第18章 塔の半分、そして異変 第19章 隠された真実
塔の高さが百五十メートルに達した日。
王都は、祝賀ムードに包まれた。
「半分だ! 塔が半分の高さに達したぞ!」
「やったー!」
「これで、魔王を倒せる!」
民衆の歓声が、街中に響いていた。
建設現場にも、女王アリシアが視察に訪れた。
「鷹野蒼太。見事だ」
アリシアは塔を見上げながら言った。
「半年で、ここまで建てるとは。正直、ここまで順調に進むとは思っていなかった」
「まだ半分です。完成まで、気を抜けません」
「そなたらしい言葉だな」
アリシアは微笑んだ。
「だが、今日くらいは祝ってもいいだろう。今夜、王城で祝宴を開く。そなたと、主要な職人たちを招待したい」
「祝宴……ですか」
「断るな。これは命令だ」
アリシアはウインクした。
蒼太は苦笑した。
「分かりました。お言葉に甘えます」
* * *
その夜、王城で祝宴が開かれた。
ゴルド、リーナ、バルト、エド。そして、主要な作業員たち。
異種族が一堂に会する宴会は、この王国の歴史でも稀なことだった。
「乾杯!」
アリシアの音頭で、全員が杯を掲げた。
「塔の半分到達を祝して! そして、完成に向けて!」
「乾杯!」
宴は、賑やかに進んだ。
ゴルドは王城の料理に舌鼓を打ち、リーナはエルフの酒を振る舞い、バルトは獣人の子供たちと遊んでいた。
蒼太は、その光景を見ながら、静かに酒を飲んでいた。
「楽しそうだな」
声がして、振り返ると、レオンハルト騎士団副長が立っていた。
「ああ。こんな宴会、久しぶりだ」
「そなたは、酒は強いのか」
「まあまあだな。飲みすぎると、次の日に響くけど」
レオンハルトは蒼太の隣に座った。
「そなたに、礼を言いたかった」
「礼?」
「塔の建設を引き受けてくれたこと。そして、ここまで進めてくれたこと」
「俺の仕事だからな。礼を言われるほどのことじゃねえ」
「謙遜するな。そなたがいなければ、塔は今頃、崩壊していただろう」
レオンハルトは杯を傾けた。
「正直に言う。最初、私はそなたを信用していなかった」
「知ってる」
「だが、今は違う。そなたは、この国の救世主だ」
「救世主は大袈裟だ。俺はただの職人だよ」
蒼太は笑った。
しかし、その笑顔は、すぐに消えた。
「……何か、気になることがある」
「何だ」
「塔のことだ」
蒼太は塔を見つめた。窓から、塔の姿が見える。夜空に聳え立つ、巨大な建造物。
「最近、塔に変な感触がある」
「変な感触?」
「うまく言えねえけど……構造に、異常な力がかかってる気がする」
レオンハルトの表情が、引き締まった。
「具体的には?」
「下から上に向かって、引っ張られてるような。いや、違うな。上から下に向かって、押されてるような——」
蒼太は首を振った。
「分からねえ。俺の【匠の手】は、構造物の強度を感知できる。でも、今感じてるのは、それとは違う何かだ」
「それは——」
レオンハルトが何か言おうとした時、騒ぎが起きた。
「陛下! 大変です!」
兵士が駆け込んできた。
「何事だ」
アリシアが立ち上がった。
「塔が——塔から、光が出ています!」
全員が窓に駆け寄った。
確かに、塔の頂上付近から、淡い光が漏れていた。
「何だ、あれは……」
蒼太は目を凝らした。
光は、塔の内部から発せられているようだった。まるで、塔自体が発光しているかのように。
「……行ってくる」
蒼太は宴会場を飛び出した。
「待て、ソウタ!」
ゴルドの声が聞こえたが、蒼太は止まらなかった。
現場に着くと、光はさらに強くなっていた。
蒼太は塔に触れた。
【匠の手】が起動する。
「……!」
蒼太は息を呑んだ。
今まで感じたことのない、膨大な力が、塔の中を流れていた。
それは、構造物の強度とは全く異なるもの。もっと根源的な、世界そのものに関わるような力。
「これは、一体……」
蒼太は塔を見上げた。
光は、やがて収まった。
しかし、蒼太の中に残った疑問は、消えなかった。
この塔は、一体何なのか。
なぜ、こんな力を感じるのか。
「……調べなきゃならねえな」
蒼太は呟いた。
翌日から、蒼太は塔の設計図を詳しく調べ始めた。
そして——驚くべきことを発見した。
設計図の隅に、古代の文字で、何かが書かれていた。
蒼太には読めなかったが、宮廷魔術師に見せると、彼は顔色を変えた。
「これは——」
魔術師は震える声で言った。
「『この塔は、世界の柱を修復するためのものである』——と、書かれています」
「世界の柱?」
「……お話しすべきことが、あるようです」
魔術師は蒼太を見た。
「この世界の、本当の秘密を」
蒼太は、静かに頷いた。
物語は、新たな段階に入ろうとしていた。
【第18章 完】
第19章 隠された真実
宮廷魔術師の名は、メルヴィンといった。
白髪の老人で、長い髭を蓄えている。年齢は百歳を超えているらしいが、その目は若々しく輝いていた。
「世界の柱、ですか」
蒼太は、メルヴィンの執務室で話を聞いていた。
「そうだ。この世界には、天と地を繋ぐ『柱』が存在する。目には見えないが、確かにそこにある」
メルヴィンは古い書物を開きながら説明した。
「世界の柱は、この世界を支える根幹だ。柱があるからこそ、天は天のままであり、地は地のままでいられる」
「よく分からねえな……」
「簡単に言えば、柱がなくなれば、世界は崩壊する」
蒼太は息を呑んだ。
「崩壊……?」
「空が落ち、大地が裂け、海が干上がる。全ての生命が、消滅する」
メルヴィンは深刻な表情で言った。
「千年前、この世界で大戦があった。その時、世界の柱は折れた」
「折れた……?」
「完全に折れたわけではない。しかし、大きな亀裂が入った。それ以来、世界は少しずつ崩壊しつつある」
蒼太は黙って聞いていた。
「最初は、小さな異変だった。天候の乱れ、地震の増加、魔物の凶暴化。しかし、年月が経つにつれて、異変は大きくなっていった」
「それが、魔王軍の侵攻と関係あるのか」
「ある」
メルヴィンは頷いた。
「魔王は、世界の崩壊を加速させようとしている」
「なぜだ」
「魔王自身が、崩壊から力を得ているからだ。世界が崩壊すればするほど、魔王は強くなる。完全に崩壊すれば、魔王は神にも等しい存在になる」
「だから、人類を滅ぼそうとしてるのか」
「その通りだ。人類が滅びれば、世界の崩壊を止める者はいなくなる」
蒼太は考え込んだ。
「じゃあ、塔は——」
「塔は、世界の柱を修復するためのものだ」
メルヴィンは設計図を指差した。
「この塔は、千年前の賢者たちが設計したものだ。塔の頂上に神器を設置すれば、神器の力で世界の柱が修復される」
「神器……」
「正確には、『天地の鍵』という。世界の柱と同じ力を持つ、神聖な道具だ」
メルヴィンは棚から、小さな箱を取り出した。
箱を開けると、中には金色に輝く鍵があった。
「これが、天地の鍵か」
「そうだ。この鍵を、塔の頂上に設置する。そうすれば、鍵から放たれる力が、世界の柱を修復する」
蒼太は鍵を見つめた。
「なんで、今まで誰も塔を建てなかったんだ」
「建てようとした者はいた。しかし、全て失敗した」
メルヴィンは溜息をついた。
「三百メートルの高さを建てる技術が、この世界にはなかったからだ。そして——」
「そして?」
「魔王が、建設を妨害してきたからだ。塔が完成すれば、魔王の計画は頓挫する。だから、魔王は全力で建設を阻止しようとしている」
蒼太は頷いた。
「なるほど。だから、ワイバーンが襲ってきたのか」
「その通りだ。今後、妨害はさらに激しくなるだろう」
「……」
蒼太は暫く考え込んでいた。
やがて、顔を上げた。
「一つ、聞いていいか」
「何だ」
「さっき、塔に触れたとき、変な力を感じた。下から上に向かって、引っ張られてるような」
「それは——」
メルヴィンの表情が、僅かに変わった。
「世界の柱の残響だ」
「残響?」
「折れた柱の力が、まだ残っている。塔は、その力を吸収しながら建っている」
「吸収……?」
「塔は、単なる建造物ではない。世界の柱と同じ力を持つ、特殊な構造物だ。建設が進むにつれて、塔自体が力を帯びていく」
蒼太は塔を見つめた。
「つまり、俺が感じた力は——」
「塔が、世界の柱として機能し始めている証拠だ」
メルヴィンは真剣な目で蒼太を見た。
「鷹野蒼太。そなたは、世界の命運を握っている」
「……大袈裟だな」
「大袈裟ではない。塔を完成させられるのは、そなただけだ」
メルヴィンは立ち上がった。
「そなたの【匠の手】は、構造物の強度を感知できる。それは、塔の力を感知できるということでもある」
「……」
「塔が完成に近づくにつれて、力は強くなっていく。その力を制御できるのは、そなただけだ」
蒼太は黙っていた。
世界の柱。魔王の計画。塔の真の目的。
想像を超えた話だった。
しかし、やることは変わらない。
「分かった」
蒼太は立ち上がった。
「塔を建てる。それが俺の仕事だ。世界を救うとか、そんな大層なことは分からねえ。でも、仕事は最後までやる」
メルヴィンは微笑んだ。
「頼もしいな」
「あと、一つ頼みがある」
「何だ」
「今の話、仲間にも共有していいか。ゴルドやリーナ、バルトにも」
「構わない。むしろ、共有すべきだ。これからの戦いには、全員の力が必要になる」
蒼太は頷いた。
「分かった。じゃあ、戻る。明日も、仕事だからな」
蒼太は執務室を出た。
廊下を歩きながら、空を見上げた。
夜空に、塔が聳え立っている。
「世界の柱、か」
蒼太は呟いた。
「俺が建ててるのは、柱だったのか」
なんだか、途方もない話だ。
しかし、不思議と、重圧は感じなかった。
やることは、変わらない。
足場を組み、石を積み、木を削り、塔を建てる。
それが、職人の仕事だ。
「よし」
蒼太は拳を握った。
「明日からも、頑張るか」
夜風が、蒼太の頬を撫でていった。




