第十九章:覚悟
昼休み、給湯室でお湯を注いでいると
後ろから低い声がした。
「……お前、最近ぼーっとしてるぞ。ミスするなよ」
その声に振り返ると、甲斐部長が缶コーヒー片手に立っていた。
「えっ、えへ……すみません……気をつけます……」
気まずそうに頭を下げる小春に、部長は少しだけ目を細めて言った。
「まぁ……誰かのことを考えてたら、そうなるか」
「えっ……?」
「――俺も若い頃は、あったよ。仕事中にぼーっとして、先輩に怒鳴られてさ。……好きな子のこと、考えてた」
意外な言葉に、小春は一瞬だけ目を丸くした。
「……え、部長にもそんな時代が……?」
「あるよ。人間だからな」
缶コーヒーをひと口すすり、甲斐部長はちらりと小春の顔を見る。
「……お前、朝、6階にいたろ」
小春の心臓が、一気に跳ね上がった。
(え、なんで……!?)
「お前の足音、俺と佐藤、気づいてたよ。
……でも、来なかったな」
「……ご、ごめんなさい……」
「いや、いいんだ。聞かれたくない話だったからな」
少しの沈黙のあと、甲斐部長はぽつりと言った。
「佐藤、ずっと誰かのこと引きずってたみたいでさ。
……それが、誰かは、俺からは言わないけど」
小春の指先が、ぎゅっと紙コップを握る。
「ただな、最近ようやく、その誰かに――気持ち、向ける覚悟ができたみたいだ」
その言葉が、胸にじんわりと広がっていく。
「お前にも、覚悟が必要かもしれんな」
缶コーヒーを飲み干した甲斐部長は、それだけ言うと
「じゃ、先戻るぞ」と言って給湯室を出て行った。
小春はその場に立ち尽くしながら、手にした紙コップの温かさを胸の前にそっと引き寄せた。
(覚悟、か……)
そっと目を閉じて、自分の中にある気持ちを見つめる。
――でもやっぱり、好き。
苦しくても、叶わなくても、ちゃんと伝えられる自分になりたい。
いつか、先輩の隣に並ぶためにも…




