第二十章:心の準備
小春はディスクに戻ると、カバンの中から文庫本を取り出した。
いつも持ち歩いている、あの詩集だ。
—『春に』 谷川俊太郎—
表紙には、少し色褪せた桜の花。
角は丸くなり、何度も開かれてきたことがうかがえる。
ページをめくると、不意に目に飛び込んできた一節。
『自分のなかで何かが芽生えて
そしてそれがわたしをつき動かす』
小春はその言葉をそっと付箋に書き写し、大事そうに眺めていた。
そのとき——
「先輩〜、なんですか、それ?」
後ろから愛菜の声がした。
小春は振り返らず、付箋を見つめたまま、ぽつりとつぶやく。
「私の…気持ち…」
「???
先輩、なんだか最近変ですよ?
もしかして……恋⁈ だったりして〜」
愛菜はニヤニヤしながら、椅子のキャスターを滑らせて近づいてくる。
小春は咄嗟に付箋を詩集に挟みこみ、顔を赤くしながら愛菜を見つめた。
愛菜はすべてを見透かしたような目で、小春の耳元にそっと囁く。
「あと30分で休憩です。じっくり〜、お話聞かせてくださいね。」
そう言い残して愛菜はまた椅子のキャスターを滑らせ
自分の席へと戻って行った。
「誰かに打ち明ければ少しは楽になるかな?
愛菜になら話せるような気もするけど
まだ心の準備が出来てないよ~」
小春は小さくため息をついて天井を見上げた。
お昼休憩まで後20分……
小春は愛菜に打ち明けるか悩んでいた。




