18話
最初は思い思いに作業していたが、何かの拍子に全員がファイルに埋もれるのはマズいと思ったのか、自然と役割分担がされた。
棚のファイルを取り出すのは桐野。
そのファイルを改めるのは棚からなるべく離れた場所に陣取った野薔薇とコーシ。
ファイルを棚に返却するときはコーシが行く。
そして調査が進んでいくのであったが。
桐野はコーシから受け取ったファイルを棚に戻しながら言う。
「ダメだな。この辺はほとんどが俺らも知ってる事だ。手掛かりにならん」
「報道って意外とホントの事言ってるんだねぇ。オブラートに包んでたりするものもあったけど」
「そうだね。そうなると私たちは待つしか」
野薔薇があっさりと諦めようとした時。
桐野が言った。
「いや。まだ方法はある」
野薔薇は驚く。
コーシは言った。
「そうか。ローレルの言うことが確かなら、お前のお兄さんは確か」
「ああ。あのローレルとやらは俺の兄に会ったことがあるって言っていた。普通に考えるなら何らかの事件に巻き込まれたんだろう。そこから調べるぞ」
そう言うと、桐野はファイルの山にまた手を伸ばす。
ここ三か月より前の捜査資料に。
彼の行為はつまるところ、この部屋を埋め尽くす資料をすべて改めるというような無謀なものだったのだが。
「私にも貸せ。二人でやった方が早く終わるだろ」
コーシはすぐにファイルの山を受け取り、中身を改め始めた。
理由は一つ。この友人の力になってやりたいからである。
というか、一人にしておくのは不安だった。
ファイルの山に埋もれる危険もさることながら、
それどころか。
手掛かりを見つけたら一人で飛び出していきそうだったから。
桐野がファイルを手に取る後ろ姿。
それが今生の別れの記憶になるなんて嫌だから。
だから手を貸すんだ。
その様子を見ていた野薔薇は最初は引き気味だった。
だってどれほどの時間をかければ終わるのかもわからなかったから。
だがここで一人居間に戻っても。待っているのは勉強だけ。
そしてその勉強が再び必要になる日が来るのかもわからない。
迷いに迷って。
野薔薇はしぶしぶながらファイルに手を伸ばすことにする。
「私も、私も手伝うから貸して」
こうして、三人はこのまま数日間ファイルの山に埋もれる日々を過ごすのであった。
その時点から数えて三日後。
未読のファイルは減ってきたが、手がかりは未だに無い。
それはそうだ。事件の記録なんて面白くもなんともない無味乾燥なものだ。
そこから手がかりを拾い上げるのにはある意味で天性の才能がいる。
執念とでも表現すべき才能が。
彼らの執念では、未だに真実に牙を突き立てられさえしないのだった。
そして、記録の中には学生には見せられないようなグロの方のR指定がかかっていそうな凄惨な写真もあった。
当然そういうのは改めずに人物の部分だけ見て行くのだが。
それでもたまには目に入ってしまう。
「うえっ」
金属変化形能力をかけられて原型を失った被害者。
それに耐えられなくなった野薔薇が口を押さえる。
彼女の様子を見たコーシが素早く介抱に向かい、背をさする。
そして言った。
「私。野薔薇さんと休んでくる。お前は」
「俺はもう少し、切りがいいとこまで。……10分経っても降りてこなかったら迎えに来てくれ。埋もれてるかもしれねぇから」
ははは。
それは冗談に聞こえないな。
乾いた笑いを向けた桐野は微動だにしない。
これは本気で言っているようだ。
コーシは言う。
「行ってくるけど、ホントに埋もれんなよ」
助けるの大変だしな。
桐野は動かない。
それを返事と受け取ったコーシは野薔薇を連れて下の階へと向かった。
***
それから10分経った。
彼女を居間に置いて介抱していたコーシは桐野が戻ってこないことに気づく。
「ごめん。ちょっと様子見てくるね」
そう言って桐野の兄、アキの部屋に戻る。
本当に埋もれているのだろうか?
いやまさかな。
恐る恐る階段を上がって部屋に戻ると。
そこには出て行った時と同じ格好でファイルを開く桐野がいた。
唯一の違いは先ほどとはファイルが変わっていること。
なんだ。
思ったより早く終わったから次のファイルを見てただけか。
そのまま桐野に声をかけ。
一旦休憩しよう。
そう言ってブレークタイムに入ろうとしたのだったが。
なんとなくそんな気分にならなかったコーシは、棚から適当にファイルを取る。
そして桐野のそばに座って中身を改め始めた。
「……どういう風の吹き回しだ」
側に座られた桐野はなぜか照れている。
コーシは言った。
「んー。まあお前頑張ってるから。応援したくなった感じ」
思い詰めてた様子だけど元気出たか?
そう言ってわざと身を寄せてみる。
相手は驚いて立ち上がろうとした。
その体を押さえる。
「お前。心配なんだろ兄貴のこと。だから無理してるんだろ」
前に私の家に毎日のように来てたみたいにさ。
心配で居ても立っても居られなかったんだっけ?
「からかうつもりならやめろ」
「そうじゃないって」
お前らって兄弟そろって似てるよな。
誰かのためなら自分の身を顧みないとこ。
そこまで行ったコーシに桐野は言う。
「だから何だ。お前には関係」
「あるよ」
ある。
そう言い切ったコーシの目を桐野が至近距離で見つめる。
息も詰まるような距離感の中。
コーシは言った。
「お前のことなんだから関係あるに決まってるだろ」
「だって」
桐野は真っ赤になっていた。
さてこれをどうしてやろうか。
素直に言ってやってもいいかな? と少しだけ思ったが
この世の中だ。
返事はお預けすることにする。
「お前とは友達だからな」
嘘ではない。
けど。
まだ言ってやらない。
本当の気持ちは。
そして、それを聞かされた桐野は顔を押さえて天を仰いだ。
「……俺の期待を返せ」
「ははは。平和になったら考えてやるよ!」
じゃあ根詰めないで戻って休憩にするか。
そう言って桐野と共に立ち上がったコーシ。
彼はファイルを棚に戻そうとした。
そのため手に持っていたファイルをまず閉じようとしたのだったが。
その時。
ピタリと動きが止まる。
「どうした?」
桐野の声にも反応しない。
コーシは言った。
「なあ。ローレルの質問の答え。もう一つは覚えてるか?」
要領を得ない言葉に、とりあえずファイルの中身を覗き込もうとコーシの後ろに回った桐野は事態を把握する。
「万能具現化能力消失事件についての記録……だと!?」
コーシは恐る恐るそのファイルを再び大きく開く。
そして、その事件の関係者をまとめた人物ファイルには。
今よりも随分と若いローレルの顔までもが記録されていたのであった。
ご丁寧に情報記録媒体までついている。
二人はファイルごと持って居間に戻ると、野薔薇に満足な説明も無しに情報記録媒体を再生したのだった。