23話
そこには雷撃を受けて倒れたはずの人物、アキがいた。
よろよろと立ち上がった彼は言う。
「俺も話したいことあるんですけど」
「私にはないな」
桂はそう言って取り合わずにコーシに向き合おうとする。
アキはイライラした様子で言った。
「アンタには無くても彼にはあると思うよ」
彼。
それが誰を指すのかも言わなかったのに、桂は怒り顔で振り向いて言う。
「お前に彼の何が分かる。捜査で一度顔を合わせたことがあるだろうお前と私とでは文字通り付き合いの年季が違う」
滅多なことを言わないでくれ。
不愉快だ。
睨みつけている顔は険しく、今まさにドリームキャッチャーの引き金を引こうとしている。
激昂している様子の彼を見たアキは呆れた様子で言った。
「はいはい。やっぱこうなると思って現物確保しといてよかった。これ見てから言ってくれねーかな?」
とりあえず殴り倒して、黙らせてから渡そうと思ったんだけど。
そう物騒なことを言って差し出してきたのは晋作が兄貴の部屋から持ち出してきた黒い箱。
頑丈な箱はすでに開けられ、中身が見える。
一枚の紙きれ。
手紙のようなもの。
「……乗ってやろう。ただし嘘をついたら命はないと思え」
桂はドリームキャッチャーの引き金を引き、風を操ってその紙を己の手元に持ってくる。
それを手に取って読んだ桂は。
みるみる顔色が変わっていく。
最初は驚愕、続いては悲しみ。最後には怒り。
泣きながら怒っている彼に対し、コーシは言った。
「どういうことなんですか?」
「……っ……はっ……私は…………うっ……」
桂は何かを言おうとしたが、嗚咽はとても言葉にならない。
とても返答できる状況にないのだ。
今の今まで抑えていた彼に向けての感情がすべて解放されたような状態なのだから。
アキが代わりに答える。
「本当に事故だったんだよ。あれは」
「事故。……爆発事故のことですか」
「自殺じゃなかったんですか」
「……待て、事故ならなぜ手紙でそのことが分かるんだ?」
晋作の言葉にアキは言う。
「はいこれコピー。説明面倒だから君たちにも渡しとく」
渡された手紙のコピーを読んだ皆は納得した。
ここにはこう書かれていたからだ。
同じ状況に置かれていた野薔薇が驚いて言う。
「本当は能力が戻っていた……ですって!」
内容はかいつまんで言うとこういうことだ。
ドリームキャッチャーの機能はあくまでも能力を「写し取ること」
なので、モチーフを象徴する部分が消えこそすれ、本当は能力が使えなくなる程の効果は無かったのだ。
手紙にはこうある。
「理由としてはドリーム能力がまさしく人間の想像力を起源としているからでしょう。一時的には枯れようとも、無限なる想像力はとめどなく溢れる泉のようなものだ。人の夢を根源としているのなら、機械一つでせき止めることなど最初から不可能だ」
それなのに己の能力が封じられた理由を吉田松はこう分析していた。
「人の想像力が無限であるのであれば、それは有限方向のみではなく、負の方向にも無限であったということでしょう。数という概念には正の数である自然数のほかにゼロや負の数という概念があります。ならばいわば負のドリーム能力。己や他者のドリーム能力を減衰し、封じる能力というものも存在するはずだ。僕の万能具現化能力をもって無意識にそれを己にかけてしまったのでしょう」
手紙はこう続く。
「僕は能力が戻っても恥ずかしくて言えなかった。なぜ己の能力を封じてしまったのか考えたら分かります。きっと桂君を疑ってしまったからでしょう。一片でも彼の技術や技量に不信があったからこそ己に呪いをかけてしまった。それが意味することは一つだ」
「僕にも確かに無能力者である彼を蔑む心があったのでしょう。その事実を認められなかった。そして僕の保身が彼を深く傷つけた。キャリアどころか心までも。それが悔やんでも悔やみきれない」
手紙はこう結ばれる。
「この手紙が読まれないことを祈ります。僕がもう少しだけ勇気を出して彼に包み隠さず真実を話し、謝れるように。彼ともう一度学園の仲間として共に歩けるように。その日までこの手紙は秘めて、夢が叶ったら燃やそうと思います」
「彼が許さないかもしれない。他の理由で叶わないかもしれない。それでも僕は夢を見る。なぜならば『夢なき者には成功なし』ですから」
さて、これを読み、落涙しないものなど居るだろうか。いいや居ないだろう。
コーシ、野薔薇、そして晋作。
手紙に目を通した者たちはもちろん。アキの目までもが潤んでいる。
アキは言った。
「……ローレル。いや今は桂と呼ぶべきだろうな。お前は死ぬって言ってたが、本当にそれでいいのか?」
本当に彼は。吉田松はそれを望むと思うのか?
アキは畳みかけるように言う。
「ハッキリ言うが俺はお前が大嫌いだ。その理由はな。……この手紙のことを全く知らないで辛気臭い顔で生きてやがったからだよ!」
挙句に死ぬだって。冗談じゃない!
吉田松だってそんなつもりでアンタを助けた訳じゃないはずだ。
お前は彼から受け取った夢の種の芽を摘むのか!
桂はその言葉にハッとする。
彼は無意識に握り締めていた冊子を見つめた。
そこにあった言葉が桂の心を、魂を揺さぶる。
桂は思わず声に出していた。
彼の言葉を。
まさしく夢の種を。
人の心から湧き上がる尽きることのない源泉を。
ドリーム能力の源である
己の夢を。
『夢なき者に理想なし、理想なき者に計画なし、計画なき者に実行なし、実行なき者に成功なし。夢なき者に成功なし』
『故に、我らすべての者に等しく夢を与えるべく志す』
冊子に涙が落ちる。
ぽつぽつと雨のように。
優しい雨が降って地が固まるというように。
桂は言った。
「私は自首しようと思う。この子。亡き兄の無念のために戦った金鹿トメと一緒に。君たちも一緒に来てくれないか?」
皆が外に出ると。
倉庫の扉が開け放たれる。
開校以来の淀んだ空気が外気に晒されて浄化されてゆく。
闇の中には太陽の光が差す。
古き因縁は今捨て去られ、先にあるのは未来。夢だけが広がっていたのだった。
 




