第六章:久しぶりの声
先輩と目が合ったまま、目を逸らせなかった。
心臓が早鐘を打つ。
息を呑むほど、あの頃と同じ瞳の色。
どんどん近づいてくる先輩の顔を見つめながら、小春の頭の中には次々に思い出の断片が浮かんでくる。
──図書室の窓際、春の陽に照らされた背中。
──「今日の推薦は、春の匂いがする詩集です」と書かれたノート。
──卒業式の日、LINEのIDが書かれたメモ。
バラバラだった記憶のかけらが、
今この瞬間、脳内で鮮明に繋がっていく。
「神崎さん、おはようございます。この度、東京本社から異動になった佐藤です。よろしくお願いします。」
声が、懐かしくて震えそうになる。
「あ、!!はい!こちらこそよろしくお願いします!!」
…やっぱり、あの文字は先輩だった。
「体調はもう大丈夫なんですか?」
「はい!もういつも通り元気になりました!!」
「も〜先輩たっら〜佐藤さんが“いつも通り”の小春さんを知ってるわけないじゃないですか〜!」
隣で後輩の柴田愛菜が軽快にツッコミを入れてくれて、張りつめた空気がふっと和らぐ。
小春は精一杯の笑顔を浮かべながらも、
頭の中ではぐるぐると思いが巡っていた。
…やっと、会えた。
佐藤先輩とは軽く挨拶を交わしただけだったけれど、
課長に呼ばれ去っていくその背中を、小春は最後まで目で追っていた。
目に焼きつけるように、もう二度と見失わないように。