13 密入国者
王としての仕事を終えた午後7時過ぎ。
執務室を出て、城の最上階の自分の部屋に向かう。
アダムも他のトップ7と同じように、城とは別に居住する家を持ってはいるが、ほとんど自宅へ帰ることなく城で寝泊まりすることが多かった。
いつ火急の事態が起こっても対応できるように、というのが表の理由で、裏の理由はただわざわざ自宅へ帰るのが面倒だというのが本心だった。
国のためにと王として従事している傍ら、アダムは自分のことに関しては無頓着だった。
私生活はだらしないだとかガサツすぎるとよくノエルに怒られるほどだ。
ほとんど帰らない自宅は荒れ放題で、たまにノエルが掃除をしにきてくれている。
食事も一人だと適当に携帯栄養食で済ませてしまうため、今では城のシェフが自分のために夕食を用意してくれている。
洗濯も一人だと全然手が回らなくて明日着る服がないということも度々あったが、今では城の女中が毎日自分の代わりに洗って干してアイロンまでかけてくれる。
城にいれば身の回りのことは城の人間が全てしてくれた。
いっそこのまま城に常駐し、家を引き払ってもいいとは思っているが、その手続きが面倒なため、そのままにしている。
食事を終え、シャワーを浴びて濡れた髪も乾かさずに下着1枚でベッドに寝転がる。
幼い頃憧れていた王になる目標は達成できた。
後は自分が王としてこの国をどうしていくかだ。
幼い頃に両親は魔物に襲われ死んだ。
まだ物心のつく前の出来事だったので、よく覚えてはいない。
けれど、同じ孤児院で暮らす仲間たちの中にはその凄惨な現場を目の当たりにした者もいた。
そんな彼らたちは孤児院に来てからも泣いてばっかりで毎日に絶望していた。
何年も何年もそのことを引きずる者もいた。
魔物に一生残る傷を負わされた少女もいた。
可哀想だ、と思った。
そんな目に合う子供たちを一人でもなくしたい。
そのために、魔術師ギルドの協力の元、まずは街に魔物が入れないように結界を張った。
次に、この国の戦士を強く、より高みへと引き上げることができるように鍛錬や演習で使う施設や環境を整えた。
また、戦士になるための訓練学校も開設し、若い世代の戦士の育成に努めた。
その成果もあって、魔物による凄惨な事件は激減した。
悲しい思いをする子供も、少しは減らせたと思う。
次に経済だ。
この国はほとんどを自給自足に頼っている。
衣食住、全てを賄えるようになってはいるが、より豊かな暮らしを目指すためアダムの代から交易を再開した。
これは凝り固まった考えの評議会の老人たちを説得するのが難しかった。
以前は今よりもっと交易が盛んだったそうだが、昔何か大きなトラブルが起きて交易をやめていたらしい。
それでも、アダムは交易を再開したかった。
そこで役に立ったのがノエルだ。
彼は賢く聡明で加えて弁も立つ。
簡単にはいかなかったが、時間をかけて粘り強く評議会の連中を説得し、無事交易を再開することができた。
異国の技術や文化はこの国にとってよい刺激になり、この国はより豊かに、みるみる発展していった。
次に考えているのは、より経済を発展させるため産業としての観光を視野に入れていた。
交易よりも密に異国との交流を図る。
隔絶した箱庭のようなこの国を変えることは、評議会の連中にはまた大反対されることだろう。
それでもこの国の未来のためにアダムは諦めたくなかった。
王として、この国の発展と未来を強く望んでいたからだ。
幼い頃はただ強くてカッコいい王という地位に憧れていた。
だが、今は違う。
国民の上に立ち、より良い方向へと導く。
自分が憧れた王のように、誰かから憧れられる存在になりたい。
目下の悩みは、女王アンジェラのことだった。
偶然見つけたボロボロの雑誌。
作話やガセであってほしいと思う反面、それが事実なら自分は大きな決断をしなくてはならない。
ノエルやレイヴンに探らせてはいるが、いまだにこれといった手掛かりが掴めない。
収穫祭のあの夜、笑みを浮かべながら引き金を引いた彼女は、ひどく恐ろしい化物のように見えた。
そもそも銃を突き付けられて顔色一つ変えない彼女は一体何者なんだ。
死ぬかもしれない状況で迷いなく引き金を引いた。
もしあの時、セーフティがかかっていなかったら、彼女は間違いなく死んでいたのだ。
その迷いのなさに、セーフティがかかっているとわかっていたはずの自分の方が怖気づいてしまった。
不死身、なのだろうか。
確か雑誌にはそんなことが書かれていた。
そんなことありえるのだろうか。
命あるものは必ず死を迎える。
それがこの世の摂理ではないのか。
彼女は人間ではないのだろうか。
酔った彼女をこの手に抱いた時、あまりの小ささに驚いた。
あんな華奢な身体の女性が人間じゃないはずがない、とアダムは思う。
けれど、彼女の底知れぬ雰囲気は確かに人間のものとは掛け離れていた。
滅びの魔女。
彼女にはそんな恐ろしい能力があるのだろうか。
あんな華奢な身体のどこにそんな力があるというのだ。
杞憂であってくれとアダムは願う。
彼女については一旦保留だ。
確実な情報があるまでは動けない。
今考えても仕方のないことだ。
今日はもう眠ってしまおう。
そう思い、アダムは瞳を閉じた。
太陽もまだ昇らない午前5時前。
コツコツと窓を叩くような音がした。
眠たい眼を擦りカーテンを開けると、そこには数匹のカラスが庭の木に止まり、じぃ、と自分を見つめていた。
視線を下げて城の庭を見れば、レイヴンが自分を見上げて立っていた。
降りてこい、というように彼は手招きをする。
アダムは慌ててシャツを羽織り、スラックスに足を通した。
シャツのボタンを留めながら、小走りで庭へと向かう。
彼がこうして部屋の窓を叩く時は、決まって何か異常があった時だった。
「緊急事態か?」
アダムが庭に着くと、レイヴンはカラスたちに目配せした。
『密入国者だ。』
「密入国?漂流や遭難ではないのか?」
島国であるサヴァリアには時折漂流や遭難で外部の人間が流れ着くことがあった。
その場合は手厚く保護し、交易船を通じて元の国へと返す決まりだ。
『東の港に不審な船が寄港した。』
『二十数名を降ろして船は再び海へ。』
『降りた人間は全員同じ白いローブを着ていた。』
『そして散り散りに森へ入った。』
「計画的だな。追跡を防ぐためか。」
『カラスに追わせているが数が多い。何人かは見失った。』
『剣や槍、大型の銃等の武器の所持は確認できず。』
「何が目的なんだ…?」
『わからない。』
遠くから一羽のカラスが飛んできて、二人の間に入った。
『密入国者は森でローブを脱ぎ一般市民へ偽装した。既に数人街に入った者もいる。』
「目的は不明だが、何かあってからじゃ遅い。警戒体制を敷く。レイヴン、報告ありがとう。」
『こちらも引き続き密入国者の動向を見張るよ。』
「頼む。そうしてくれ。」
レイヴンはカラスに目配せし、街の方へと消えていく。
アダムも城に戻り、まずはトップ7たちを集めた。
参謀であるノエルの作戦はこうだ。
目的がわからない以上警戒しておくに越したことはない。
しかし相手が目立った武器を持ってないのなら、不用意に国民に知らせ恐怖を煽るべきではない。
表向きは平常通りを装い、街中にいつも以上の数の戦士を配置し何があってもいいように見張り、怪しい者がいれば捕縛する、というものだった。
トップ7を中心に町中に包囲網を張る。
東に焔、西にベル、北にエレナ、南にノエル、中央にジャック。
彼らを中心に戦士たちが警戒に当たる。
できるだけ平常通りにという指示だが、戦士たちは緊張からかピリピリした空気が漂っていた。
その中で一人だけ間の抜けた欠伸をしている者がいた。
「ずいぶん退屈そうだな。気を引き締めろ、ジャック。」
普段より一際酷い隈を作ったジャックは眠たそうな目を擦る。
「寝不足なだけです。やるときゃやるんでご心配なく。」
そう言って、ジャックはまた一つ大きな欠伸をした。
常にやる気はないが、確かにやる時はやる奴だ。
余計な心配はせず、アダムも町を見回る。
町中はいつもどおり。
国民たちは真面目に働き、子供たちは楽しそうに駆け回っている。
休日でショッピングを楽しむ者、カフェでつかの間の休息を取る者、慌ただしく走る郵便屋。
怪しい人物などいないように思える。
北地区もいつも通り。エレナは険しい顔で雑踏を眺めていた。
「どうだ、変わりないか?」
「ぜーんぜん。怪しい人物なんていやしないわよ。」
「そうか。引き続き警戒にあたってくれ。」
そのまま西地区へと足を進める。
こちらは農業地区とあって穏やかな時間が流れていた。
「アダム様!」
呼ぶ声に顔を上げると、高台にはライフルを構えたベルの姿が見えた。
「こっちはどうだ?」
「今のところは何も異常はないです。」
南地区へと足を進める。
戦士たちを指揮するノエルの姿が見え、声を掛けた。
「異常は…なさそうだな。」
「ああ。今のところ目立ったトラブルや事件とかはないよ。怪しい人物も見当たらない。」
「そうか…。」
「でも相手は一般市民に偽装してるんだろ?目的がわからない以上、警戒のしようがない、ってのが本音かな。」
「それは…確かにそうだな。君は何が目的だと思う?」
「うーん。多人数がバラバラに動き、武装もないとなると…偵察、かな。」
「偵察?」
「なんらかの目的があって下調べしてるとか。その目的はわからないけど、一人でも捕らえられたらそこから情報を引き出せると思う。」
「そうか…。引き続き警戒にあたってくれ。」
ノエルと別れ、焔が指揮する東地区へと歩みを進める。
ここもいつもと変わらないように見える。
人々がひしめき合う雑踏。
その中で、戦士たちを見つめ佇む男がいた。
それ自体はけして珍しいものではない。
この国で戦士は褒め称え賞賛される存在だ。
そんな戦士の姿を見つめることは、おかしなことではない。
おかしなことではない、はずなのだが。何か違和感を感じた。
アダムは昔から直感や観察眼に優れていた。加えて耳もいい。
怪しい。直感的にそう思った。
その男に気配を悟られないように、ゆっくりと近づく。
「鬼神、カグツチ…。」
男はそう呟き、懐からカメラを取り出して何度かシャッターを切った。
男が写真に収めた人物、それは戦士を指揮する焔の姿だった。
「おい、君!」
アダムは男を捕らえようと声を上げる。
その声に驚いた男が人混みへと走り出す。
雑踏に紛れて行方を眩ませるつもりか。
アダムはその男を追いかけようと必死に雑踏を掻き分ける。
しかし、道行く人の数が多い。
気付けば、男の姿は完全にアダムの視界から消えていた。
見失った。しかし、まだ近くにいるはずだ。
周りの戦士達にその男の身体的特徴を伝え、捜索が始まった。
しかし、男は見つからなかった。
包囲網を広げるべきか、一度ノエルに相談するべきか悩んでいると、この時間に鳴るはずのない鐘が鳴った。
時刻を知らせる鐘はキッチリ1時間毎に鳴るはずだ。今はまだ、その時ではない。
ただの間違いか、それとも何かの合図か。
一度南地区に戻ってノエルと合流しよう。
そう思い、足早に南地区へと向かっていると、カラスが頭上を掠めた。
ついてこい、と言わんばかりにアダムの頭の上を数匹のカラスが旋回していた。
レイヴンからの呼び出しだ。
カラスについていくと、路地裏にはレイヴンがいた。
『北の森から船が出た。』
『おそらく密入国者全員を乗せて。』
「彼らは何かしらの目的を果たしたということか?」
『わからない。』
『けれど、警戒するべき相手はもうこの国にはいないよ。』
ノエルの言葉を思い出す。
彼らの目的は偵察や下調べではないかということ。
彼らがこの国を出たということは、彼らが求めていた情報が手に入ったということだろうか。
それとも単純に予め時間を決めていたのか。
そもそも彼らの求めていた情報とはなんだ。
自分が見つけた怪しい男は、執拗に焔の写真を撮っていたように見えた。
目的は焔か?彼はサヴァリアに来る以前は傭兵として世界中を渡り歩いていたらしい。
どこかで恨みでも買っているのか。
だとしても、彼はこの地に住み着いて十年だ。どうして今更。
それとも、焔だけではなく他のトップ7全員の情報がほしかったのか。
これもありうる。国の中では大々的に知られているトップ7だが、海の向こうへはその詳細を明かしていない。
けれど、彼がシャッターを切るとき、確かにこう言ったのだ。
「鬼神、カグツチ。」
どういう意味だろう。わからないことだらけだ。
今はこうしてても仕方がない。
もう危険はないのだから、戦士たちに連絡し警戒を解こう。
気付けば夕日が街を照らしていた。
長い1日が終わった。
アダムはもう一度だけ街を見回って、城へと戻った。
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