22話
どうしてこんなことをしたのか。
コーシの根本的な問い。
それに桂は怒りもせずこう答える。
「夢というのは呪いのようなものなのかもしれないね。私は、彼の夢から未だ覚められていないようなんだ」
違うな。きっとこのまま一生夢を見て行くのだろう。
だって覚めてしまったらその時、彼は私のそばから本当の意味で居なくなるのだからね。
桂は言った。
「彼、吉田松の事は語っても語り切れない。私の経歴とは真逆なのに、それでも彼は私を嫌わなかった。むしろ鏡写しの片割れのようだと言ってくれたこともある。嬉しかったよ」
「彼は能力者の家系に生まれながら無能力者だった私を見出してくれた。変化系能力者も具現化能力者も変わらないのだから、無能力者も同じだと、いつか彼らとも机を並べられる日がくるだろうと彼は熱く夢を語ってくれた。まさしく無産である私に」
だから彼の期待に応えたかったんだ。
そう思って計画を話した時。
彼は喜んでいたよ。
桂は言った。
「……もしも時間を戻せる能力があるのなら。あの時に戻って自分を殺したい。何度そう思っただろうね」
コーシはなんと答えるべきか迷った。
だが桂は独白のように続ける。
まるで夢を見ているかのように。
他の誰の言葉も届かないかのように。
「私の本家はそれなりに名の通った能力者一族でね。代々医療系に応用できる能力を持っていて、能力頼りではなく知識面でも皆優秀だった。一族の中には法人の代表どころか議員まで上りつめたものもいる。だから、私にも医療技術の心得自体はあった。それで彼の目に留まったのだろうね」
「だが、私を採用したことが一族に知れれば嫌がらせが激化するだろう。だから彼の親切で偽名を使っていたんだ」
そのせいでクビの決定打にはなったがね。
それでも楽しかったよあの頃は。
桂は言う。
「……それも彼が死ぬまでだがね。私のせいで」
私が殺したようなものだ。
桂の言葉に桐野が言う。
「万能具現化能力喪失事件。それにお前が関わっているってことか?」
「ご名答。せっかくだからその話も聞いていくかい? 警察もその方が信じるかもしれないし」
子供だけで警察に向かっても、信用してもらえないかもしれないからね。
嫌味な言い方でカチンとは来たが、コーシは大人しく聞くことにする。
桂は黙っているのを肯定と見てか言った。
「もう予想はつくだろうから単刀直入に言うよ。能力を写し取る機械。ドリームキャッチャーの開発が進み、被験者が必要となった時に、彼が自ら名乗り出たんだ」
その後は特に言うことも無いだろうね。
実験はある意味では成功。ある意味では大失敗。
ドリームキャッチャーは銃を模しているが。
本物の銃のように相手を殺したんだ。
ドリーム能力者である彼を。
最上位のドリーム能力持ちで、まさしく創造主であった彼を。
神の気まぐれで土くれをこねて作られたというただの無能力者に落としたのだ。
無能力者であるこの私が。
「彼が能力を失ったという噂は瞬く間に広がってね。学園から離れるものが多く出た。当然経営も傾いたよ」
警察の捜査が入ったころが最も生徒が少なかったね。
捜査の直後、私が偽名を理由に解雇されたのも、もしかしたら効いたのかもしれない。
「辞めた後も何度か会ったが。彼は落ち込んでいないように見えた。協力してくれるものは多くいるから、何としても学園を立て直すんだ。そう張り切っていたよ」
「今思えば空元気だったんだろう。そうやって経営を立て直そうとしていた時に爆発事故で彼は帰らぬ人になってね。……死ぬまで追い詰められていたのかと彼の失意に気づかなかった私は己を責めたよ」
「世間では事故だと片づけられたが、あれは事故じゃない。誰よりも彼を理解していた私には分かる。彼は失意のあまりに己を殺したんだ」
桂は自嘲気味に笑う。
「ただ皮肉なことにね。彼が爆発事故で命を落とした後から生徒がどんどん増え始めたんだ」
彼の死によって遺志を絶やしてはならないと。皆が奮起したからだ。
教師陣達がこぞって彼を英雄氏して祀り上げたからだ。
夢のために生き、夢のよりどころを失っても進み続け、失意の中で無残に死ぬ。
これほどの英雄譚は中々無いだろうからね。
その結果。学園は立ち直ったのだったが。
傍から見ていた私はそれをどうしても許せなかった。
なぜならば私を筆頭に他にも数人いた無能力者がすべて解雇されていたからだ。
後釜に座ったのは無能の具現化能力者とそこそこの仕事は出来る変化形能力者だったよ。
今の教師たちは、あくまでもドリーマーである自分にとって便利だから彼を持ち上げているだけ、誰も彼の夢を本当には理解しなかったのだ。
私はそれに失望し、固く復讐を誓ったのだったよ。
彼の与えてくれたこの夢と共にね。
まず桂は己のドリームキャッチャーを掲げた。
そして桂は自嘲気味に言う。
「そうだ。いっそ私を殺すかい? 今ならそれでもいいかなと思っているよ。目的はもう果たしたからね」
正当防衛でも主張すればいい。
認められなくとも、君たちは学生だから情状酌量の余地もあるだろう。
むしろ世間では英雄として歓迎されるかもしれないね。
「AI技術を悪用し、ドリーマーたちを『殺して』回った諸悪の根源たる私を殺すわけだから。まるで魔王を倒した勇者のような扱いでも不思議はないな」
うん……それがいいかもしれない。
始まりになった冊子もこうして見つかったことだし、終わるのにはちょうどいい幕引きだろう。
会話しながら冊子を改めていた彼は、改め終わった様子で言う。
己の夢であったという冊子を大事そうに抱えながら。
「どうする? 警察に任せるかここで私を殺すか。私はどっちでもいいよ」
彼の思い出と共に逝けるなら、どっちでもね。
桂はどうやら本気の様だ。
コーシは戸惑っている。
未だ夢という呪いにとらわれている彼を慈悲によって殺すべきなのか。
それともここは逃げ出すべきなのか。
コーシは考える。そして。
ポケットからカッターナイフを取り出す。
暗殺用のナイフに変化させながらコーシは言った。
「それがあなたの救いになるのなら」
「よろしく頼むよ。私はもう疲れた」
胡蝶の夢の故事のごとく、無産人間として生きた夢から覚めることにしよう。
悪夢ではあったが、彼に出会えたのは悪くは無かったがね。
桂の言葉を受けてコーシはナイフを突き立てようとしたのだが。
喉元にナイフが突き立てられようとした時。
待ったがかかった。
「いやいやちょっと待ってよ。人が寝てる間に勝手に話進めないでくれるかなぁ」
コーシはその声に振り向く。
決断は意外な方向から阻止されたのだった。