12話
さて、何とか無事に素材を揃え、桐野の家に帰ってくる。
その日、台所に立ったのは桐野とコーシだった。
手伝いを申し出ようとする野薔薇にコーシは言う。
「野薔薇さんはお客なんだから休んでてよ」
「でも市松くん。……市松ちゃんかな? 君もお客なんじゃ」
「あー気にしないで! こいつの家とはよく行き来してるから実家のようなもんなんで! だから座ってて! ほら野薔薇さん最近大変なことに巻き込まれたし、休むべきだって」
あと苗字じゃなくて名前で呼んでくれると嬉しいかな。
コーシでいいよ。
その言葉に野薔薇は気遣われている。と認識したのか大人しく座る。
彼女は言った。
「なら私の事もサヤって呼んでくれてもいいよ。何かあったら呼んでね。包丁は久々に持つから自信ないけど、それ以外なら何か出来るかもだから」
うん。
分かったから座ってて。大人しくしてて。
コーシは心の中でそう言いつつも、あいまいな笑顔を返し、台所に向かったのだった。
台所に向かうと桐野が1人で作業を始めている。
彼は包丁を慣れた手つきで動かしていた。
炊飯器を見るとご飯もすでに炊かれている。
彼は振り向いて言った。
「おー早かったな。むしろお前らは座ってていいんだぞ」
カレーぐらいなら俺一人でも何とでもなるし。
いつもやってるからな。兄貴は帰りが不規則だから俺がやることが多いんでね。
そう言ってくれた桐野の手際を見て、安心したように言った。
「実家のような安心感ってこういうこと言うんだな」
それを聞いた桐野はなぜか照れている。
彼は言った。
「……それは俺を意識してくれて言ってるのかどうか聞いてもいいか?」
「無意識です。フラグとかはまだ勘弁かな」
「だろうな。まあ嫌われてないなら良しとするかね」
俺が野菜を先に切っちまうからお前は鍋に放り込んでくれ。
そう言われたが、桐野の指示を聞かず別のまな板を出してくる。
その上に玉ねぎを乗せながら言った。
「玉ねぎ刻むのだけ私がやっておく。これだけはめちゃくちゃ得意だから」
そう言うが早いか。
取り出したカッターナイフを包丁に変形させ、素早く振り切る。
桐野が瞬きをした次の瞬間。
玉ねぎだった塊はまさしく彼の名前の通りの格子状に切られ。
サイコロのような小さな塊がいくつも出現したのだった。
それを見た桐野が言う。
「お前居たらミキサー要らずだな」
「確かにもう少し頑張ればミキサーかけたレベルにも刻めるけど。もう一回やる?」
ナイフを構えた友人を桐野は手で制する。
「いやいい。じゃあ人参だけ同じように切ってくれよ。じゃがいもと肉は俺がやるから」
桐野の指示通り人参もサイコロ状に刻んでゆく。
それが終わったころ、桐野の方も素材を刻み終わった様子で、まとめて鍋に入れる。
そして食材を煮込む前に炒め始めた。
煮込む前に炒めることで香ばしさが出るのだ。
手つきに不安がない。
いつも料理しているというのは本当のようだ。
カレーの方は桐野に任せることにして、コーシは再び包丁を手に取る。
そして桐野に向けて言った。
「冷奴とトマトの輪切りと焼きちくわを別に用意するから、カレーはそっちに頼んだ」
「了解。お前の手料理楽しみにしてるぜ」
軽口を叩いてくる友を無視してコーシは料理を続けた。
料理というには簡単かもしれないが。
毎日することに肩肘張っていても疲れるだけだ。
これぐらいでちょうどいいだろう。
こうして紆余曲折の上。
カレーの他になぜか輪切りトマトと冷奴と焼きちくわが並ぶ食卓が完成する。
それを見て野薔薇こと彼女はこう言ったのだった。
「絶対カレーに入れた方がおいしいのに」
用意してもらった上に文句まで付けてくるとはなかなかの箱入り娘ぶりである。
冷奴並みに冷え込んだ場の空気を納めるべくコーシが言った。
「いつもは入ってるのかな? ごめんね。私たちが慣れてないから合わせてもらっちゃってさ」
「入れたことは無いけど、いつもお母さんたちは喜んでくれるんだけどな」
メシマズではないが独創性が群を抜くタイプのアレンジャー。
こういうタイプは料理させたらダメだ。
させるとしても一人で食べる場合でだけやってくれ。
コーシは彼女に持っていた完璧な大和撫子というレッテルを剥がし、※ただし料理関係は除く。
とだけ注訳をつけるのだった。
野薔薇は不満そうだったが。
いつまでも構っていられないので食事にすることにした。
「さあ、冷めないうちに食べよう。次からはもう少し野薔薇さんの注文聞くから」
出来る限りでね。
心の中でだけそう呟く。
野薔薇は少しだけ機嫌を直したのかカレーを口に運ぶのであった。
「おいしい。コーシはきっといいパートナーになると思うよ」
野薔薇の誉め言葉にコーシは舞い上がる。
だが続く言葉でどん底に落とされた。
「普通過ぎるけど悪くはないから」
一緒に過ごすことになったらどれほど大変な目に合うのか容易に想像できる一言である。
助けを求めるように視線を桐野に向けると
「だから言ったろう」
とでも言いたげな目をして沈黙を守っていた。
もっと早く知りたかったな。
と思いつつ、シンプルな輪切りトマトと冷奴は内臓に浸みたのだった。