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僕と彼女と  作者: 大きい橋


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第二話 冬の日、私が笑った理由



私は、生まれたときから体が弱かった。


小さいころの記憶は、学校の教室より、病院の白い天井の方が多い。

季節の変わり目には必ず熱を出し、運動は禁止。走ることも、長く歩くこともできなかった。


病名は、先天性の心臓病。


難しい名前だけど、要するに――

普通の人みたいに長く生きられないかもしれない、ということだった。


両親は医者だ。

だから隠し事は下手だった。


小学校六年生のとき、夜に目が覚めてしまったことがある。

廊下の向こうの部屋から、母の声が聞こえた。


「……あの子は、あと数年です」


静かな声だった。

泣いてはいなかった。

医者の声だった。


私は、そのとき理解した。


ああ、私は長生きしないんだ。


不思議と怖くはなかった。

ただ、ぽっかりと空いた穴みたいな感覚が胸に残った。


それから私は、「普通」をやってみたくなった。


みんなと登校したい。

授業を受けたい。

放課後に友達と話したい。


でも、体はそれを許さなかった。


中学二年の冬。

その日は、特別に外出許可が出た日だった。


雪が降っていた。


窓から見るだけじゃなくて、触ってみたかった。

頬に当たる冷たさを感じてみたかった。


私は一人で外に出た。

白い息を吐きながら歩く道は、少しふわふわしていて、世界が静かだった。


(きれいだな)


交差点に差しかかる。

雪が視界をぼやかして、信号はよく見えなかった。


だけど、そのときの私は、なぜか幸せで。

ちゃんと前を見ていなかった。


そして――


大きな影が、近づいてきていることに気づかなかった。


次の瞬間、強い力で抱きしめられた。


誰かの腕。

温かかった。


体が後ろに倒れる。

そして、鈍い衝撃音。


視界がぐらぐら揺れて、白い雪の中に赤い色が広がっていく。


「……え?」


私は、理解できなかった。


目の前に、男の子が倒れていた。


私を庇って。

動かなくなっていた。


私は初めて、声を上げて泣いた。


それから毎日、病室に通った。


名前は――

新木はじめ。


最初に会ったとき、彼はまだ眠っていた。

包帯だらけで、顔色も悪くて、呼吸器の音だけが響いていた。


私はベッドの横に座り、ずっと話しかけた。


「ねえ、起きてよ」


返事はない。


「ありがとうって言ってないよ」


返事はない。


「……ごめんなさい」


その言葉だけ、どうしても止まらなかった。


医者である父は言った。


「助かる確率は高くない」


私は祈った。

初めて、本気で祈った。


もしこの人が目を覚ましたら。

私、ちゃんと生きようって。


春。


病室の窓の外に桜が咲いた日、彼は目を覚ました。


そして私を見て、最初に言った。


「きれいだ」


一瞬、心臓が止まったかと思った。


私は泣きながら笑った。

あの日、初めて“生きていてよかった”と思った。


彼は、自分が私を助けたことを覚えていなかった。

そして、足が動かないことを知ったとき――


笑った。


その笑顔は、嬉しそうじゃなかった。

安心したような顔だった。


そのとき分かった。


この人は、ずっと苦しかったんだ。


だから私は、毎日通うことにした。


お礼のためじゃない。

罪滅ぼしでもない。


この人に、もう一度笑ってほしかった。


放課後の出来事を話した。

クラスのくだらない会話を話した。

給食の味を伝えた。


彼は最初、ほとんど反応しなかった。

でも、ある日。


「それ、面白いね」


小さく笑った。


私は、泣きそうになった。


私は知っている。


自分の時間が、あまり残っていないことを。


最近、発作が増えている。

歩くだけで息が切れる。

夜、胸が痛くて眠れない日もある。


だけど、彼の前では笑う。


あの人は、私を助けた。

だから私は、彼を生かしたい。


歩けなくてもいい。

学校に行けなくてもいい。


ただ、明日を迎えてほしい。


もし、私が先にいなくなっても――


あの人が、生きてくれるなら。


それでいい。


今日も病室のドアを開ける。


「こんにちは、新木くん」


彼は窓の外を見ていた。

振り返って、少しだけ笑う。


私は思う。


この時間が、ずっと続けばいいのに。


でも、きっと。


それは叶わない。


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