19話
さて記録媒体の中にあったのは、私立夢見学園で何度も見せられた映像だった。
記念行事のたびに冒頭で流される映像。
見慣れた姿が皆の前に現れる。
白スーツで短髪の30代ぐらいの男性。
宝石のように輝くような眼で皆を慈しむように見つめる。
それから彼は壇上に登ってゆく。
生前の学長。創設者である彼が高らかに己の想いを語った。
「万能具現化能力。数あるモチーフの中で最高の能力です。唯一無二の創造主の写し。だからなのでしょうか。この能力を同時に持てるのはこの世界でたった一人だけです。寂しいことにね」
「歴代の能力者は数おりましたが、今はこの僕がそうです。僕の一族は無能力者でしたが、幸運にも神に選ばれた。ということでしょう。くじ運が相当良かったに違いありませんね」
そこで笑いが起きる。
彼は気を悪くする様子も無く続けた。
「僕には夢があります。具現化能力者と変化形能力者が共に机を並べて並ぶ夢が、そして共に手をとりあって社会に出て問題を解決していく夢が。世間では具現化能力者が過剰にもてはやされ、変化形能力者は無視されるどころかもはや虐げられている。まるで出来損ないでもあるかのように」
「僕はその状況が許せませんでした。だからこの学園を作りました。君たちは僕の夢の種です。力及ばないかもしれない。間違うかもしれない。けれど僕はこの万能具現化能力をもって、君たちの才能の芽を伸ばすことに全力を注がせてもらいます」
「外では何か言われるかもしれません。君を思って友人や家族からやめろと言われ、やむなく学校に来なくなるかもしれません。夢なんて見ても叶わない。そう言われるかもしれません。それでも僕は言います。夢は叶うのだと、ドリーマーは夢を見てこそなのだと」
「僕の話は終わりです。なぜかと言われれば話は簡単です。夢物語の続きは君たちこそが描くべきだからです」
笑いと共に小さな拍手が起こる。
彼はにこやかに言った。
「ここにいる君たちが僕の夢に協力してくれることを嬉しく思いますよ」
彼が礼をして、にこやかに壇上から退出していく。記録媒体の映像はそこで終わっていた。
吉田 松
彼こそが歴代の万能具現化能力者の一人であり。この夢見学園の創始者だ。
彼を最後に万能具現化能力持ちは発見されていない。
その映像を見ていた晋作は短く言った。
「居たな」
「ああ、居たね」
その言葉が意味することが分からなかったのか野薔薇は困惑している。
コーシはそのことに気づいて今までの経緯をかいつまんで説明する。
そして言った。
「この映像の中に居たんだ。ローレルが」
どこ?
そう言った野薔薇のために映像を巻き戻す。
場面は学長であった吉田松が壇上に上がる場面。
壇上に上がる為に足を上げた学長を一時停止で止める。
そして画面の端を指さした。
「ここ。何人か立ってるけど。この人じゃないかな?」
教師陣だろうか。それとも単なる学校関係者だろうか。
その中に、確かに長髪の男性が居たのだ。
映像はブレていて遠目だから分かりにくいが。
確かに彼に見える。
野薔薇がそんな趣旨のことを言うとコーシは言った。
「学校の関係者リストにも居るんだ。見て」
そしてファイルを開き、該当の部分をめくる。
確かに遊園地で会った彼だった。
そこに書かれていた名前は。
「桂五郎。表向きは事務員として採用されてたけど本職は研究者だって」
それを聞いた桐野はふと思い出したかのように言う。
「なるほど。だからローレルなのか」
彼に視線が集まった。
桐野は言った。
「月桂樹という木がある。それの英語名がローレルなんだよ」
「! そっか。そう言えばバンビの本名も金鹿トマリだっけ。苗字から取ってるのか」
洒落た名前を付けているのはムカつくが。
納得したところで、再び皆の目はファイルに向かう。
桂のドリーム能力は。
「無い。書かれてない。むしろ……これ」
何度も読む。だが、ドリーム能力についての記載はなかった。
代わりにあったのは。この四文字だ。
「無能力者。ドリーム能力をもってないだと」
学園の関係者なのにか
桐野は驚いたように言った。
そもそも無能力者である彼が採用されているのも驚きだ。
しかも、他に志望者が現れないようなつまらない仕事であればともかく、能力者のための学園に。
読者の皆様は、前に事務方だと言っていたのが本当なのだとしたらありうる。
と思うかもしれないが、そうだとしてもこの世界ではまれな事だった。
なぜって?
単純な事務仕事しかやらないとしても、事務仕事しか出来ない無能力者より、何らかの能力者であった方がいいとされるからだ。
一段劣る変化形能力者ならまあ条件によっては採用してもいい。
具現化能力者なら肝心の事務仕事があまり出来なくても場合にも寄らずに即採用する。
この世界の経営者。責任者たちはそう考えるからだ。
そして、それは普通の事であり、疑問どころか、無能力者を採用したせいで贔屓だ職権乱用だと。
当人を含む関係者に嫌がらせ行為が始まることも珍しくは無かった。
現実の世界で言うなら学歴に当たるようなものなのだろうか。
差別の部分に関しては、それよりももっと酷いと言えるが。
学歴と違って当人の努力をもってしてもいかんともしがたく。
それなのに学歴以上に扱いが変わる。
生まれながらの純然たる序列。
過去に日本にも存在した階級社会の様な。
馬に乗ることさえ階級で禁止され区別。差別されるような。
ドリーマーがそれこそ神のように尊ばれる現実の裏では、
省みられることも無く踏みつけられる無能力者たちが大勢いる。
そんな暗惨たる現実が垣間見えるような話だ。
さて脱線したが本筋に戻ろう。
桐野は言った。
「この情報兄貴に送っていいか? あいつなら上手く生かせると思う」
それを聞いたコーシは言う。
「部屋に勝手に入ったことバレて怒られるんじゃないか?」
「さっき言った通りだ。怒られる方がマシだ」
覚悟は出来てる。
それとな。
「俺が1人で部屋を漁って見つけたことにするから、口裏は合わせてくれよ」
水臭いなとは思ったが、ここで押し問答しても頑として取り下げないだろうし、彼に花を持たせたかったので言うのはやめにする。
そう言って見つけた情報を兄に送り、ファイルの続きを改めながら返事を待った。