第12章 本格着工 第13章 魔王軍の妨害
塔の本体工事が始まった。
基礎の上に、巨大な石が積み上げられていく。ゴルドの指揮の下、ドワーフたちが精密な作業を続けている。
「そこ、もう少し左だ! 目地を揃えろ!」
「へい、親方!」
石の一つ一つが、寸分の狂いもなく配置されていく。蒼太は【匠の手】で確認しながら、感心した。
「すげえな、ゴルド。完璧だ」
「当然だ。俺の石積みに、妥協はない」
ゴルドは誇らしげに胸を張った。
塔の高さは、日に日に増していった。
一週間で五メートル。二週間で十メートル。三週間で十五メートル。
蒼太は足場を組み続けた。塔の高さに合わせて、足場も上へ上へと伸びていく。
「足元、気をつけろ!」
「縄、しっかり結んでるか確認しろ!」
「風が出てきた! 作業、一時中断!」
蒼太の声が、現場に響く。
作業員たちは、最初は蒼太の細かい指示に戸惑っていた。しかし、安全管理の重要性を理解するにつれて、自ら進んで確認するようになっていった。
「ソウタさん、この縄、少し緩んでます」
「よく気づいた。締め直してくれ」
「この石、ちょっとグラグラするんですが……」
「どれ、見せてみろ。……確かに、これは危ねえ。ゴルド! ちょっと来てくれ!」
現場は、活気に満ちていた。
ドワーフがエルフに作業を教え、獣人が人間の荷物を運び、人間がドワーフの道具を手入れする。種族の壁は、完全になくなったわけではない。しかし、一緒に汗を流す中で、少しずつ溶けていった。
「おい、人間。腹減ったか?」
ゴルドが、若い人間の作業員に声をかけた。
「え、あ、はい……」
「ほら、これを食え。うちのカミさんが作った弁当だ」
「いいんですか?」
「いいから食え。腹が減っては戦はできん」
若い作業員は、照れくさそうに弁当を受け取った。
別の場所では、リーナが獣人の子供に木彫りを教えていた。
「ほら、こうやって、木目に沿って削るの」
「うわー、すごい! リーナお姉ちゃん、上手!」
「あなたも、練習すればできるようになるわ」
バルトが、ぶっきらぼうに言った。
「……うちの子が、世話になってるな」
「いいえ。この子、才能があるわ。将来、いい木工師になれるかもしれない」
バルトは少し驚いたような顔をした。
「……そうか」
現場は、単なる仕事場ではなくなりつつあった。
異種族が共に働き、共に食べ、共に笑う場所。
蒼太は、その光景を見て、静かに微笑んだ。
* * *
塔の高さが三十メートルを超えた頃。
蒼太は、足場の最上部に立っていた。
風が強い。髪が乱れ、作業着がはためく。
しかし、蒼太は微動だにしなかった。
高所には、慣れている。むしろ、心地いい。
「いい眺めだな」
蒼太は呟いた。
眼下に、王都が広がっている。城壁、建物、街路。そして、その向こうには、緑の平野と、青い山々。
「この景色を守るために、塔を建てるのか」
「ソウタさん!」
下から、エドの声が聞こえた。
「何だ!」
「女王陛下が、視察に来られました!」
蒼太は足場を降りた。
現場の入り口に、馬車が止まっていた。
女王アリシアが、護衛に囲まれて降りてくる。
「鷹野蒼太」
「陛下」
蒼太は軽く頭を下げた。
アリシアは塔を見上げ、目を見開いた。
「……これが、天空の塔か」
「まだ、三十メートルしかありません。完成まで、十分の一です」
「十分の一……」
アリシアは暫く塔を見つめていた。
「素晴らしい。正直、ここまで順調に進むとは思っていなかった」
「俺一人の力じゃありません。みんなの力です」
蒼太は周囲を示した。
作業員たちが、それぞれの持ち場で働いている。ドワーフ、エルフ、獣人、人間。異種族が、肩を並べて。
「……驚いた」
アリシアが呟いた。
「何がですか」
「異種族が、こんなに協力している光景を見たのは、初めてだ」
蒼太は肩をすくめた。
「別に、特別なことはしてません。ただ、全員を対等に扱っただけです」
「それが、どれだけ難しいことか」
アリシアは蒼太を見た。
「我が国では、種族間の対立が根深い。過去に何度も、融和政策を試みた。しかし、すべて失敗した」
「……」
「なのに、そなたは、わずか数週間で、これを成し遂げた。どうやったのだ」
蒼太は少し考えた。
「……分かりません。ただ——」
「ただ?」
「俺は、職人です。職人にとって、仕事が全てです。仕事の前では、種族も、地位も、関係ない。腕があるかどうか、それだけです」
アリシアは暫く蒼太を見つめていた。
「……そなたは、不思議な男だな」
「よく言われます」
アリシアは小さく笑った。
「塔の建設、引き続き頼む。我が国の——いや、この世界の命運は、そなたの手にかかっている」
「重い言葉ですね」
「事実だ」
アリシアは真剣な目で蒼太を見た。
「必ず、完成させてくれ」
蒼太は頷いた。
「やります。俺たちの手で、必ず」
アリシアは満足げに頷き、馬車に乗り込んだ。
馬車が去った後、蒼太は塔を見上げた。
三十メートル。
まだ、十分の一。
しかし、確実に、前に進んでいる。
「よし」
蒼太は拳を握った。
「今日も、仕事だ」
蒼太は足場に向かって歩き出した。
* * *
その夜。
蒼太は宿舎の外で、一人で空を見上げていた。
「眠れないのか」
声がして、振り返ると、リーナが立っていた。
「ああ。考え事をしてた」
「何を?」
「塔のこと。これからのこと」
リーナは蒼太の隣に座った。
「不安なのか」
「……少しな」
蒼太は正直に答えた。
「三百メートルって、途方もねえ高さだ。今まで、こんな大きな仕事をしたことがねえ」
「でも、ここまで来た」
「ああ。でも、まだ十分の一だ。これからが本番だ」
リーナは暫く黙っていた。
「……私も、不安よ」
「お前も?」
「森を離れて、人間の世界で働くなんて、初めてのことだから」
リーナは膝を抱えた。
「正直、最初は後悔した。なぜ、こんなところに来てしまったのかって」
「今は?」
「今は……」
リーナは蒼太を見た。
「……来てよかったと思っている」
「そうか」
「あなたの現場は、居心地がいい。種族を理由に差別されないし、私の技術を正当に評価してくれる」
「当然だろう。お前は腕がいい」
「……ありがとう」
リーナは小さく笑った。
「あなたは、本当に変わった人間ね」
「よく言われる」
二人は、暫く無言で空を見上げていた。
星が、無数に瞬いている。
「なあ、リーナ」
「何?」
「この塔、必ず完成させる。約束する」
「……」
「お前の木で、ゴルドの石で、バルトの力で。俺たち全員の手で、建てる」
リーナは蒼太を見た。
「……信じる」
「ありがとう」
二人は、夜空の下で微笑み合った。
明日も、現場が待っている。
仲間がいる。技術がある。やる気がある。
蒼太は、静かに決意を新たにした。
「必ず、建ててやる」
夜風が、蒼太の頬を撫でていった。
【第12章 完】
第13章 魔王軍の妨害
塔の高さが五十メートルを超えた頃、異変が起きた。
夜だった。
蒼太は宿舎で眠っていたが、遠くで響く悲鳴に目を覚ました。
「何だ……?」
窓の外を見ると、建設現場の方角から炎が上がっている。
「足場が!」
蒼太は靴を履く間も惜しんで、現場に向かって走り出した。
現場に着くと、そこは地獄絵図だった。
足場の一部が崩壊し、炎に包まれている。作業員たちが逃げ惑い、悲鳴が響き渡る。
そして空には——黒い影が、いくつも旋回していた。
「ワイバーンだ!」
誰かが叫んだ。
魔王軍の飛行魔物。蒼太が以前、砦で見たものと同じ種類だ。ただし、今回は数が違う。五体、いや十体以上いる。
ワイバーンたちは塔の周囲を旋回しながら、足場に火を吐きかけていた。木材が燃え、縄が焼け落ち、構造物が崩壊していく。
「くそっ……!」
蒼太は拳を握りしめた。
一ヶ月かけて組み上げた足場が、目の前で破壊されていく。
「ソウタ!」
ゴルドが駆け寄ってきた。斧を手にしている。
「魔王軍の襲撃だ! 奴ら、塔の建設を妨害しに来やがった!」
「見りゃ分かる! 怪我人は!」
「今のところ、軽傷者が数名。死者はいない」
「よし。全員を安全な場所に避難させろ!」
「お前はどうする!」
「俺は——」
蒼太は燃え盛る足場を見上げた。
「消火だ。足場を全部焼かれたら、一ヶ月分の仕事がパーになる」
「馬鹿言うな! あの火の中に入るつもりか!」
「入らねえよ。でも、延焼を食い止めることはできる」
蒼太は現場を見回した。
足場は、塔を取り囲むように組み上がっている。現在、炎に包まれているのは北側の一角だ。まだ全体には広がっていない。
「あそこの接続部分を外せば、火が広がるのを防げる」
蒼太は指を差した。燃えている区画と、無事な区画の境目。そこには、足場の部材を繋ぐ縄がある。
「あの縄を切れば、燃えてる部分だけ切り離せる」
「だが、あそこに行くには——」
「分かってる。火の近くを通らなきゃならねえ」
蒼太は走り出した。
「待て、ソウタ!」
ゴルドの声を背中に聞きながら、蒼太は足場に取り付いた。
熱い。
炎が近い。髪が焦げる臭いがする。
だが、止まるわけにはいかない。
蒼太は足場を登り、横に移動した。煙が目に染みる。咳が出る。それでも、手を止めない。
接続部分に辿り着いた。
縄が、目の前にある。
蒼太は腰の工具袋からナイフを取り出し、縄を切った。
ブツン、と音がして、燃えている区画が分離された。
「よし——」
その瞬間、頭上から影が落ちてきた。
ワイバーンだ。
蒼太を狙って急降下してくる。
「くそっ——!」
蒼太は咄嗟に身を翻した。ワイバーンの爪が、蒼太のいた場所を掠めていく。
足場が揺れる。バランスを崩しかける。
だが、蒼太は落ちなかった。
十年間、高所で鍛えた身体が、反射的に足場を掴んでいた。
「舐めんな……!」
蒼太は足場を伝って、地上へ降りた。
ワイバーンが再び旋回してくる。今度は火を吐く構えだ。
「ソウタ! こっちだ!」
バルトが叫んだ。
蒼太はバルトの方へ走った。バルトは巨大な盾——どこかから持ってきたらしい——を構えている。
「伏せろ!」
蒼太が飛び込むと同時に、ワイバーンが火を吐いた。
炎がバルトの盾に当たり、左右に分かれて流れていく。
「熱い……! だが、この程度……!」
バルトは歯を食いしばりながら、盾を支え続けた。
炎が止んだ。
蒼太は立ち上がり、空を見上げた。
ワイバーンたちは、まだ旋回を続けている。しかし、攻撃の手は緩んでいた。
「……引き上げるつもりか」
やがて、ワイバーンたちは編隊を組み、北の空へ飛び去っていった。
夜襲は、終わった。
* * *
翌朝、蒼太は被害状況を確認した。
「北側の足場、約三分の一が焼失。塔本体への被害は軽微。怪我人は十二名、うち重傷者なし」
エドが報告した。
蒼太は頷いた。
「不幸中の幸いだな。死者が出なかったのが、せめてもの救いだ」
「ソウタさんが接続部分を切り離してくれなければ、もっと広がっていました」
「当然のことをしただけだ」
蒼太は焼け焦げた足場を見上げた。
一ヶ月分の仕事。それが、一夜で三分の一になった。
「……くそっ」
蒼太は拳を握りしめた。
「ソウタ」
ゴルドが近づいてきた。
「今回は、お前の判断が正しかった。認めてやる」
「……ありがとよ」
「だが、問題は今後だ。奴ら、また来るぞ」
「分かってる」
蒼太は空を見上げた。
魔王軍は、塔の建設を阻止しようとしている。今回は偵察と牽制だったのかもしれない。次は、もっと大規模な攻撃が来る可能性がある。
「対策が必要だ」
蒼太は考えを巡らせた。
「まず、夜間警備を強化する。交代制で見張りを立てて、敵の接近を早期に発見する」
「それだけか?」
「いや。応急補修班も編成する。襲撃を受けても、すぐに修復できるようにしておく」
「攻撃への対策は?」
「……考えてる」
蒼太は足場を見つめた。
直接戦闘は、蒼太の得意分野ではない。しかし、足場の構造を利用した何かができるかもしれない。
「トラップだ」
「トラップ?」
「足場の中に、罠を仕掛ける。ワイバーンが近づいたら、作動するような」
ゴルドは首を傾げた。
「具体的には?」
「まだ考え中だ。でも、何かできるはずだ。俺は戦えねえが、建設はできる。建設の技術で、守りを固める」
ゴルドは暫く蒼太を見つめた。
やがて、小さく笑った。
「……面白い発想だな。職人らしい」
「褒めてるのか」
「褒めてる」
二人は、焼け焦げた足場を見上げた。
「とりあえず、修復から始めるか」
「ああ。やることは山ほどある」
蒼太は作業員たちを集めた。
「聞いてくれ。昨夜の襲撃で、足場の一部が焼けた。だが、塔本体は無事だ。俺たちの仕事は、まだ終わってねえ」
作業員たちは、不安げな顔をしていた。
「魔王軍は、また来る。それは間違いねえ。だが、俺たちは建て続ける。奴らに邪魔されようが、何度でも修復して、何度でも建てる」
蒼太は全員を見回した。
「俺たちは職人だ。戦士じゃねえ。戦うことはできねえ。でも、建てることはできる。それが、俺たちの戦い方だ」
沈黙が流れた。
やがて、ゴルドが声を上げた。
「よし、聞いたな! さっさと作業に戻れ! 時間がねえんだ!」
作業員たちが動き出した。
不安は消えていない。しかし、何かをしなければならないという意志が、彼らを突き動かしていた。
蒼太は空を見上げた。
「来るなら来い」
呟きは、風に消えた。
「俺たちは、建てる」




