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第二十一章:友也の気持ち


時計が12時を過ぎたと同時に、愛菜が勢いよく立ち上がった。


「さ、先輩! 行きましょう〜。お話、いっぱい聞かせてもらいますからね!」


小春は苦笑いを浮かべながら、そっと詩集を机の上に置いた。

財布とスマホだけを手に取り、愛菜と一緒にオフィスを後にする。



その様子を、少し離れた席から友也は何気なく目で追っていた。

笑いながら肩を並べて歩く小春の後ろ姿に、何か言いたくて、けれど言えない気持ちが喉元でつかえていた。


(……まさか、聞こえてた?

朝のあれ……小春に)


甲斐部長とのやりとりが、ずっと頭を離れない。

小春がどんな顔をしていたのか、それを確かめたくて——


気づけば立ち上がり、小春のデスクに向かっていた。


彼女の気配が消えた机には、文庫本が一冊、ぽつんと置かれている。

目に入った瞬間、心臓が小さく跳ねた。


(……もしかして)


手に取ると、表紙には色褪せた桜の絵。

高校の頃、自分が小春に勧めた詩集——『春に』。


(…持っててくれてたんだ)


指先でそっと表紙をなぞりながら、友也は小春の横顔を思い出す。

図書室の陽だまりの中、夢中でページをめくっていた彼女。

その姿が、一瞬、目の前に重なる。


ゆっくりとページを開くと、一枚の付箋が目に飛び込んできた。


『自分のなかで何かが芽生えて

そしてそれがわたしをつき動かす』


小春の、まっすぐな文字。

彼女の手の温もりが、紙を通してじんわりと伝わってくるようで——


(……今、何を想ってるんだろう)


視線がふと、オフィスの入口へ向かう。

すでに姿は見えないけれど、小春の影がそこに残っている気がした。


迷うように指がペンを握る。


そして——

『この気だるさも このときめきも

このひとときも こえも かたちも

すべて春のせいなのだ』


書き終えたあと、彼は数秒間、じっと付箋を見つめた。

それはまるで、自分の想いに名前をつける儀式のようだった。


詩集をそっと閉じると、佐藤は静かに席へと戻った。


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