第四話:不審者
ギルドの扉を押し開けると、昼の喧騒が中へと流れ込んだ。
昼食を終えたフォルとシェードが、柔らかな逆光に目を細めながら一歩を踏み入れる。受付には誰の姿もない。どこか、妙に静かだった。
「……思ったより静かだな」
フォルがぼそりと呟き、視線を奥へ滑らせる。ギルド奥のテーブル席に、見覚えのある背中が二つ並んでいた。ミスティアとアリア。まだ年若い二人が肩を寄せるようにして腰掛けている。
だが――その正面。見慣れぬ男の姿に、フォルの足が自然と止まった。
くたびれた外套に、やけに使い込まれたブーツ。姿勢は乱れ、椅子に深く腰を落としてふんぞり返るようにしている。食べかけのサンドイッチを片手に、場の空気を無視した軽い口調で喋っていた。
「待ってるの暇だしさ〜、ここのオススメのデザートとかどう? それとも飯? 優しいお兄さんが奢ってあげるよ」
「ねぇ、こいつ誰? ミス姉、知ってる?」
「知らないよ……でもフォルさんたちの知り合いだから、いるんじゃないの?」
アリアの声には明確な警戒がにじんでいた。ミスティアも声を潜めてはいたが、手元をそわそわと弄っている様子が落ち着かない。
その様子に気づいたフォルが眉をひそめると、ちょうどミスティアがこちらに気づき、ぱっと顔を明るくした。それを見て、シェードが静かに息を吐く。
「……とりあえず、状況を見ようか」
低い声でそう言って、シェードが歩を進める。フォルもそれに続いた。
「なあ、あそこに座ってる面倒くさそうな奴、知り合いか?」
「……いや、見たことないな」
言いながらも、フォルはどこかひっかかるものを感じていた。知らない顔のはずなのに、その振る舞いが“見慣れた厄介さ”を含んでいた。
「ミスティア、アリア。こいつ、知ってるか?」
そう声をかけた瞬間、アリアの肩がピクッと跳ねた。
「やっぱり不審者じゃん! さっきから何なのよ!」
「……え? えっ? 話通してるって聞いてたんだけど? 冗談きついなぁ、俺だよ? ハクだよ?」
男――ハクと名乗ったその男は、目を丸くしてフォルたちを見上げる。
「おお〜……お前が……えっと……シェード? 俺ボケてきたか? 知らんのやけど」
「大丈夫。俺も聞いてない」
シェードの返答は、感情のこもらない乾いたものだった。
「ええ……泣いちゃうよ、俺?」
「気持ち悪いから、どっか行って!」
アリアが指を突きつけ、きっぱりと言い放つ。声が微かに震えているのは、怒りか、緊張か。
「うっ……刺さるな〜。でも悪くないかも……」
ハクは口元を吊り上げ、どこか嬉しそうに肩をすくめた。アリアは呆れきった顔で目を逸らし、ミスティアが申し訳なさそうに苦笑いする。
そのとき、ギルド奥のカウンター脇から、受付嬢が姿を現した。
目元は腫れぼったく、頬に微かな赤み。わずかに濡れたまつ毛が、彼女が泣いていたことを隠してはいなかった。そんな彼女が、無言のままハクへと歩み寄ってくる。
「ちょ、ちょっと! 不審者扱いされてんだけど! 誰のおかげでさっき助かったと思ってんの?」
ハクは胸を張って言い放つ。
だが、受付嬢は立ち止まり、静かに、そしてきっぱりと告げた。
「――貴方ではないです」
「えっ」
その一言に、ハクの肩がすとんと落ち、椅子に沈み込むように崩れた。
ミスティアがそっと視線を向けてくる。その瞳には、少しだけ困惑が混じっていた。
「えっと……本当に大丈夫なんですか? この人……」
フォルは額に手を当て、しばし沈黙する。目を閉じて、息を整えた。
「……まぁ、これからわかるやろ。まずは話を整理しよう」
受付嬢は一同を見回すと、少しだけ間を置いてから言葉を選んだ。
「……今朝の件で、皆さんにはご迷惑をおかけしました。今回の登録処理とクラン関連の対応については、現在進行中でして……」
「まぁまぁまぁまぁ!」
ハクが突然椅子を蹴るように立ち上がる。その声の勢いに、受付嬢がわずかに身を引いた。
「アルケインの奴さ、浮気したんよ!」
「……は?」
その場にいた全員の視線が一斉にハクへと向く。
「いやいや! そういう意味じゃなくて、あいつ別の依頼受けて、俺がこうして尻拭いしてるってわけ! 代理代理!」
「先に言えばこんな事になってないやろ」
フォルが小さくつぶやくが、ハクは気づかない。
「まーほら? 優秀な代理人? サブ的な立場? 緊急時は顔出す男って感じでさ」
「知らねーよ……」
シェードが呆れたように呟き、静かにフォルへ耳打ちする。
「……次の依頼、まともな内容じゃなかったら一人で行かせよう」
「頼むから、静かにしてくれ……説明進めさせてくれよ」
フォルが深く息をつき、目を伏せた。
受付嬢は、微妙な空気を読みながらも、わずかに頷いた。
「……あの、フォルさんとシェードさんには、この2人がこの街に慣れていただくため、ギルドとして簡単な依頼をいくつかお願いしたいんです」
「まあ、妥当な話よな」
フォルが軽く肩をすくめて答える。
受付嬢の声はまだ少し震えていたが、懸命に職務に立ち戻ろうとしている様子だった。
「皆さんのタグですが、当ギルドでも冒険者連盟の基準に準じたランク分けを採用しています。信用度はタグの色で示されており、全部で八段階です」
「それって……街の連盟ギルドと同じってことですか?」
ミスティアが首をかしげる。受付嬢は丁寧に頷いた。
「はい。下から順に、錆〈ラスト〉、鉄〈アイアン〉、銅〈カッパー〉、銀〈シルバー〉、チタン〈タイタン〉、金〈ゴールド〉、白金〈プラチナ〉、紅玉〈ルビー〉です」
「なるほど……クランのタグって、どんなふうに使われてるんですか?」
「クランに所属している場合、タグは上下二色で構成されます。上がクラン全体の信用度、下が個人の目安です」
フォルが自分のタグを指で弾く。
「俺は野良だからこの通り、単色タグ。Bランクのチタン〈タイタン〉だ」
「俺はBランクの銀〈シルバー〉」
シェードが静かに続ける。
「ん? 順番的に俺か! 冒険者のタグはAランクの銀〈シルバー〉で、傭兵の方はA1ランクの金〈ゴールド〉ね」
ハクは首元からタグを取り出し、左右に揺らしてみせる。
そのとき、ハクの笑みの奥で、視線だけが一瞬、獣のように研ぎ澄まされた。
見ていたのは、フォルの左手――袖口からのぞく、古びた腕輪だった。
(あの腕輪……)
「どう見ても見た目は錆〈ラスト〉のおじさん、中身はスカスカ。信用できる要素ゼロなんだけど」
アリアはハクの事をけなし始める。
「……失礼な! 俺そんな歳じゃねえ! 俺、ぴちぴちのにじゅ……じゅう……じゅ、二千代だかんな!俺、こう見えても噂になるくらいの腕よ!」
「はあ……?」
アリアがドン引き気味に声を漏らし、ミスティアは思わず笑ってしまった。
軽口がすぐに空気を変える。ミスティアはくすりと笑い、アリアはあからさまに無視していた。
フォルは気づいていない。だが、ハクの視線はまだ、フォルの左手に残っていた。
シェードは重厚な木扉を開けると、鈍い軋みが室内に響いた。応接室は分厚い絨毯と仄暗いランプの灯りに包まれ、昼下がりにも関わらず静かな陰影を湛えている。書棚の古書や薬瓶からは、ほのかに皮革と草薬の香りが混ざり合い、どこか懐かしい空気が漂っていた。
シェードの視線はすぐに正面の席へ向けられた。そこには既に、エーラが背筋を伸ばして座っていた。彼女は目線だけで応じるように軽く頷き、無言で礼を示した。
「お疲れ様です。……昨日は、ありがとうございました」
「こちらこそ。……救援が無ければ、もっと酷いことになってた」
シェードはそっけなく返事をし、エーラは小さく微笑み、穏やかに返す。
「私は……なんとか。あなたは、治療は受けられましたか?」
「ああ。エーラのところは手が足りてなさそうだったから、別口でな」
「そうですか……」
シェードは短く笑いながら話題を変える。
「そうだ、フォルって奴がな……治療のお礼にって酒を用意しててな。けっこうキツいやつでな。渡すべきか悩んだんだが……まあ、気が向いたら飲んでくれ」
「ありがとうございます。……感想は、いつになるか分かりませんが」
「悪いな」
少しの沈黙が流れる。だがそれは、重たく沈むものではなく、気遣いにも似た静けさだった。
「……あの時、どうすれば良かったんでしょうね」
控えめな声音でエーラが口を開く。
「……聞くことしかできないが。俺でよければ、一緒に考えるよ」
ふと目を伏せたエーラは、ほんのわずかに、ほっとしたような空気を纏った。
その時、軽やかなノック音が部屋に響き、扉が静かに開かれる。
昼過ぎの陽光を背に、黒衣の男がゆっくりと現れる。
顔は血の気を失ったかのように蒼白で、口元の微笑みは陶器の仮面のように整いすぎていた。
「遅れてすまない。少し風に当たっていてね」
エーラはすっと立ち上がり、丁寧に一礼する。
「セルヴァン卿」
一方、シェードは腰を上げず、片手を軽く持ち上げて応じた。
「……その顔色、相変わらずだな。血の巡りが悪いのか? ニンニクでも齧ってみたらどうだ」
この男は、このギルドの影の実務を握る存在——
名はセルヴァン・ノワール。形式上は“副ギルドマスター”とされているが、実態はそれ以上に現場の調整を一手に担う策士でもある。
刃を潜ませたような皮肉に、エーラは一瞬だけ視線を動かす。
二人のやり取りが妙に噛み合っていることに、わずかな違和感を覚えた。
セルヴァンはそのまま微笑を崩さず、ゆっくりと室内に入り、椅子に腰を下ろしながら言葉を返した。
「ふふ、どうやら私にもまだ“見栄”くらいは残っているらしい。……だが、凍えた袖の奥に油を流している君よりは、いくらか健康的だよ」
「……冗談はさておき」
セルヴァンが手元の書類に視線を落とす。
「まずは報告に間違いがないか確認させてください。エーラさん。依頼では名付き1体の討伐それも色無しだったとの事だが、今回は色付き2体出現している。」
「はい。私たちは、指定された座標へ向かっている最中に、後方から突如、雷撃を受けました」
「最初に被害を受けたのは後衛です。直後、討伐隊の中央に名付きが音もなく現れ、狼の群れに囲まれて乱戦に……」
「雷撃の個体と交戦しつつ撤退を判断し、逃がしていた仲間の元へ戻ったときには、壊滅していました」
「それは俺の憶測だが、多分……音が一切聞こえなかったんだ」
「風も、鳥も、なにもかも——それが突然、一斉に戻った記憶がある。あれは音と空間を操る個体の仕業だったんだろう」
シェードの声はやや低くなった。
「雷撃の個体に隠れて、もう一体がいたんだろう。音を消し、気配を断ち、後衛を狙っていたんだ」
エーラの瞳がわずかに見開かれる。
「あの場に“もう一体”いた……と」
「正面で雷撃とやり合ってたなら、気づけなくても無理はない。連携してたんだよ、あいつらは」
「……ふむ。君の頭がただの鉄塊じゃないとわかったのは収穫だ。観察者としては、なかなか鋭いじゃないか」
セルヴァンの口調には、微笑を含みつつもどこか棘があった。
シェードは肘掛けに重心を預けたまま、肩をすくめる。
「ほめ言葉として受け取っておくよ」
一呼吸置いてから視線を宙へ向けると、静かに口を開いた。
「ここからは俺なりに整理した話と、憶測になる」
「昨日、赤い信号弾が上がったのを見た俺とフォルは、近くのシェルターを目指した」
「途中、血まみれで逃げてくる冒険者と遭遇してな……直後に襲撃された」
「何体かの狼を倒したが……今思えば、ネームドがあれだけ近くに居たのに、気づかないわけがないんだ」
「フォルが治癒師を抱えて逃げて、俺が後方を務めた。逃げ場は崖で足場は最悪だった」
「フォルが喰われそうになったのを見て駆け寄った瞬間……目の前に“居た”。音も気配もなく、唐突に」
「……おそらく空間と音に作用する色付きだった」
「雷撃の個体を補助するように隠れていた……あいつらは、知性と連携能力を持ってたよ」
沈黙の後、セルヴァンは姿勢を正す。
「なるほど。空間干渉と見れば、街の結界に残っていた“干渉痕”とも辻褄は合うな」
「転移系ならば、障壁座標の干渉で“街の反対側”に弾き出された可能性もある……これは要調査だ」
「詳細は君たちのタグから解析中だが、数日はかかるだろう」
「タグの記録があって助かりました……」
「今回の件、偶然が重なった不運と見て良いだろう。だが——“依頼書”の内容については別だ。明らかに情報に差異がある。発行者は調査中だ」
「他に、気になることはあるか?」
「支給品だ。俺たちと、生き残ったディーンの装備を調べたが……いくつか細工されてた」
「それから、アルケインが持ってた地図。……ドゥラニアの門番からもらったらしいが、途中から地形が滅茶苦茶だった」
「ふむ……地図が“意図的に”改ざんされていたのなら、それは偶然とは言えない」
「誰が主導かは不明ですが、調査の端緒にはなりそうです。……同じ手口か、同じ出処か。確認が必要ですね」
そしてセルヴァンは、ふと思い出したように問う。
「ところで……アルケイン。あれは相当な猛者だろう?」
「ギルドとしては戦力が欲しい。……改めて、立て直すのは大変だろう。君のクランで話をするつもりは?」
エーラは視線を落とし、慎重に言葉を選ぶ。
「そういうわけには……いきませんが」
「ですが、そうですね。もし彼がその気であるなら、一度きちんと話す機会をいただけるなら……」
「もちろん、他のクランとの“公平性”が保たれる形であれば、ですが」
その返答に、シェードが苦笑しながら口を挟んだ。
「……俺もそう思うんだがな。セルヴァン、お前……本当に何も聞いてないのか?」
「……?」
「今朝、ギルドマスターが無理やりフォルのクランを結成させたらしくてな。……アルケインも、頭数に入ってたらしいぞ」
「フォルは“紹介と登録だけ”のつもりだったみたいだが……ギルドマスターが勝手に仮登録で。多分、銅級で記録されてる」
「それに……あいつ、もう依頼も受けてた。傭兵のハクって男の話だが……まあ、多分そっち絡みだろう」
セルヴァンは絶句し、眉間に手を当てた。
「……銅級? 見習いだと……おいおい……笑えないぞ……あのクソババア」
「護衛依頼の進展があったとは聞いたが……あれは、危険性が高いと判断されてSランク以上の者しか行けないぞ…」
「……これは酷い。血が無ければやってられん」
肩を落としたセルヴァンは、頭を振ったあと溜息を吐く。
「……まあ、話す機会があれば、俺の方からも声はかけておくよ」
「少なくとも、あいつは悪い印象は持ってなかったようだし……ああ、それと——デカい蚊には気をつけろよ」
シェードはエーラに視線を送り、エーラは周囲を見渡し蚊を探すが見つからず、セルヴァンを見てシェードの意図を汲み取り困ったように笑った。
(さっきから妙なやり取りはそういうことね、あの人ヴァンパイアか……でも…油ってどういうことだろう…)
しばらくして、二人が部屋を出たあと。セルヴァンは扉へと向かい、書類を一枚抜き取ると、背を向けたままぽつりと呟いた。
「……“正義”の顔をして動く者が、必ずしも正しい結果を導くとは限らない」
「……手札は揃いつつあるか…。状況が動く前に、こちらも打つ手を打っておかねばな」
扉が音もなく開き、昼の光に満ちた廊下へと、セルヴァンの影が静かに溶けていった。
※本作は一部にAI支援による描写補助を含みます(戦闘描写・用語の検証・構成整理など)。執筆・編集・全体設計は作者本人が責任をもって行っており、AIは補助的な道具として活用されています。




