第23章 最後の一本
三百メートル。
塔の最上部。
蒼太は、そこに立っていた。
風が吹き荒れる。髪が乱れ、作業着がはためく。
眼下には、王都が広がっていた。城壁、建物、街路。そして、戦場。
魔王軍と王国軍が、激しくぶつかり合っている。炎が燃え、悲鳴が響き、剣が交差する。
しかし、蒼太の視線は、手元に注がれていた。
天地の鍵。
金色に輝く、小さな鍵。これを設置すれば、世界の柱が修復される。
「ここまで来たか……」
蒼太は呟いた。
設置台は、最上部の中央にあった。石でできた台座。その中央に、鍵を差し込む穴がある。
蒼太は台座に近づいた。
その時——
「させるものか!」
声が響いた。
蒼太は振り向いた。
巨大な影が、塔の上空に浮かんでいた。
黒い鎧。黒い翼。赤く輝く目。
魔王だ。
「貴様か。人間の職人」
魔王の声は、低く、威圧的だった。
「世界の柱を修復しようとしている愚か者」
「……魔王」
蒼太は天地の鍵を握りしめた。
「来たな」
「そうだ。自ら来た。貴様を止めるために」
魔王は塔に降り立った。
巨大な身体。三メートル以上ある。蒼太の倍以上だ。
「ここで終わりだ、人間。貴様は死に、塔は崩壊し、世界は滅びる」
「……」
蒼太は魔王を見上げた。
恐怖はあった。当然だ。相手は魔王。この世界で最も強い存在。
しかし——
「俺は、逃げねえよ」
蒼太は言った。
「何?」
「俺は職人だ。戦うことはできねえ。お前を倒すこともできねえ」
蒼太は天地の鍵を掲げた。
「でも、俺の仕事は、これを設置することだ。それだけは、やり遂げる」
「ほう」
魔王は冷笑した。
「戦えもしない人間が、私を前にして、そのようなことを言うか」
「言う。俺は職人だからな」
蒼太は一歩、前に踏み出した。
「俺の仲間が、命を賭けて時間を稼いでくれた。ゴルドは、俺を守るために重傷を負った。バルトは、今も戦ってる。リーナは、足場を守り続けてる」
「……」
「みんなが、俺のために、塔のために、戦ってくれてる。だから——」
蒼太は魔王を真っ直ぐに見た。
「俺は、自分の仕事をやる。それが、みんなへの恩返しだ」
沈黙が流れた。
やがて、魔王が口を開いた。
「……面白い」
「何が」
「貴様は、私を恐れていない」
「恐れてるよ。めちゃくちゃ怖えよ」
蒼太は正直に言った。
「でも、怖くても、やらなきゃいけないことがある。それが、職人ってもんだ」
魔王は暫く蒼太を見つめていた。
「……愚かな」
魔王は手を振り上げた。
「死ね」
黒い光が、蒼太に向かって放たれた。
蒼太は咄嗟に身を翻した。
光が、蒼太のいた場所を貫く。足場が砕け、石が飛び散った。
「くっ……!」
蒼太は転がりながら、台座に向かって走った。
「逃げるか!」
魔王が追撃する。黒い光が、次々と放たれる。
蒼太は足場を利用して、光を避けた。
十年間、高所で鍛えた身体。足場の上を、猫のように駆け回る。
「ちょこまかと!」
魔王が苛立つ。
しかし、蒼太は止まらない。
台座まで、あと五メートル。
あと三メートル。
あと一メートル——
「死ね!」
魔王が、全力の一撃を放った。
黒い光の奔流が、蒼太に迫る。
避けられない。
その瞬間——
『スキルレベルアップ』
『【匠の手】Lv.4 → Lv.5(最大)』
『新能力「建造結界」を獲得しました』
蒼太の身体が、光に包まれた。
そして——
黒い光が、蒼太の前で弾かれた。
「何!?」
魔王が驚愕する。
蒼太の周囲に、半透明の結界が展開していた。足場や石材の構造が、そのまま防壁になっている。
「建造結界……」
蒼太は呟いた。
「俺が建てたものが、俺を守る……そういうことか」
「馬鹿な……建設スキルで、私の攻撃を防いだというのか!」
「ああ、そうみたいだな」
蒼太は台座に手を伸ばした。
「俺は戦えねえ。でも、建てることならできる。そして、俺が建てたものは、俺を守ってくれる」
天地の鍵を、穴に差し込んだ。
カチン、と音がした。
「やめろ!」
魔王が叫んだ。
しかし、遅かった。
塔から、光が溢れ出した。
金色の光が、塔全体を包み込む。そして、その光は空に向かって伸びていった。
「世界の柱が……修復されていく……」
蒼太は、空を見上げた。
光が、天に届いている。そして、天から新たな光が降り注いでいる。
世界の柱。折れた柱が、塔を通じて、再び繋がろうとしている。
「おのれ……おのれェェェ!」
魔王が絶叫した。
しかし、もう遅い。
光が魔王を包み込み、その身体を蝕んでいく。
「私は……世界の崩壊から力を得ていた……柱が修復されれば……私は……」
魔王の身体が、崩壊していく。
黒い鎧が砕け、翼が消え、身体が光に溶けていく。
「おのれ……人間……職人……!」
最後の叫びを残して、魔王は消滅した。
* * *
蒼太は、塔の最上部に立っていた。
風が、穏やかになっていた。
空は、澄み渡っていた。
眼下では、魔王軍が撤退を始めていた。力を失った魔物たちが、北へ向かって逃げていく。
「終わった……」
蒼太は呟いた。
「終わったんだ……」
膝から力が抜けた。その場に座り込む。
疲労が、一気に押し寄せてきた。何日も、ろくに寝ていなかった。何日も、限界を超えて働き続けていた。
しかし、終わった。
塔は完成した。
世界の柱は修復された。
魔王は消滅した。
「……やったぞ」
蒼太は笑った。
「やったぞ、みんな……」
涙が、頬を伝った。
嬉し涙だった。
「親父……俺、やったよ……」
蒼太は空を見上げた。
青い空に、白い雲が浮かんでいる。
その向こうに、父親の姿が見えた気がした。
「俺、みんなを守れたよ。誰も、死なせなかった」
笑顔の父親が、頷いているように見えた。
蒼太は、静かに目を閉じた。
【第23章 完】




