第九話
――その頃。
鉄の外壁を叩く風が、ざらついた音を立てていた。
砦の上で、男が煙草を吸っている。
白い煙が夜気に溶け、砦の灯りをぼんやりと霞ませた。
そこへ、もう一人の男が現れる。
その顔には、焦りの色が浮かんでいた。
「……どうした?」
片方が低く問う。
もう片方は口の端を歪めて答えた。
「巡回の連中も、砦の見張りも見当たらねぇ」
「何やってる。砦の見張りはお前が始末する手筈だったろうが」
「悪い。あいつらと話してたからよ。タイミングが無くてな……時間を空けて見に行ったら、もう誰も居なかった」
金属柵に肘をかけ、男は灰を落とした。
遠くの灯りが一瞬、またたく。
「ついてねぇな。あの巡回の二人も、こっちには来てねぇ」
「……若いのが多い。生け捕りにして売る気か?」
「馬鹿言え。今そんな余裕はねぇだろ。フォルとかいう奴が来たせいで、もう数で不利なんだ」
短い沈黙。
風の音の中に、舌打ちが一つ混じった。
次の瞬間、地の底から低い振動が伝わった。
鉄板が軋み、砦全体がわずかに震える。
二人は無言で顔を見合わせた。
「……医療区画が動いたのか? クソッ、バレたか」
「あの負傷者を運んだせいだ。タグの色で気づかれたんだろ」
「あのくそどもめ……あの場で切り捨てるべきだった」
一人が短く息を吐き、自身を落ち着かせると。
「……俺たちも動くぞ。ここじゃ不利だ。どう理由をつけようが、死に損ないを運ぶのを手伝った時点で、もうバレてる」
「……デリアの周り、警護の二人を落とせるか?」
もう一人が煙草を地面に落とし、靴で踏み消した。
「休憩場の爆破も、まだだ。あの四人組が減ってりゃいいがな……」
夜風が吹き抜ける。
鉄の歩哨路が、きぃ、と鳴った。
「……お前は外の連中に合図を出せ。俺はここで時間を稼ぐ」
「わかった。すぐ戻る」
二人は短く頷き合い、それぞれの持ち場へ散った。
――
それから数分後。
鈍い爆発音が響いた。
男は煙草を捨て、階段を駆け下りていく。
――
フォルたちが辿り着いた頃には、休憩場は無残に崩れ落ちていた。
壁は爆風で吹き飛び、天井は潰れ、鉄の骨組みがむき出しになっている。
中にいた者たちは、跡形もなかった。
ミスティアが呟く。
「……酷い」
フォルは静かに頷き、崩れた瓦礫の間を踏みしめた。
「これで、あいつらの目的が"物資"の線は完全に消えたな。
……拠点そのものの破壊が目的か?」
ハクが肩をすくめる。
「それなら、生き埋めにすりゃ済む話だろ。
……物資じゃない。なら狙いは"人"だよ」
アリアは少し悲しげな表情を見せ、瓦礫の隙間を覗き込んだ。
四人はそれぞれ、見える範囲で生存者を探し始める。
ミスティアがぽつりと口を開いた。
「この中で偉い人って……デリアさん?」
フォルが頷く。
「ああ。金〈ゴールド〉のAランクだ」
ハクが唇を歪める。
「冒険者を狙うってなぁ……相手は兵士かもしれないな」
フォルが吐き捨てるように言った。
「こんな馬鹿な真似する国があるとしたら——」
その時、ミスティアが何かに気づいたように振り返った。
「……誰か来ます」
足音。複数。
フォルたちが身構えると、瓦礫の向こうから人影が現れた。
デリアだった。
いつの間にか、三人の冒険者が彼女の護衛として控えている。
フォルが目を細める。
「あんたら……無事だったのか」
デリアはわずかに肩をすくめた。
「情報を先に教えてほしかったのは、こっちも同じよ。
まさか倉庫まで吹き飛ばされるとは思わなかった」
ハクが苦笑する。
「無事で何より」
デリアはその言葉に薄く笑い、崩れた壁の向こうに目をやった。
「わざわざ爆破して"救助"するような連中じゃないでしょうし――
……フォル、あなたたちは奥を見たわね?」
フォルが頷く。
「ああ。奥までは行けてないけどな」
「そう。ってことは……足止め目的かしら。背後にも――」
その言葉を遮るように、地下からこれまでにない轟音が響いた。
地面が跳ね、鉄骨が悲鳴を上げる。
フォルたちは反射的に身をかがめ、砂煙の中で耳を押さえた。
デリアは嫌そうに顔をしかめる。
「……また嘘でしょ? いったい何が目的なの」
フォルが天井を見上げて呟く。
「……引いて正解だったな。今の、自爆なら巻き込まれてたぞ」
アリアが隣で眉をひそめる。
「ねぇハク? なんか仕掛けてたよね? あれ、火薬の匂いしてたけど」
ハクはヘラヘラと笑いながらポーチの中を確認する。
「ハハッ、人聞きが悪いな〜。足止めのつもりだったんだけど、まさか引っかかるとは思わなかったよ」
フォルが額を押さえた。
「お前……どんだけ仕込んだんだ」
「まぁ、多めにね。敵の足を遅くさせるつもりだったし」
ハクが肩をすくめる。
「最低でも一人は減っただろ。背後は安心ってことで」
デリアが冷たい目で言い放つ。
「――被害額、出してもらうわよ」
ハクはすぐさま両手を上げた。
「今の発言、忘れてくれない? 鉱山行きは勘弁だって!」
その場に微かな笑いが生まれた。
爆煙の匂いがまだ漂う中、緊張の糸が一瞬だけ緩む。
だがその笑みの奥では、誰もが理解していた。
――この静けさが、次の嵐の前触れだということを。
※本作は一部にAI支援による描写補助を含みます(戦闘描写・用語の検証・構成整理など)。執筆・編集・全体設計は作者本人が責任をもって行っており、AIは補助的な道具として活用されています。




