっと詳しく聞いとこうかな~」

「そうこなくっちゃ」


 しかし、彼はマルチの仕組みに気づいていない。

 どれくらい報酬をもらえているのか興味深々で聞いていた。

 早乙女くん、とりあえず何でもノリで挑戦する癖をやめてくれ。

 それにもっと人を疑うことを覚えてくれ。

 このままでは沼の底まで一直線だ。

 仕方ないので助けに入る。



「探したぞ早乙女くん。剣の稽古の時間だ。行こう」

「あ、なんだ? ここはオッサンが来るとこじゃねえよ」

「ダイヤもお呼びじゃねえって。帰れよオッサン」


 半グレ冒険者達が、早乙女カモくんを逃がさんと立ちはだかった。

 恫喝じみた「オッサン帰れ」の大合唱が始まる。

 しかし、この程度で私は帰らない。

 やる気がないなら帰れと言われて本当に帰ってしまうのはZ世代だけだ!


「お前達が落ちぶれていくのは勝手だが、私の部下を巻き込むな」

「るっせェ! 死んどけジジイ!」


 言うや否や半グレのリーダーらしき男が殴りかかってきた。

 よしっ、正当防衛成立。


「昭和生まれを舐めるなッッ」


 距離を詰めて鼻っ柱にチョーパンを入れた。

 鼻血を噴いて仰け反ったところで更に顔面へ一発くれてやる。

 男は白目を剥いて倒れた。

 残りの半グレ冒険者と早乙女くんは信じられないという顔だ。


「おじさん、昔はすごかったって言ったろ」

「いやでも……」

「いいから来なさい。早くこんな場所出るんだ」


 早乙女くんの腕を取って強引に外へ連れ出す。

 異世界に来て毎日筋トレしてるし、青汁代わりに薬草茶を飲んでるおかげだな。

 最近ではお腹の贅肉も減って筋肉もだいぶついた。

 群れてイキがってるだけの若造に負けはせんよ。





 いつも剣術を教えている広場に着く。

 早乙女くんはふてくされた顔で口を開いた。


「もういいよ。冒険者続けんのしんどいし、俺のことはほっといてくれよ」

「何を言ってるんだ。この世界では基礎から剣術を教えてもらえるのなんて貴族くらいだぞ。ほら、死なないように今日も特訓だ」

「だからいいって!」


 早乙女くんは自暴自棄になっているようだ。

 酒が入っていることもあって、充血した赤い目で私を睨んでくる。

 私は早乙女くんを井戸まで引きずっていき、頭から水をぶっかけた。


「酔いは冷めたかな」

「冷めたかなじゃねえよ。いつまで上司面するつもりだよ。ほっといてくれって言ってんだろ。アンタといると疲れんだよッ」


 胸倉を掴まれる。

 なんだ。ヘラヘラするしか能がない若造だと思っていたけどこういう顔もできるんじゃないか。少し見直したぞ。

 だけどまあそれは置いといて。

 手首を捻り上げてから、ふてくされた小僧にビンタをお見舞いしてやる。



「いい加減にしろ! 今の我々には助けてくれる家族も信頼できる昔からの友人もいない! 何かあっても本気で助けてくれる人なんていないんだ! たった一度のミスで取り返しがつかなくなるんだぞ! もっと自分の将来を真面目に考えろ!」


 早乙女くんは水溜まりに腰を落とし、呆然と私を見上げていた。

 しまった。やりすぎたか。

 上から強く言われれば、余計に反発するのが若者という生き物。

 しかもこれではパワハラを通り越して、もはや暴行事件。

 令和の時代に金八先生のノリは許されないのである。


「……そうだな。君の言う通り、元々私はただの上司だ。君が自由に生きたいというならもう止めはしない」


 冷静さを取り戻してから、マズい事をしたと慌てた私はそこから立ち去ろうとする。

 しかし、後ろから服を掴まれた。

 訴訟からは逃げられない!?



「俺……親にもそんな心配してもらったことなくて、その……すいませんでした」


 早乙女くんが頭を下げてくる。

 よくわからないけど、これはセーフってことでいいのかな?

 内心で大量の冷や汗を拭いながら、私は早乙女くんの手を取った。






 早乙女くんは改心してから、真面目に薬草採取に取り組むようになり、剣術の稽古もサボらなくなった。一年ほどみっちり鍛えるとゴブリンやコボルトなどのモンスターなら危なげなく戦えるようにもなった。野蛮なことはイヤだとか言っていたくせに、私より才能があったようだ。


「課長、すいませんけど、こいつらにも稽古つけてやってくんないすか」


 そしてどういうわけか最近、上手くいっていない若手冒険者を捕まえては私のところへ連れてくる。なぜだ。


「こんなしょぼくれたおっさんから教わることなんてねーよ」

「は? お前、ウチの金八先生ナメてんの? 金八先生はダメな若者を更生させるのが趣味の聖人だからな。ここがやり直す最後のチャンスだぞ」

「つか誰だよキンパチ先生。そのおっさんの名前はカチョーだろ」

「田中です」


 あれ以降、早乙女くんは私という人間を勘違いしてしまったようだ。

 あの時は早乙女くんがあまりにも愚かな行為を繰り返すのと……ぶっちゃけ日本にいた時から溜め続けたストレスが爆発してつい殴ってしまっただけなんだ。私はそんな熱い教育魂を持った人間じゃないんだよ。

 そもそも君、金八先生観たことあるの?


「なに赤くなってんすか、照れてんすか。てか課長ってたまにかわいいっすよね」


 早乙女くんは相変わらず人の話を聞かない。

 改心しても人の本質は簡単には変わらないということか。

 というか本当に改心したのだろうか。

 おじさんがかわいいとはどういう意味だ。

 実はおちょくられているのかも。

 未だに彼は私を軽く見ている気がしてならない。




 早乙女くんはムダにコミュニケーション能力だけは高く、それからも勝手に窓口となって私の下へ悩める若者を紹介し続ける。

 気づけば『田中塾』なるクランが冒険者ギルドに申請され、鍛冶ギルドや錬金術ギルドとも提携するようになり、私は一大組織のボスに押し上げられていた。街を散歩するだけで顔も知らない人から頭を下げられる。


「俺、気づいたんすよ。課長はもっと上に立つべき人だって! 目指せ貴族!」


 彼は私の知らないところで一体何をしているのだろう。

 早乙女くんの行動力が怖い。

 いや、いくら若者はリスクを計算しないと言っても流石に弁えているか。

 おじさんは怪我や病気をせずのんびり生きていければそれでいいんだよ?




 ◇




 異世界に来てから三年が過ぎた。腹の贅肉は完全に消え去った代わりに、白髪が鼻毛にまで混じっていることに衝撃を受ける日々である。

 薬草採取の仕事は後輩達へ譲り、今は早乙女くんや教え子と共にパーティーを組んでモンスターの討伐を主な仕事へと変えた。

 私のような年齢になっても五体満足で剣を振るっているのは、何らかの達人と呼ばれるような者が多い。そのせいで周囲から向けられる尊敬の目が胸に痛いものの、順調な生活を送れている。




 しかし、代わり映えのしない日常とは突然崩れるものだ。


 いつものように依頼を受けて来たダンジョン。まだ入り口を通ってもいないのに、けたたましいモンスターの叫び声が聞こえてきた。腹の底まで響いてくる数多の雄叫び。ダンジョンへ潜るようになってそれなりに経つが経験のないことだった。


「これ、ダンジョンブレイクの予兆かも……」


 パーティーの一人が呟いた。

 ダンジョンブレイク。冒険者ギルドの資料で読んだな。数十年から数百年に一度、モンスターがダンジョンから溢れて周辺の都市を蹂躙する現象を言うはずだ。

 冒険者も領主の持つ騎士団も、ダンジョンブレイクが起きないように定期的にモンスターを間引いてはいるのだが、起きる時はどうしても起きてしまうらしい。

 足の速い者を周辺の街へと走らせ、他の冒険者パーティーを呼び集めた。職種別に役割を決めて即席の防衛線を築く。すぐにダンジョンからモンスターが姿を現しそのまま乱戦となった。




 ダンジョンブレイクの第一波は死者を出さずに勝利できた。

 だが、ダンジョンの入り口からは悍ましいモンスターの叫び声が鳴り続けている。撃退できたのは上層のモンスターのみ。ダンジョンブレイクの襲撃は第二波、第三波と続く。早ければ数日中には、中層より下にいる強力なモンスターが出てくるだろう。


 正直、次は生き残れるかわからない。

 それでも逃げるわけにはいかない。

 街の防壁が想定している強度はせいぜい中層のモンスターまでだ。

 深層のモンスターまで出てくれば、街は一日と持たないだろう。

 街は余所者である私を受け入れてくれた場所。

 恩を返さねばならない。


「ここで一匹でも多く倒そう」


 他の冒険者も頷いてくれた。

 彼らにも街に守るべき大切な家族や友人がいる。

 皆が決死の覚悟を決めた。



 一人を除いて。


「早く逃げましょうよ、みんなバカなんすか」


 早乙女クゥン!?

 君、そういうとこだよ。

 せっかくおじさんがカッコよくまとめたのになんで反対するの。


「俺達はマンガに出てくるヒーローじゃないんすよ。チートもなんもない普通の元リーマンじゃないすか。命懸けて守る大義なんてないですって」

「おしさん、これでも責任感の強いおじさんなんだ」


 自慢じゃないが伊達に長くブラック企業で働いていない。


「昭和生まれのメンタルどうなってんすか。キメ顔しても無駄死には無駄死にっすからね。街のみんなも連れて逃げればいいんすよ」



 確かに、街なんて捨てて逃げてしまえばいい。命あっての物種だ。

 ダンジョンブレイクの様な大規模災害が起これば、上位貴族や国が強力な騎士団を派遣してくれる。彼らは個人事業主の冒険者とは違う集団戦闘のプロフェッショナルだ。

 彼らが鎮圧してくれるのを待ってから、モンスターに蹂躙され半壊した街へ戻って再興すればいいという話も理解できる。


 しかし、街の住人は素直に逃げるだろうか。

 現代日本ですら災害時には避難に遅れる者や「家を失うくらいならここで死ぬ」と言い張って動かない者はたくさんいる。

 そんな人間を説得するのにどれほどの時間と手間がかかる。みんなを連れて逃げようなんて時間を使っている間に全滅してしまうかもしれない。それくらいなら騎士団が来るまでの、街が迎撃の態勢を整えるまでの時間稼ぎをするべきじゃないのか。

 幸い、ダンジョンの入り口はそれほど広くない。ここで死体を山積みにすればモンスターの足は遅くなる。負ける可能性の高い0か100かの賭けよりは、多くの犠牲を出してでも10か20を守れる方がマシだろう。



「……あーもう! 課長マジ頑固っすからねぇ、しかたないなぁ」

「わかってくれたか」


 早乙女くんも覚悟を決めてくれたようだ。

 剣を掲げ、みんなでダンジョンへ向かう。





「すんません、課長」


 不意に後頭部へ衝撃が走り、私は意識を失った。




 ◇




「ここは、どこだ……」

「カチョーさん、目が覚めましたか!?」


 意識が戻った時、私は草原を担架で運ばれていた。

 看病してくれていたギルドの受付嬢が心配そうに顔を覗いてくる。

 状況が掴めないので説明を求める。



 早乙女くんは即席パーティーを二つに割り、モンスターを足止めするトラップを作る班と避難を呼びかける班に分けたらしい。

 そして現在、三千人近くいるだろう街の住人ほぼ全員が草原を逃げていた。まだ日が暮れ切っていないことから、ほとんど時間をかけず説得に成功したということだ。


「すごいな……」


 感嘆が漏れた。

 口下手な私にはとても真似できない。私は説得すべき街の上役達の顔も名前もろくに知らない。そこまで人間関係を広げてこなかった。自分から不特定多数と関わろうとは考えなかった。いつもどうやって面倒を避けるのが賢いか考えていただけだ。

 そう言えば以前、早乙女くんは自分のことをネットでは有名なインフルエンサーだと言っていたな。あれは大衆を扇動するスペシャリストという意味だったのか。



 あとはモンスターが街を破壊し尽くし、人がいないと気づくまでにどれだけ距離を稼げるか。そして外の騎士団がどれだけ早く駆けつけてくれるかの問題だな。逃げの選択肢を取った以上、追いつかれたらそこで終わってしまう。


「たぶん大丈夫ですよ」

「え?」

「そこもカチョーさんのお弟子さん達が頑張ってくれましたから」


 私の最大の懸念は、ここの領主が命を懸けて街を守るかというものだった。

 騎士団を護衛につけて自分だけ逃げるのではないか、そう疑っていた。

 というかそこは本当にその通りになりそうだったようだ。

 しかし、領主のところの家令と早乙女くんがいつの間にか手を組んでいて逃亡を防いだんだとか。

 貴族としての義務を放棄した領主を捕縛。更に、もしもの時は派閥の上の貴族に助けを求める算段をつけていたらしい。街が破壊されて自分達を追ってくる前には、この一帯をまとめる公爵様の軍勢が駆けつけてくれるという。

 ぶっちゃけ家令と一緒に領主への反逆を目論んでいたと言えなくもないが、今回は結果オーライということで見て見ぬフリをしよう。





 完全に日が落ちて避難民の足が止まってから、私は殿しんがりを務めているという早乙女くんを探して最後尾をうろついていた。焚き火の灯りと盛り上がっている一団を見つける。


「いやー、あのままカチョーに従って戦ってたらみんな死んでたな」

「追い詰められると視野が狭くなってだめね」

「ダイヤの言う通り無駄死にだったわ」


 早乙女くんは最初にダンジョンブレイクの第一波を防いだ面々と一緒にいた。

 怪我人だらけだけど元気そうな顔を見られてよかった。

 しかし、所々で聞こえる私への不満の声に足が止まった。

 そうだ。私は自分にできない事を他のみんなにもできないと決めつけて、若者を死地へ追いやろうとしたのだ。みんなにあわせる顔がない。呆れられるのも仕方がない話だろう。



「は? なに課長の悪口言ってんだ?」


 踵を返そうとしたところで、突然早乙女くんが私への不満を漏らしていた男を殴り倒した。


「ってぇな! いきなり何しやがる!」

「お前だっておっさんの文句たれてたじゃねぇか!」

「オメーらのいじりにはリスペクトが足りねーんだよ! あの人がいなかったら俺が何回死んでると思ってんだ! ウチの課長ナメてるとぶっ飛ばすぞ!」


 早乙女くんが本気で怒っているところを初めて見た。

 少し涙ぐんでいると早乙女くんがこちらに気づいて駆け寄ってくる。



「課長、大丈夫っすか。すいません、強く殴りすぎたかもって心配してたんすけど、見に行く余裕がなくて」

「いや、私の方こそすまなかった。君の意見を真剣に聞くべきだった」


 互いに頭を下げる。

 暗夜に小さな笑い声が響いた。


「早乙女くん、これからも私と一緒に戦ってくれるか」

「なに言ってんすか。俺達、仲間じゃないすか。一生マヴダチっすよ」

「そこは違うよ。私と君は上司と部下だよ」

「またまた照れちゃって~。これがツンデレってやつすか」


 早乙女くんが笑いながら肩を組んでくる。

 きみ昔はもっと「仕事と関係ないこと話したくないんですけど」とか平気で言っちゃう子だったじゃん。おじさん、若い子の距離感がわからないよ。






 街を離れてから十日ほどして、街の方角へ向かう大規模な騎馬隊とすれ違う。

 これでこれ以上逃げる必要はなくなった。

 ダンジョンブレイク鎮圧の報告を待ってから街へと戻る。


 街の壁は破壊され、家屋も半分以上が崩れていたものの、予想していたよりも遥かに原形をとどめていた。家令さん率いる騎士団が獅子奮迅の活躍で被害を最小限に抑えたようだ。


 その後、家令さんは叙爵して男爵になった。




「早乙女くん、これはちょっとおめかししすぎじゃないか」


 元家令さんが王都の叙爵式から帰ってきてから、ダンジョンブレイクで活躍した冒険者達が領主の屋敷へ招待された。今日は私もそのパーティーに参加する。

 貴族でもないのに、カツラを被らされ、やたらとひらひらのついた派手な服を着せようとしてくる早乙女くんに文句を言う。


「今日は領主さまの娘さんも出席しますんで」

「ん? どういうこと?」

「課長ももう結構な年なんで結婚は早くした方がいいでしょ。どうせ日本には帰れないし、この世界に骨埋めることになるんすから。それに権力者の娘と結婚すれば貴族への近道になりますよ」

「貴族って、本気で言ってたのか……本当に怖いもの知らずだな」


 早乙女くんは私と新領主の娘をくっつけようとしているらしい。

 新領主の娘はまだ十代、早乙女くんより年下のお嬢さんだ。

 私とは親子ほど年齢が離れている。

 正直、心の底から余計なお世話だと言いたい。

 だいたい何が悲しくて自分の半分しか生きていない若造からシモの心配までされねばならないのだ。リアルでナンパのひとつもできないネット世代と一緒にするな。


「あれ、若い嫁うれしくない? もしかしてあの噂本当でした?」

「……なんの話かな」

「ほら宿屋の女将さん。夫を失ったばかりの未亡人に手を出すなんて悪い男っすね」

「やめなさい、恋バナなんてするほど君と親しくなった覚えはないぞ」

「はい頂きました、おじさんのツンデレ~。あっ、ちょっと課長イタイっす。耳引っ張らないで、パワハラパワハラ~」



 異世界へ来てから幾らかの月日が経ち、早乙女くんとの距離は少しずつ近づけている気がする。

 しかし、彼といてイラっとすることは少なくなったものの、鬱陶しさは圧倒的に以前より増した。それに彼は今でもまるで未知の生き物のようだ。行動や心理がまったく読めない。

 危険な場所で貴重な薬草を採取したりモンスターと戦うよりも、彼と過ごす日常こそが、私にとって一番の冒険なのかもしれない。



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