20話
万能具現化能力の消失事件。
返事を待つ間その事件のファイルを回し読みする。
コーシは言った。
「容疑者は不明どころか。能力は自然消滅した可能性が高い……だって?」
どういうことだ?
コーシに野薔薇が言う。
「私は聞いただけだから本当なのかは知らないんだけど」
私のいとこにね。
居たんだって。
能力無くなっちゃった人。
「昔からたまにあるみたいだよ。家族が頑張って庇ってたんだけど、仕事で能力を発動しなきゃいけなくなってバレて」
その後はよく知らない。
元々仲良かったわけじゃないから。
「……そっか」
野薔薇の言葉にコーシはただ頷く。
自分も噂程度なら聞いたことはある。
急に能力が無くなる話は。
そして大抵家族から縁を切られ、どこで何をしているか誰とも分からなくなる。
という話も。
無能力者が家族に居るということは。
能力者にとって耐えがたいのだろう。
これも学歴に通ずる部分がある。
先に述べた通り、もっともっと残酷な差となるのだが。
そして、野薔薇は自分の境遇に重ね合わせていった。
「……お母さんたち。私を捨てるのかな」
彼女にかける言葉が見つからない。
何とか考えなきゃ。
元気づけなきゃ。
コーシがそう思っていた時。
桐野のスマホが鳴った。
これは着信。通話だ。
桐野は即座に取る。
「はい。桐野です。兄貴! ……ああ。ああ。……分かった。先に行っとく」
部屋にある黒い箱?
分かった。それも持ってく。
そう言って通話を切る。
桐野は言った。
「桂、ローレルの居場所が分かったそうだ。兄貴も後から合流する。すぐ向かうぞ!」
桐野はそれだけ言って急いで二階に駆け上がって行く、出かける用意をするのだろう。
コーシは言った。
「野薔薇さんはここにいて。私たちがなんとかするから」
そう言って二人だけで向かおうとしたのだったが。
「待って」
野薔薇の言葉に立ち止まる。
心細いのだろう、勇気づけようと思って振り向いた。
だが彼女は言った。
「私も行く」
手には敵から手渡されたドリームキャッチャーが握られていた。
止めようとは思わない。
彼女も仲間だから。
無能力者であろうとも、足手まといになることは無いだろう。
コーシは言った。
「無理だけはしないで、みんなで解決しよう」
そう言ってコーシはドリームキャッチャーの握られていない方の、彼女の手を取ったのだった。
***
さて、行きがけに桐野兄と合流しながら向かった場所。
それは、学校だった。
私立夢見学園。
ひと月ほど前から休校になっている自分達の通う学び舎だ。
さて、説明していなかったが、この学校の敷地はとても広い。
小学校から大学まであるのだからそれはそうなるだろう。
隅から隅まで調べ回るのであればとても一日では足りない。
なので当たりを付ける必要があった。
「小学校相当から大学相当まで一つの敷地にあるのが裏目に出るとはな。さてどこから手をつけたもんか」
桐野晋作は家から持ってきた黒い箱を抱えながら溜息をつく。
そこにコーシは言った。
「高等部から調べるべきじゃないかな」
晋作と野薔薇はコーシを見る。
コーシは桐野の兄の方を見ながら言った。
「ですよね? アキさん」
「へぇ……割と鋭いね君。警官向いてるよ」
アキは続ける。
「その桂ってのが居たのが高等部なんだ。事務方で採用されてたようだね」
ちなみに当時は木戸孝治って名乗ってたらしい。
捜査の際に本名が判明して余波で退職を余儀なくされたらしいけど
女みたいな見た目なのに似合わないよな。
吐き捨てるように言った後、アキは続ける。
「さて職員室にでも行ってみようか。捜査協力は取り付けてあるから入り放題だよ」
踵を返したアキの背に晋作の言葉がぶつけられる。
「お前。……全部分かってて俺らを捜査に投入したな」
最初からそのつもりだったんだろ。
今までのはダミーか?
居合部の部長である弟から声で凄まれても、本職の警察官にはそよ風のようだ。
「あーあーきこえなーい。とりあえず行こうよ。日が暮れるし、向こうが気づいたら逃げられちゃうかもだからさ」
***
校内に入り、職員室の扉を開ける。
そこはがらんとしていた。
無理もない。机や椅子などはそのままでも、
人がいないと、どうしても寂しくて寒々しい印象になる。
まるで人類がこの世から滅び、このまま朽ちていく前段階のように埃がたまっていた。
そんな中。アキはつかつかと部屋の奥に入り。
奥の棚を調べる。
一つ一つ開けていき。鍵がかかっているものを特定すると。即座に鍵を使った。
「こういうのってやましいと思ってるから大抵隠そうとするんだよね」
無駄だけど。
あっという間に開かれた棚から、これぞと思ったファイルを取り出し、パラパラとめくった。
とあるページで捲るのをやめ、アキはニヤリと笑う。
「ビンゴー。冴えてるぅ」
そこには桂。いや木戸と名乗っていた頃の彼の情報がまとめられていた。
勤務記録。レポート。そして……。
無味乾燥な分厚い記録の中から。何かの企画書のようなものが滑るように床に落ちる。
記録に夢中なアキはそれを放置したので。
コーシが拾い上げて持ってきた。
野薔薇。晋作。そしてコーシはその冊子を見つめる。
手作り感あふれる手書きの冊子。
能力さえあれば一瞬でどんなものでも作れる世界で、あえて材料から揃えて手書きした代物。
きっと世界で唯一のものだろう。
そこにはこう書かれていた。
「ドリームキャッチャー計画……?」
一枚捲る。そこには間違いない。
ドリーマーたちに文字通りの悪夢を見せた銃身が描かれていた。
そこにはこんな言葉が添えられてあった。
「夢なき者に理想なし、理想なき者に計画なし、計画なき者に実行なし、実行なき者に成功なし。夢なき者に成功なし」
学園の創始者。吉田松の言葉である。
最後だけがほんの少し違うが。
そしてこの言葉に続き、一行書き加えられていた。
恐らくはすべて吉田松の直筆で。
そこにはこう書かれていた。
「故に我らすべての者に等しく夢を与えるべく志す」
それを読んだところで、後ろから声がかかった。
「なるほど、こんなところにあったのか。何度探しても見つからないと思ったら」
泳がせてみるものだね。灯台下暗しとはよく言ったものだ。
振り向くと、そこにはドリームキャッチャーを構えた桂。ローレルがいた。
彼は言う。
「取引。いや。そんなことを言わずとも素直に渡してくれると信じているが、どうかな?」
寄こしてくれるかい。
僕の。
いや。僕らの夢の証を。
桐野兄はもう刀を生成している。
彼に対し桂は言った。
「まあそう警戒しないでくれ。それを見つけてくれたお礼として、他の場所で少し話そうじゃないか。ここでは落ち着かないだろう?」
こんな埃っぽい場所じゃあね。
有無を言わさぬ桂の誘導によって一同は場所を変えるのだった。




