第21章 最終工期 第22章 仲間の覚悟
魔王軍の総攻撃が始まった。
三日目の朝、飛行魔物の大群が王都に襲来した。
空を埋め尽くすほどの数。ワイバーン、グリフォン、翼竜。あらゆる種類の魔物が、塔に向かって飛んでくる。
「来たぞ! 全員、持ち場につけ!」
レオンハルトの声が響いた。
王国軍は、城壁の上に陣取り、弓と魔法で応戦した。
矢が飛び、炎が燃え、魔物が次々と落ちていく。
しかし、魔物の数は多すぎた。
何体倒しても、後から後から押し寄せてくる。
「塔を守れ! 塔を守れ!」
兵士たちが叫ぶ。
その最中——
蒼太は、足場の上にいた。
「作業、続けろ!」
蒼太の声が、現場に響いた。
「敵のことは、軍に任せろ! 俺たちは、建てる!」
作業員たちは、恐怖に震えながらも、作業を続けた。
石を積み、木を削り、足場を組む。
飛行魔物が近づいてくる。
「ソウタさん! あれ!」
エドが叫んだ。
ワイバーンが三体、塔に向かって急降下してくる。
「俺が行く!」
蒼太は足場を駆け上がった。
最上部付近。高さは百八十メートル。
風が強い。足場が揺れる。
ワイバーンが迫る。
蒼太は、足場の構造を利用したトラップを作動させた。
パン、と音がして、隠していた縄が解放された。
巨大な網が、ワイバーンに向かって広がる。
「かかれ……!」
一体目のワイバーンが、網に絡まった。
翼が動かせず、バランスを崩して落下していく。
二体目は網を避けたが、避けた先には——
「こっちだ!」
蒼太が叫ぶ。
ワイバーンが蒼太に向かって急降下する。
蒼太は咄嗟に足場を飛び降り、一段下の足場に着地した。
ワイバーンの爪が、空を切る。
「遅えんだよ!」
蒼太は足場の柱に手をかけ、素早く移動した。
ワイバーンは方向転換しようとしたが、足場の間に翼が引っかかった。
「今だ!」
下から、バルトが飛び出した。
巨大な丸太を抱えて、ワイバーンに叩きつける。
ワイバーンが吹き飛び、地面に落下した。
「ナイス、バルト!」
「礼は後だ! もう一体来るぞ!」
三体目のワイバーンが、塔の側面に取り付いた。
石壁を爪で削り、破壊しようとしている。
「させるか……!」
ゴルドが叫んだ。
ゴルドは石を掴み、ワイバーンに向かって投げつけた。
ドワーフの怪力。石は弾丸のような速度で飛び、ワイバーンの頭部に命中した。
ワイバーンが悲鳴を上げ、落下していく。
「よし……!」
しかし、息つく暇もなかった。
次の魔物が、もう迫っていた。
* * *
戦闘と建設が、同時に進んでいった。
蒼太たちは、魔物の妨害をかわしながら、作業を続けた。
日中は戦闘が激しく、作業効率は落ちた。しかし、夜間は魔物の攻撃が減り、集中して作業ができた。
「夜間作業、強化だ」
蒼太は指示を出した。
「昼間は最小限の人員で作業して、夜に全力で進める」
「分かった」
ゴルドが頷いた。
「だが、夜も完全に安全じゃねえぞ。警備は必要だ」
「バルトの部隊に頼む。交代で見張りを立てて、魔物が近づいたら知らせてくれ」
「任せろ」
バルトが答えた。
リーナは木材の加工を続けていた。
「足場の追加分、間に合うわ。明日の朝までに、五十本用意する」
「頼む」
蒼太は【共鳴】を使い、作業員たちの能力を底上げした。
五分間の効果。その間に、できるだけ多くの作業を終わらせる。
「よし、俺が触れる。準備しろ」
「はい!」
蒼太が作業員に触れると、その作業員の動きが変わった。
精度が上がり、速度が上がり、迷いがなくなる。
「すげえ……自分の手じゃないみたいだ……」
「五分だけだ。その間に終わらせろ」
「はい!」
作業員が、猛スピードで作業を進める。
蒼太は次の作業員に移動し、また【共鳴】を使う。
これを繰り返す。
体力は、どんどん削られていく。
しかし、塔は確実に高くなっていった。
一週間で、二十メートル。
二週間で、四十メートル。
三週間で、六十メートル。
「あと……四十メートル……」
蒼太は息を切らしながら、塔を見上げた。
三百メートルまで、あと少し。
しかし、魔王軍の攻撃も激しさを増していた。
王国軍は、善戦していた。城壁を守り、塔への接近を防いでいた。しかし、犠牲者は日に日に増えていった。
「このままでは……」
レオンハルトが報告に来た。
「あと一週間が、限界です。それ以上は、持ちこたえられません」
「一週間……」
蒼太は考えた。
四十メートルを、一週間で建てる。
今までのペースでは、間に合わない。
「……やるしかねえな」
蒼太は立ち上がった。
「レオンハルト。一週間、時間をくれ。必ず、完成させる」
「できるのか」
「やる。絶対に」
蒼太は足場に向かって歩き出した。
「最後の一週間だ。全力で行くぞ」
夜が、明けようとしていた。
【第21章 完】
第22章 仲間の覚悟
最後の一週間が始まった。
塔の高さは二百七十メートル。残り三十メートル。
しかし、魔王軍の攻撃は、日に日に激しさを増していた。
飛行魔物の数は、初日の倍以上になっていた。空を埋め尽くすほどの群れが、絶え間なく塔を襲う。
王国軍は必死に防戦していたが、犠牲者は増え続けていた。
「レオンハルト副長が負傷しました!」
報告が入った。
「重傷ですが、命に別状はありません!」
「そうか……」
蒼太は足場の上で、拳を握りしめた。
戦闘は、軍に任せるしかない。自分にできるのは、建てることだけだ。
「作業、続けろ! 手を止めるな!」
蒼太の声が、現場に響いた。
作業員たちは、恐怖と疲労を抱えながら、それでも手を動かし続けた。
* * *
五日目の夜。
塔の高さは二百九十メートルに達していた。
あと十メートル。
しかし、その十メートルが、途方もなく遠かった。
「ソウタ! 大変だ!」
ゴルドが駆け寄ってきた。
「どうした」
「西側の城壁が破られた! 魔物が侵入してきてる!」
蒼太は塔を見上げた。
西側——ちょうど、足場の最上部に繋がる方向だ。
「まずいな……」
「俺が行く」
ゴルドが言った。
「何?」
「俺とドワーフたちで、西側を守る。お前は建設に集中しろ」
「馬鹿言うな。お前らは職人だ。戦闘員じゃねえ」
「職人だからこそ、だ」
ゴルドは蒼太を真っ直ぐに見た。
「この塔は、俺の石でできてる。俺の仕事を、魔物なんかに壊されてたまるか」
「ゴルド……」
「心配するな。死ぬ気はねえ。ただ、時間を稼ぐだけだ」
ゴルドは斧を担いだ。
「お前は、塔を建てろ。俺たちが帰ってくるまでに、完成させてくれ」
「……分かった」
蒼太は頷いた。
「必ず、完成させる。だから、お前も必ず戻ってこい」
「当然だ。俺の石積みを、お前に見届けさせないわけにはいかんからな」
ゴルドは不敵に笑い、走り去っていった。
ドワーフたちが、その後に続く。
蒼太は、その背中を見送った。
「……頼むぞ、ゴルド」
* * *
西側の城壁付近。
ゴルドとドワーフたちは、侵入してきた魔物と対峙していた。
オーク、ゴブリン、トロール。様々な種類の魔物が、城壁の破れ目から押し寄せてくる。
「来い、魔物ども!」
ゴルドは斧を振り上げた。
「俺の石を壊させるものか!」
ドワーフたちは、石工の道具を武器にして戦った。
ハンマーが魔物の頭蓋を砕き、鑿が魔物の喉を貫く。
「退け! 退け!」
ゴルドは最前線で戦い続けた。
しかし、魔物の数は多すぎた。
一体倒しても、二体が現れる。二体倒しても、四体が現れる。
「くそっ……キリがねえ……!」
ドワーフたちは、徐々に押されていった。
その時だった。
「援護する!」
バルトの声が響いた。
獣人たちが、背後から駆けつけてきた。
「バルト!」
「遅くなった! リーナから聞いて、すぐに来た!」
バルトは巨大な丸太を振り回し、魔物の群れを薙ぎ払った。
「ゴルド、無事か!」
「見ての通りだ! 助かった!」
ドワーフと獣人が、肩を並べて戦った。
かつては敵同士だった種族が、今は同じ目的のために戦っている。
「絶対に、通さねえ……!」
ゴルドは叫んだ。
「ソウタが塔を完成させるまで、一歩も引かねえ……!」
* * *
戦闘は、熾烈を極めた。
ドワーフも獣人も、傷を負いながら戦い続けた。
しかし、限界は近づいていた。
「ゴルド! 後ろ!」
バルトが叫んだ。
ゴルドが振り向くと、背後から一体の魔物が迫っていた。
翼を持った魔物。ガーゴイルだ。
鋭い爪が、ゴルドに向かって振り下ろされる。
避けられない。
その瞬間——
ゴルドは、塔の方を見た。
蒼太の姿が、足場の上に見えた。
必死に作業を続けている。
あと少しで、完成する。
「……俺の仕事は、お前を守ることだ」
ゴルドは呟いた。
「ソウタ……お前を、死なせるわけには……いかん……!」
ゴルドは身体を捻り、爪を避けようとした。
しかし、完全には避けられなかった。
爪が、ゴルドの背中を深く抉った。
「ぐっ……!」
ゴルドは膝をついた。
血が、地面に広がっていく。
「ゴルド!」
バルトが駆け寄り、ガーゴイルを蹴り飛ばした。
「しっかりしろ! ゴルド!」
「……大丈夫だ……これくらい……」
ゴルドは立ち上がろうとしたが、脚が震えて動かなかった。
「くそっ……身体が……」
「動くな! 傷が深い!」
バルトはゴルドを抱え上げた。
「撤退だ! 全員、後退しろ!」
獣人たちがゴルドを囲み、後退を始めた。
ゴルドは朦朧とした意識の中で、塔を見上げた。
「ソウタ……頼んだぞ……」
* * *
報告は、すぐに蒼太の元に届いた。
「ゴルドが重傷!?」
「はい。背中を深く斬られました。今、医療班が手当てしていますが……」
エドの声が震えていた。
蒼太は、塔を見上げた。
あと五メートル。
あと少しで、完成する。
「……ゴルド」
蒼太の目から、涙が溢れた。
「馬鹿野郎……何で、お前が……」
しかし、手は止められない。
止めたら、ゴルドの犠牲が無駄になる。
「作業、続ける」
蒼太は涙を拭い、足場を登った。
「ソウタさん……」
「俺は大丈夫だ。お前らも、手を止めるな」
蒼太の声は、震えていた。しかし、強さがあった。
「ゴルドは、俺たちを守るために戦った。俺たちは、ゴルドのために建てる。それだけだ」
作業員たちは、頷いた。
「へい!」
作業が再開された。
蒼太は足場の最上部に立ち、作業を続けた。
涙が頬を伝う。
しかし、手は止まらない。
「ゴルド、見てろ」
蒼太は呟いた。
「お前の石の上に、俺が塔を建ててやる」
* * *
六日目の朝。
ゴルドは、医療テントで目を覚ました。
「……ここは……」
「ゴルド! 気がついた!」
リーナの声が聞こえた。
「リーナ……俺は……」
「大丈夫よ。傷は深かったけど、命に別状はない」
リーナはゴルドの手を握った。
「あなたは、皆を守った。立派だったわ」
「……塔は」
「あと三メートルよ。今日中に、完成する」
ゴルドは、ホッとした表情を浮かべた。
「そうか……間に合うのか……」
「ええ。ソウタが、必死に頑張ってる」
ゴルドはテントの外を見た。
塔の先端が、空に向かって伸びている。
あと少しで、天に届く。
「ソウタ……」
ゴルドは呟いた。
「お前なら、やれる。俺は、信じてる」
* * *
同じ頃、リーナは足場の中腹で作業を続けていた。
木材の補修、接続部分の強化。塔が高くなるにつれて、足場にかかる負荷も増していた。
「リーナ様! あそこ、緩んでます!」
「分かった。すぐに直す」
リーナは素早く移動し、緩んだ接続部分を修復した。
高さは百五十メートル。
普通のエルフなら、恐怖で動けなくなる高さだ。しかし、リーナは平気だった。
蒼太と一緒に働いているうちに、高所に慣れていた。
「リーナ様、すごいですね。全然怖くないんですか」
「怖いわよ。でも、やらなきゃいけないから」
リーナは足場を見回した。
「ソウタが教えてくれたの。『怖いのは普通だ。でも、怖いまま動けるようになれ』って」
「ソウタさんらしいですね」
「ええ」
リーナは塔を見上げた。
最上部で、蒼太が作業を続けている。
「私も、最後まで頑張らなきゃ」
* * *
バルトは、西側の防衛線で戦い続けていた。
ゴルドが倒れた後、獣人たちが防衛の主力になっていた。
「押し返せ! 一歩も引くな!」
バルトの声が響く。
獣人たちは、疲労と傷を抱えながら、それでも戦い続けた。
「ボス! もう限界です!」
「限界? 限界なんてねえ!」
バルトは魔物を殴り飛ばしながら叫んだ。
「俺たちは、ソウタに居場所をもらった! 仲間として認めてもらった!」
「……」
「だから、俺たちは戦う! ソウタの塔を守るために!」
獣人たちの目に、光が戻った。
「へい、ボス!」
「塔を守れ! ソウタを守れ!」
獣人たちは、再び立ち上がった。
バルトは塔を見上げた。
「ソウタ……あと少しだ……頼むぞ……」
* * *
六日目の夕方。
塔の高さは、二百九十八メートルに達していた。
あと二メートル。
「もう少しだ……!」
蒼太は足場の最上部で、最後の柱を運んでいた。
風が強い。足場が揺れる。
魔物の攻撃も、激しさを増していた。飛行魔物が、何度も塔に接近してくる。
しかし、蒼太は止まらなかった。
「来るなら来い!」
蒼太は叫んだ。
「俺は、建てる! 何があっても、建てる!」
最後の柱が、定位置に設置された。
あと一メートル。
「神器を! 神器を持ってこい!」
蒼太の声が、下に響いた。
エドが、金色の鍵を持って登ってきた。
「ソウタさん! これが、天地の鍵です!」
「よし……」
蒼太は鍵を受け取った。
重い。そして、熱い。
鍵から、不思議な力を感じた。世界の根幹に繋がるような、途方もない力。
「これを、頂上に置けばいいんだな」
「はい。設計図によると、最上部の中央に、設置台があるそうです」
「分かった」
蒼太は、最後の足場を登り始めた。
三百メートルの高さ。
風は、もはや暴風に近かった。身体が吹き飛ばされそうになる。
しかし、蒼太の足取りは確かだった。
十年間、高所で鍛えた身体。無数の現場で磨いた技術。
それが、今、蒼太を支えていた。
「俺は鳶だ」
蒼太は呟いた。
「高いところは——」
最上部に到達した。
「俺の庭だ」
【第22章 完】




