21話
さて、桂に連れられてやってきたのは倉庫だ。
ただの倉庫と侮るなかれ。
小学校から大学まで内包するマンモス校である訳だから倉庫も広大だ。
埠頭にでも立っていそうな巨大な倉庫がいくつも並んでいる。
そして倉庫であるわけだから普段は人がいない。
中には数年単位どころか下手をすれば創設以来放置されているような場所もあるわけで
桂はそのうちの一つに皆を案内する。
「ここも埃っぽいといえばそうなのだが、適時掃除はしているから安心したまえ」
そう言って皆を招く。
どう見ても罠だったが、下手に刺激しても良くないと考え、言うとおりにした。
向こうは1人、こちらはドリームキャッチャー持ちの野薔薇さんを含めて4人。
数では勝っているし、なにより、ほとんどが刀剣系の攻撃向き能力だ。
隙を作る事さえできれば制圧できる。
そう信じてあえて虎穴の中に入るのだった。
外界から隔絶され、日光から遮断されてきた闇の世界に足を踏み入れる。太古から変わらぬような湿った空気が場を支配した。
全員が中に入ったところで、扉を閉める。
閉じられた扉の前で桂は言う。
「さて、まずはその冊子を見つけてくれたことに改めて礼を言わねばならないね。ありがとう。先ほども言った通り、返して貰う代わりにいくらかの質問に答える。ということでどうだろうか」
「嫌だと言ったら?」
桐野兄はもうやる気満々だ。
仕留める気でいるのだろう。
居合を放とうと構えを取った。
桂は言う。
「……私としては争うのは本意ではないのだが。どうしてもというのなら仕方ないとは思っている。何とか交渉で済ませられないかい?」
私と、彼の夢を万が一にも傷つけたくはないからね。
桂の手にはドリームキャッチャー:インフィニティ。
戦意は無いというのは本当のようで、アキの攻撃がいつ来るかだけを警戒している様子だった。
晋作は戸惑いつつも、応戦するために手に持っていた箱を地面に置く。
野薔薇は桂から受け取ったドリームキャッチャー。己のドリーム能力であった植物具現化系能力入りのものを構える。
コーシは。
主人公である市松格子は。
ドリームキャッチャー計画の冊子を抱え、ポケットに手を入れている。
カッターナイフをいつも入れているポケットに。
それを見た桂が言う。
「君たちには交渉する気はない。そう読み取るべきだろうか?」
溜息をつく。
そんな桂に斬撃が飛んだのはその時だった。
天翔ける斬撃を飛ばしたアキは言う。
「よくわかったぜ。……お前からは俺らに迂闊に攻撃出来ないってことがな!」
桂が防御のために引き金を引く。
そして、斬撃は当然のように現れた盾で防がれた。
斬撃への防御を特化した素材へと変更された盾は、今回は攻撃をものともせず、そのまま空中に浮かんでいる。
「逃げられもしないなら、攻撃し続ければそのうち仕留められるでしょ。一気にかかるぜ!」
僕に続いて!
アキがもう一度斬撃を放とうとした。
同時にまぶしい光の奔流と轟音が響く。
稲妻だと気づいたのはその後だった。
その光と轟音がおさまったころ。
攻撃をモロに喰らったアキは力無く地に伏せた。
辺りに漂うのは焦げ臭い匂い。
帯電しているのか、アキからはビリビリと小さな稲妻のようなものが走る。
手に持っていた刀を避雷針代わりにでも使ったのだろう。彼を中心とした雷電攻撃を喰らったのだ。
そしてその相手は。
「あーあ。この状況なら不意打ちぐらい考えてると思ったんだけど。つまんな」
こういう時は間一髪で避けて乱戦になる流れでしょ。
バンビ。金鹿トマリ。
そう呼ばれている何者かがやって来たのだった。
倉庫の暗がりの中に溶け込んでいた彼。
彼は桂に言う。
「ねぇローレル。このまま一気にやっちゃおうよ」
「許可できない。そもそも私の合図があるまでは攻撃しないという手筈ではなかったかね?」
それともうコードネームは無意味だ。桂と呼びたまえ。
ローレルと呼ばれた桂はバンビを睨みつける。
バンビ、金鹿トマリと呼ばれる何者かは言った。
「またぁ? 本なんてどうでもいいじゃん。このまま全員を能力者狩りしちゃおうよ」
本はその後で回収して、壊れてたら能力で修復しちゃえばいいじゃん。
消し炭からでも復元できるでしょ桂なら。
その指摘はひどく真っ当だった。
効率的で打算的で無駄がない。
故に。
桂の逆鱗に触れたのだった。
「……君を召し抱えたことは明確に間違いだった。なぜならば君は、本当の意味では夢を理解しないからだ」
桂の手にはドリームキャッチャー:インフィニティ。
そしてそのインフィニティを向けた相手は。
金鹿トマリに銃口を突き付けた彼は言う。
「私なりに君の夢は叶えさせて貰った。だがこれ以上は耐えられない。君とはここまでだ」
「なっ私は……僕はお前を思って攻撃したのに」
「問答無用だ! 私の……いや、彼の夢にただ乗りしているだけの無産は消えたまえ!」
桂は怒りに任せて引き金を引く。
すると、金鹿トマリの姿が変化し始めた。
「やだ。やめて。私の夢を解かないで。戻りたくない!! あんなみじめな自分に戻りたくない!」
黄金色の髪はくすんだ様な黒に、少年のような平坦で肉付きの良い引き締まった胸には、曲線的で柔らかな双丘が現れる。
いつも意地悪な笑顔をたたえる勝気な顔は、みじめな泣き顔に。
みじめで無力で、何もできないのはもう嫌なのに。
夢は無情にも覚めていく。
ドリームキャッチャー:インフィニティの能力は万能具現化能力。
そしてその能力が解かれるということは、元の姿に戻るということ。
元の姿に戻った「彼女」は
地に伏せていた。
泣きながら、涙を流しながら。
許しを請うように桂に手を伸ばしている。
それを見た桐野は言った。
「あいつ。確か」
コーシも言った。
「ああ、金鹿トマリの虐待事件で行方不明扱いだった」
野薔薇が言う
「名前は確か」
金鹿トメ。金鹿トマリの妹として記録されていた少女。
もっとも事件から時間が経った今は少女という年ではないのだったが。
呆然自失ながらも彼女は諦めきれないのかドリームキャッチャーを握り締めていた。
だが、桂がそれを力づくで奪い取る。
「私の前からさっさと消えたまえ。この際ハッキリ言わせてもらうが、君のように悪用する者は不愉快だよ」
そう言った彼は言葉だけでも十分だろうに
金鹿トメを無意味に足蹴にした後、
改めてコーシ達に向き直り言った。
「彼女のような人間にドリームキャッチャーを渡すべきではなかったと心底後悔しているよ。彼の夢の実現はまだ遠いな」
桂はそう言うと仕切り直して言う。
「見苦しいところをみせたね。話を戻そうか」
ドリームキャッチャーを構えながら彼は言う。
その冊子を渡してくれ。
これ以上のことはしたくない。
桂の言葉は優しさだったのだが、桐野は言う。
「舐め腐りやがって」
兄を倒されて激昂したのか、居合を放とうとしている桐野に桂は言った。
「君たちは警察でも何でもない。一般人どころかまだ学生だ。舐め腐りもするさ。そうでなきゃもう能力どころか命すらないんじゃないかい?」
一同はハッとする。
確かにそうだ。
そもそも本来ならこのあたりは警察の仕事のはずだ。
実際アキは過去にこのような趣旨のことを言っていた。
「警察の領分ならば警察を動かす」と
ならなぜ今回、コーシ達と共に現場に踏み込んだのか。
ようやくそこに気づいた様子のコーシ達に桂は言った。
「やれやれ、今頃気づいたか。そのぐらいは分かると思うのだがね」
私には戦意は無い。
目的はその冊子だけだ。
数少ない彼との思い出を集めているんだ。
桂は手を伸ばしながら言う。
「これ以上私に関わることは勧めない。大人しく渡してくれるなら君たちはこのまま逃がすよ。約束する。後は警察にでも何でも駆け込んで大人に任せたまえ。それが子供の仕事だ」
将来人を助けるために。
誰かの夢を叶えるために、能力を磨くことこそが今の君たちの仕事だよ。
桂は柔らかな笑顔を向けてくる。
とても悪人とは思えないような。
嘘のない澄んだ笑顔だった。
「分かりました。冊子はお渡しします」
コーシはそのまま近づいていく。
この学校の事務員だったというのは本当のようだ。
教師ではないが、教師ではないなりに子供たちを思って見守ってくれる。
そんな人間だったのだろう。
そしてそんな人間であったことが推しはかれるからこそ、疑問にも思う。
冊子を桂に渡したコーシは
目の前で聞いてしまった。
「なぜ、こんなことをしたんですか」




