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第十八章:小春の気持ち


……これ以上、聞いちゃいけない気がする。


そう思った瞬間、小春はそっと踵を返した。

心臓がドクドクとうるさくて、まるで階段の中にその音が響いているんじゃないかと思うほどだった。


そのまま6階のフロアに出て、エレベーターに乗り込む。

扉が閉まる瞬間、小春はそっと目を閉じた。


さっきまでざわついていた胸の奥が、少しだけ落ち着きを取り戻していた。


自社のフロアに戻ってデスクに座った瞬間、後ろの席から元気な声が飛んできた。


「先輩! おはようございます~!」


「おはよう、愛菜。なんか今日、派手じゃない?」


「今日は前から気になってた人事の中村くんとディナーデートなんです~!」


「あ! あのイケメンくんと!? 良かったね~!」


「今日こそ、絶対に告白させますからっ!」


「はは、さすが愛菜。進展あったら教えてね~」


「はいっ! 一番に報告しますね、ふふ」


そう言いながら手鏡で前髪を整える愛菜は、なんだか本当に可愛くて。

小春はちょっと笑いながら、そんな姿を見つめていた。


(彼氏か……いいな。私も、好きな人と結ばれたい……)


大学時代、告白されて付き合った同級生との恋は、わずか三ヶ月で終わった。

なんとなく気乗りせず、それでも恋が出来たらいいなと思って受け入れたけれど――

気づけば、無意識に“誰か”と比べていた自分がいた。


(やっぱり私……ずっと、先輩が好きなんだ)


心の中でつぶやいた言葉が、音もなく胸の奥に沈んでいった。



先輩が彼氏だったらいいのにな…


自然に並んで歩いたり、ごく当たり前のように「また明日ね」って言い合ったり。

手をつないだり、笑い合ったり。

そんなこと、わたしにもできたらいいのに。


――でも、その「彼氏にしたい人」には、

きっともう好きな人がいる。


しかも、小春がずっと心のどこかで「敵わない」と思っていたような

きれいで、明るくて、スラッとしてて……

先輩にとっては、きっと自然体で一緒にいられる存在。


(……分かってる。分かってるんだよ。先輩の隣には、わたしじゃなくて、あの人が似合ってるって)


でも、頭で分かってても、心は言うことを聞いてくれなかった。


あの時の声が、耳から離れない。


「夏海、夏海……」


寝不足の頭で何度もリフレインされていたその名前が、ふいにまた胸を突く。


(どうして私にはそういう風に呼んでくれないの……)


そんなことを思ってしまう自分が、少し嫌になる。



――でも、本当はもっと嫌なのは、「自分の気持ちに蓋をしてること」だった。


「……ああ、もう……」


小春はそっと椅子の背にもたれ、天井を見上げた。


先輩に彼女がいたって、想いが叶わなかったって、好きな気持ちがゼロになるわけじゃない。

だったらせめて、自分だけでもちゃんと、自分の気持ちを認めてあげたい。


(苦しいよ、好きって――苦しいね)


そうつぶやいた胸の奥に、また一滴、静かに気持ちが満ちていく。


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