第十話
夜風が冷たく、道ばたの影が長く伸びていた。
砦を抜け出した男は、野営地へ向かう途中、茂みの陰から滑り出た。
息を整える間もなく、前方から複数の人影が現れる。
粗末な外套に身を包んだ一団。
見た目こそ盗賊だが、立ち姿には妙な規律があった。
「予定より早いが、来ていて正解だろ?」
男は息を切らしながら言う。
先頭の男——増援部隊の隊長が、冷ややかに返す。
「感謝はいらん。現状を聞かせろ――撤退の必要はあるか?」
「知らねぇよ。お前が送り込んだ部下を、見回りの冒険者が運び込んだ。
タグの色が違ってバレた。予定が狂ったのはそっちの手落ちだ」
男は短く息を吐く。
「……敵の増減は?」
「お前らの仲間一人と、冒険者が四人。少なくともな」
「四人か」
男は顎を引き、低く呟いた。
「なら対処できる。搬入口と正面、二カ所を同時に押さえて確実に仕留める」
「そりゃ結構。報酬はきっちりよこせよ。尻拭いの分もな」
短い沈黙の後、先頭の男が合図を出す。
「搬入口を抑えろ。残りは私に続け――一時間で片付ける」
盗賊たちの影が夜道に溶けていく。
風の中に、鉄の匂いと何かを隠すような沈黙だけが残った。
――
崩れた休憩場を離れ、まだ無事な通路で打ち合わせが始まった。
デリアが指示を出す間、ハクがふと口を開いた。
「そういやさ、砦にいた他の二人はどうなった?」
デリアは腕を組んだまま、少しだけ目を伏せる。
「……一人は始末した。もう一人は——行方がわからない」
「逃げたのか?」
デリアは腕を組み直し首を横に振った。
「おそらく、敵と接触してる」
フォルが低く息を吐きながら腕を伸ばす。
「不幸中の幸い、か。全員が裏切ってたわけじゃない」
ミスティアが小さく呟く。
「でも……医療スタッフの一人は……」
デリアが短く息を吐く。
「あの男も内通者だった。負傷者を殺したのも、通信設備を破壊したのも、おそらく彼よ」
ハクは壁に寄りかかる。
「なら倉庫の爆発に巻き込まれた奴かな」
ハクが肩をすくめる。
「……俺の仕掛けた罠か。まさか引っかかるとは思わなかったけどな」
デリアの後に居た護衛の女が振り返り、静かに首を振る。
「――あなたたちは何も悪くないわ」
そこへ、後ろから足音する。
デリアの護衛の男が現れ、手にした魔道具を掲げた。
「感知具で生命反応を調べたが……駄目だ」
デリアは短く目を閉じ、息を整える。
「……そう。なら、割り振りをするわ。電力は復旧させる」
彼女は周囲を見渡し、的確に指示を出す。
「フォルとミスティアは私と来て。
ハク、あなたには――この二人」
デリアが顎で示した先には、砦でハクをからかった男と、護衛の女がいた。
男は肩を落としながらため息をつく。
「……おいおい、貧乏くじかよ」
護衛の女も渋い顔で腕を組む。
「よりによってこの人と一緒なんて」
ハクは苦笑いを浮かべ、両手を広げた。
「悪かったねぇ。俺だって選びたくて選んでるわけじゃないんだ」
軽口に、二人は同時にため息をつく。
けれど、誰も本気で怒ってはいなかった。
フォルが振り返り、短く言葉を投げる。
「……頼んだぞ」
ハクは真顔に戻り、軽く片手を上げた。
「おう。そっちもな」
二手に分かれた一行は、崩れた通路の奥へと歩き出す。
瓦礫の隙間から漏れる光が、それぞれの背を淡く照らしていた。
――
通路を進みながら、ランタンの炎が細く揺れる。
護衛の女が低く呟いた。
「――そろそろ外よ。ここを抜ければ搬入口の荷置き場」
砦の男が槍を肩に担ぎ直す。
「そういや名乗ってなかったな。俺はチャック。砦の見張りだった。
あんた達のおかげで生きてる。後ろから刺したりはしねぇよ」
「へぇ、それは助かる」
ハクは軽く笑って短剣を指先で回した。
女が続ける。
「あたしはベル。デリアとは同じクラン。砦の通路は把握してる」
アリアが小首を傾げる。
「そういえばさっき、搬入口開いてましたよね」
チャックが槍を軽く回す。
「そうなのか?俺はそんな事より、通信設備が破壊された時に電力を落としてたなんて驚いたぜ」
ハクは大げさに両腕を広げ演説をしてるかのようなアクションを取る。
「策士だね〜。俺はてっきり故障かと思ってたよ」
ベルが前を見据えたまま答える。
「通信設備がやられるってことは、内通者がいるってことでしょ。
戦闘時に電力が無ければ不利になる事も多いからね」
チャックはうなだれて頭をかきはじめる。
「お陰で外で襲撃受けた連中は夜に紛れて逃げ延びたけどな……
何も知らされてない俺は最悪の気分だったぜ」
アリアが歩調を緩めず呟く。
「そろそろ時間? 電気つけてシャッター閉じるっていう」
ベルが盾を軽く叩く。
「どう考えても、この先にいる。通路内で来ないってことは、敵の数が多くて搬入口で様子見てる。」
ハクは通路内では身を隠せる場所へ全員を誘導すると、手を地面に置いた。
人の形をした影が、ゆらりと浮かび上がる。
チャックが軽く驚く。
「そんなの初めて見たぞ。便利なもんだな……」
ハクの笑みが消えた。
「……下向いて片目閉じとけよ」
その声は低く、有無を言わせない響きがあった。
チャックとベルは即座に従う。
(この人、本気だ)
アリアはそう感じ取った。
その時だった。
金属の唸る音が天井の奥から伝わる。
低い振動が搬入口の床を走った。
照明が一斉に灯る。
同時に、外の風が途切れた。
重い駆動音――搬入口のシャッターが閉まり始めている。
ガガガガガ――ンッ!
闇に慣れきった敵の瞳が焼かれる。
金属が唸り、視界が白光に飲み込まれた。
ほんの一瞬のはずなのに、耳鳴りのような静寂が走る。
ハクの影が駆け出した。
黒い残像が光を切り裂き、床を滑る。
搬入口の奥、荷置き場の影に潜んでいた敵——四人が、一斉に動いた。
「――来るっ!」
敵の一人が声を上げた瞬間、
前衛の剣士が反射的に踏み込み、低く斬り払う。
刃が影の脚を裂いた。
二人目の剣士が滑り込み、仲間を庇うように斬撃を放つ。
影の右腕が切り落とされ、黒く霧散していく。
荷物の影から、鎖が閃きもう一体の影を捕らえると地面へ叩きつけた。
矢の風切り音。
弓兵が、目眩ましの残光の中で矢を放っている。
軌道は狂わず2体の影の胴体に突き刺さった。
訓練された腕だ。
「……囮だ!」
短い号令とともに、敵の前衛が即座に下がる。
弓兵が位置を取り直し、全員の呼吸と間合いが整う。
無駄がない。
「……見えてんのか!?」
チャックが息を詰めた声を漏らす。
「今の光量、目潰し級だぞ……!」
ベルが盾を構え直し、低く言った。
「目で見てない。勘と訓練――慣れてる連中よ」
ハクは短剣を逆手に構え、息を吐く。
「――軍人だな。動きが訓練されてる」
チャックはすかさず腰のポーチから球体を取り出し、ピンを抜いて投げ込んだ。
球体が地面に転がり、次の瞬間——
キィィィィィンッ!
不愉快な高音が辺り一面を包み込む。
鼓膜を突き刺すような音。
ハク達は事前に耳を塞いでいたが、敵は完全に不意を突かれた。
「ぐっ……!」
敵の前衛が顔をしかめ、一瞬動きが鈍る。
アリアは走り出し、金属靴が床を叩く。
離れていた弓兵アリアに気づき、再び弦を引いた。
ベルが盾を掲げ、アリアの前に飛び込み
鋭い矢を受け止める。
金属が悲鳴を上げ、衝撃で腕が痺れる。
「この状態で当ててくるとか! 嫌になる!」
ハクは隙を狙い、床を滑るように移動する。
短剣が閃き、敵の剣を弾いた。
火花が走り、アリアがその隙を突いて踏み込む。
「そこ!」
アリアの剣が閃き、敵の肩口を深く裂いた。
短い悲鳴とともに男が崩れ落ちる。
「アリア、前だ!」
チャックの声。
だがすぐに反撃が来た。
別の前衛が突っ込み、アリアを狙って横薙ぎを放つがハクが瞬時に割り込み、短剣で器用に受け止めた。
金属が火花を散らし、腕に重い衝撃が走る。
ハクがいつもの軽口を叩く。
「俺、こういうの向いてないんだけどな」
チャックが苦笑する。
だが、ベルは違った。
(……この人、本当は慣れてる)
ハクの動きには迷いがない。
ベルが体勢を立て直し、剣士を盾で押し返すと
チャックの槍が脇から突き出され、敵の首を貫いた。
鮮血が飛び、床を汚す。
その隙を弓兵がチャックを狙って矢を放ち、
ベルはとっさに剣を投げつけ、矢の軌道を反らした。
弾かれた矢が壁を滑り、チャックの頬を掠める。
「っ……!」
投げた剣が荷台に当たって跳ね返る。
チャックが槍で器用に弾き返し、剣はベルの手元へ戻っていった。
ベルは即座に腰の短刀を抜き、弓兵へ投げつけた
かわそうとした弓兵は、バランスを崩して転けてしまう。
その隙を逃さずチャックは槍を投擲——弓兵の肩に深々と突き刺さる。
「ナイス連携」
ハクが呆れたように笑う。
「こんなの後何人居るのよ」
ベルが息を切らしながら返す。
その間、ハクは鎖使いと剣士を相手にしていた。
剣士が斬りかかり、ハクは短剣で受け止める。
金属音が響き、火花が散った。
背後から鎖が飛んでくる。
ハクは剣士を蹴り飛ばし、身を沈めてかわした。
鎖が荷箱に巻きつき、鎖使いが引き戻そうとする。
その隙に、ハクは剣士へ踏み込んだ。
剣士が力んで剣を振り下ろす——だが、遅い。
ハクは足を蹴り、すれ違いさまに首を切りつけた。
剣士の首が落ち、地面に転がる。
前方から再び鎖が飛んできた。
今度は逃げ場がない——いや、逃げる必要はない。
ハクは鎖を掴み、引き寄せた。
鎖使いが驚いて体勢を崩す。
その懐に潜り込み、短剣が男の喉を切り裂いた。。
アリアが息を切らしながら呟く。
「……こいつら強すぎない?」
ハクは短剣についた血を拭き取りながら、冷ややかに言った。
「だから厄介なんだよ」
――
ハクの足元から、二つの影が静かに立ち上がる。
さきほどよりも濃く、輪郭が精巧だ。
「頼むよ。」
その言葉に応じたかのように弓兵向かって2体の影は走り出した。
肩を負傷した弓兵は影に目もくれず、ハクとアリアへ照準を合わせる。
矢が放たれ、一直線に飛んだ。
ハクは短剣を投げ、自身へ飛んで来た矢を弾き飛ばす。
アリアの方へ飛んできた矢を片手で掴むと
弓兵へ向かって投げ返した。
弓兵が場所を変えようと身をひねった瞬間、
影の一体が弓兵の足首を掴み、
もう一体の影がハクの投げた矢を掴むとそのまま
弓兵の喉元に突き刺した。
乾いた音とともに、男が崩れ落ちた。
ベルはぎょっとしてハクを見る。
「あんた……どういう仕組みであれ動かしてんの?
魔術師並みよ」
ハクは肩を竦めて笑う。
「もっと褒めてくれても良いんだぜ!」
その口調は軽いが、目は笑っていない。
周囲の緊張を和らげようとしているのだ。
「胡散臭い」
アリアが冷たく言い放った。
「おい!」
ハクが顔をしかめる。
その声に、ベルとチャックが小さく吹き出した。
ハクの出した影は近くに落ちていた槍を拾い上げ
チャックへ投げ返した。
チャックは荷台を蹴り宙へ飛ぶと両腕で槍を
受け止めて地面に着地する。
「こえーよ。手渡しにしてくれ」
チャックは不服そう小言を言いながらも、嬉しそうに槍を振り回していた。
「……やっぱり撤退すべきだったんじゃないのか」
その嘆きが漏れたのは、奥から現れた一人の男だった。
荷物の影から、ゆっくりと歩み出てくる。
粗末な鎧に身を包んでいるが、その歩き方には隙がない。
血で汚れた包帯を腕に巻きながらも、笑みを浮かべている。
ハク達は一瞬、身構えた。
この男は——他の兵とは格が違う。
背後には十人ほどの兵が並んでいた。
見た目こそ盗賊だが、姿勢や呼吸には"訓練の癖"が染みついている。
一人一人が、先ほど倒した四人と同等かそれ以上の実力を持っているように見えた。
ベルが息を呑む。
「……まずいわね」
チャックが槍を構え直す。
「おいおい、冗談だろ……」
男は一歩前に出て、まるで冗談でも言うかのように言った。
「想定外だ。もう四人もやられちまった」
アリアの目が細くなる。
「ねぇ、助けた御駄賃代わりにさっさと死んでくれない?」
チャックが眉をひそめる。
「おい、直球すぎるだろ……」
男は鼻で笑った。
「ははっ、投降してくれるなら楽に殺してやるよ」
ベルが剣を構えながら低く呟いた。
「……ちょっと、こいつ何人殺してるのよ」
ハクが肩を竦め、短剣を軽く回す。
「あれ? この流れ、俺が相手するパターンじゃん。……嫌なんだけど」
アリアが一歩前へ出る。
「じゃあ、私が行こうか?」
「笑えねぇよ。どう見てもお前じゃ無理だ。」
チャックが頭を掻き、ハクを見る。
「まったく……お前、友達多いだろ?」
ハクは片眉を上げる。
「は? 何の話だ?」
チャックは苦笑して、ハクの足元を顎でしゃくった。
そこには、ハクの影がじわりと滲み、形を取り始めている。
「ほらよ。……また呼んでんだろ、そいつら」
ベルも呆れたように笑う。
「確かに、あそこで暇そうに2体とも突っ立ってるわね」
ハクはため息混じりに短剣を構えた。
「……薄情者どもめ。俺前衛じゃ無いのに、貧乏くじは俺の方じゃないかなぁ?」
チャック
「うだうだ言ってると、かっこ悪いぞ?リーダー?」
――
すると敵の男がゆっくりと手を上げる。
背後の十人が静かに武器を構え、空気が凍りついた。
ハクは短剣を構え直し、小さく呟く。
「……まぁ、やるしかないか」
アリアが剣を握り締める。
チャックが槍を肩に担ぎ直す。
ベルが盾を胸の前に据える。
誰も言葉を挟まない。
冗談すら、息を潜める。
ハクの足元で、影がゆっくりと蠢き始めた。
それはまるで、主の覚悟に呼応するかのように――
戦いの匂いだけが、濃く満ちていく。
※本作は一部にAI支援による描写補助を含みます(戦闘描写・用語の検証・構成整理など)。執筆・編集・全体設計は作者本人が責任をもって行っており、AIは補助的な道具として活用されています。




