2話
さて、視点を主人公に戻そう。
市松格子。名前が一目で読めない紛らわしいものなのでここからはコーシと呼ばせてもらおう。
その彼(便宜上そう呼ぶが性別はまだ明らかにしないことにしよう)は今日も日常生活を送っている。
……残念なことに今はまだ。という注訳はつくのだが。
お気に入りの赤ジャケットに青色のデニムパンツ姿。
そんな彼は冒頭で言っていたドリーマー専用の学校へと登校する。
制服はあるが着用は義務ではない。
ドリーマーの能力を伸ばすために存在する地上の楽園。
私立夢見学園。それが彼の通う学校の名だ。
小学校から大学までのエスカレーター式であり、選ばれた人間しか入れない。
そして選ばれる基準はただ一点。ドリーマーであることだ。
ここで説明するとしよう。
ドリーマーというのは所詮異能の事だ。
この世界独特の異能をこのように呼ぶと思ってくれればいい。
どのような異能なのかというと。
冒頭で説明したように「何かを作り出せる能力」の事を一般的にそう呼ぶという説明になるだろう。
ここで言う作り出すというのは
現実で言うように材料を持ち寄って来て加工する。
いわゆる絵を描く、彫刻を掘る、製品を作るという意味ではない。
そのような手段でどれほど素晴らしい物品を作る人間が居たとしてもこの世界では無能力者扱いだ。
ドリーマーたちの能力はまさしく創造主の御業の再現。
一瞬にして無から有を作り出せるのだから。
厳密に言うのであれば、ランクの高い能力者は無から有を作り出せるが、
低い能力者は元になる素材が必要にはなるが。
それでも特別な能力であることに変わりは無いだろう。
世界を支配するはずの質量保存の法則を無視し、物質を別物に変えてしまうのだから。
それも一瞬にして。
さて、大方の説明が終わったところで。
主人公よりも上位の能力を持った人間がやってくる。
彼は主人公に声をかけた
「ようコーシ。今日は早いな」
「よう晋作。ちょっと早く起きたんだ。お前は部活だな?」
「いや、自主練習だ。指導に時間をとられて自分の練習時間が取れなくてな。居合部の部長ってのも楽じゃないな」
晋作と呼ばれた彼。鍛えあげられた高校生男子である彼はそのまま横に並んで歩き始めた。
流れる汗もそのままに男くささが漂ってくるが、いつもの事としてコーシは気にもしていない。
フルネームは桐野晋作という。
その彼は人を寄せ付けない無骨な見た目に似合わないことを言った。
「時間あるなら部室に寄って行かないか?」
「うーん。気分じゃない」
そうか。
久しぶりにお前と能力を合わせたかったんだが。
晋作の言葉にコーシは得意になって言う。
「しょうがないな。最初からそう言えよ」
私と一緒に練習したいってな。
こうしてコーシは部室へと顔を出すことになったのだった。
***
二人が入ると部室はがらんとしていた。
誰も居ない部室を見たコーシが言う。
「お前と二人きりか」
「嫌か? 俺はありがたいんだがな」
コーシが理由を聞く前に晋作は続ける。
「思いっきりやっても人を巻き込む心配がない」
コーシは反論できなくなって、晋作から目を背けたのだった。
晋作はそれを気にもしていない様子で、汗を軽くぬぐうと居合用の服に着替える。
肝心の刀は持っていないまま。
コーシはそれに気づいていたが何も言わなかった。
彼は居合用の藁束の前までくると集中し、何かを手に持つような姿勢をしながらこう言った。
「いでよ。我が家に伝わる真剣『平安吉』今こそその切れ味を示せ」
そう言ったとたん。
桐野の手にはどこからか刀が現れる。
言った通りの『平安吉』
彼の先祖に当たる人間から受け継いだ刀。それに寸分たがわぬそのものが現れたのだった。
彼が刀剣の具現化能力を持っているのは知っているからコーシはそれについても何も言うことは無い。
桐野は手元に現れた刀を見ながらコーシに向かって言う。
「悪くないが。今日は虎徹の気分だな。頼めるか?」
ここで嫌だと言ったら来た意味がない。
コーシは返事をするのも面倒だとばかり晋作の刀に己の能力を使った。
とたん。刀身に書かれた銘が虎徹に変化する。
鞘の色や拵え。いわば刀の装飾も虎徹に変わった。
桐野の能力が刀身の具現化能力ならば。
コーシの能力は刀身の変化形能力。
無から作ることは出来ないが、有を別の有に変化させられるのだ。
桐野はそれを見て満足そうに言う。
「うん。やっぱりお前の能力は俺に合うな」
「どういたしまして。そんなんだから成績優秀スポーツマンで顔も悪くないのに彼女も居ねーんだよ。この刀剣マニア」
「うるさいな。俺が刀剣マニアならお前だって似たようなものだろ」
想像できるものしか変化も具現化も出来ねぇんだからな。
売り言葉に買い言葉が飛び交ったが、二人はゲラゲラと笑っている。
このぐらいはいつものことと流し、桐野は何事も無かったかのように刀を構えた。
反りで加速を付けるために一度鞘に納める。
眼にもとまらぬ速さで刀を振りぬくと、藁束は二つに分かたれて地に落ちた。
それを見ていたコーシは言う。
「ひゅー。お見事。久々に私もやっていいかな?」
「いいぞ。向こうの束を使え」
コーシはそのままの服装で顎で示された先に向かう。
刀は持たぬまま。
藁束の前まで来たコーシは、ポケットからカッターナイフを取り出した。
そのカッターナイフに声をかける。
「今日はそうだな。ダガーナイフとかどうだろうか」
そう声をかけると市販のカッターナイフだったものは、まるでファンタジー世界から出てきたような装飾がついたダガーナイフに変化する。
それを見ていたコーシは言った。
「なんかしっくりこないな。やっぱサーベルで」
今度はサーベルに変化する。これもまたファンタジー世界のような派手な装飾付きで。
だがそれも彼のお気には召さない様子だった。
コーシは次にこう言った。
「……日輪刀って出来るか?」
ちょっと迷ったように変化が止まったが。
しばらくすると刀身が黒い全部真っ黒な日本刀に変化する。
それを見て満足したコーシは万を持して刀を藁束に振るった。
残念ながら藁を切り取ることは出来ず、半分以上残して無様にはじき返されたのだったが。
「うわっ」
反動で床にたたきつけられようとしたコーシを晋作が受け止める。
彼は受け止めてホッとした様子を見せた後、怒ったように言った。
「何やってるんだ馬鹿! 刃がちゃんと生成されてねぇぞ」
そう言われたコーシは自分の生成した黒い日本刀を見る。
気を抜いたのがいけなかったのだろう。言われた通りのざまだった。
「やべ! マジだ……」
「ったく。俺が間に合わなかったらどうしてたんだよ」
コーシは晋作に感謝しながら立ち上がる。
その前に日輪刀として作った黒い日本刀を、市販の何の変哲もないカッターナイフに戻すことも忘れなかった。
そんなマイペースなコーシに晋作は呆れ半分で言う。
「お前は見てて飽きねぇな。面白れぇ」
「……それは侮辱か?」
侮辱なら真剣勝負だぞ?
そうからかうように言うが晋作は動じない。
「真剣勝負ならいつでも受けて立つぜ。道場破り殿」
くっくと笑う桐野に
コーシは実力どころか心の広さでも負けた気がしたのだった。