11話
さて、泊まることになったコーシは一度家に帰り、着替えなどの必要なものを一通り持ってくる。
その後、桐野の兄を除く三人で夕食の買い出しに出かけることになった。
「僕は仕事あるからこれから署に戻るね。朝帰りになっちゃうかもだからご飯は用意しなくていいよ」
そう言って彼は一足先に出て行く。
コーシが戻ってきたのを律儀に見届けてから出て行ったのがよくわかった。
彼の気遣いを感じたコーシは言う。
「いいお兄ちゃんだね」
私も兄弟が欲しかったな。
だがそれは弟の晋作にとっては当たり前のことだったようでこんな返答が帰って来た。
「いいことばかりじゃねぇぞ。あいつ客がいるときはカマトトぶってやがるし」
晋作はそう言ってから
その話題はもうたくさんだとでも言いたげに、一足先に外に出るのだった。
さて、このまま買い出しの場面まで時間を進めてもいいのだが。
その前に一つ解説しようと思う。
コーシが家に帰った時の描写に疑問点などは浮かばなかっただろうか?
特に親について。
友達の家に泊まるのなら連絡などしないのだろうかと。
またコーシだけでなく桐野兄弟の親などは同居していないのかなども疑問に思わなかっただろうか。
この点について解説しよう。
結論から言えば彼らは子供だけで家に暮らしており、親も放任主義だ。
主人公のコーシは単身用マンション。
桐野兄弟は古民家を買い取り、リフォームして住んでいる。
というよりも、むしろこの世界では野薔薇のように親と同居。実家暮らししているドリーマーの方が少数派だった。
理由はいくつかあるが、最も大きいのは、能力開発費支給制度によるものだろう。
私立夢見学園に通うドリーマー達は学費が全額免除されるばかりか、学園から毎月生活費の支給があるのだ。
支給と言ってもたかが知れていると思うなかれ。
その支給額は持っている能力とそのランクによって変わるため人によってまちまちではあるが、最もランクの低いものであっても家賃は余裕で賄える額だ。そして最大額ともなると、大抵の無能力者の職業の金額をはるかに超えてしまう。
いや。超えるどころか倍では効かない。三倍、四倍程度と言っても過言ではないかもしれない。
それだけの額が簡単な作業で支給されるほど、ドリーマーの地位は特別であり恵まれていたのだ。
ちなみに先に上げた三人を例に出すと。
主人公が最も低額の支給であり、桐野が同系統の能力の上位に当たるためちょうど二倍。
野薔薇に至ってはほぼ満額支給だ。
ちなみに学園に通学するもののみに適用されるため桐野の兄には適用されないが。
彼も能力者であるため無能力者とは比べるべくもないほど珍重され、給料にも反映されているとだけ述べておこう。
さて、解説が終わったところで買い出しの話に戻そう。
実はこれはこれでひと悶着あったのだった。
そのひと悶着が分かりやすいやり取りの部分にまで話を進める。
スーパーにやって来た一同。
出入り口付近には色とりどりの野菜や果物が並んでいる。
そこで開口一番、野薔薇がこんなことを言いだしたのだ。
「ホントに野菜がいっぱいある。みんなは野菜を買ってくるって聞いてたけど本当だったんだ」
この一言だけで読者様は正直不安で一杯だろうが。
それでも話は続けなければいけない。
野薔薇の言葉を聞いたコーシは驚いて言った。
「野薔薇さん? 冗談ですよね?」
それに対し晋作は言う。
「……多分冗談じゃねぇぞこいつ。それどころかこいつは料理が……」
晋作が途中まで言った言葉を遮るように、野薔薇が言った。
「さあ、遅くなるといけないし、早速買い出ししちゃいましょ! カレーとかどうかな?」
簡単に作れる上に林間学校などで選ばれる料理ナンバー1だ。
まず失敗などしない。
そう、失敗など「まず」ない料理なのだったが。
コーシは彼女と付き合いが長いという友人をちらと見る。
桐野は予想通り青い顔をしていた。
……どうするか。
コーシは言った。
「……じゃあ一旦私と一緒に選ぼうか」
野薔薇にはそう言って、桐野には肉やルーなどアレンジすると最悪命に係わってくる食材を任せる。
買い物かごに入れた後に合流して会計する算段だ。
コーシが提案をすると、桐野は二つ返事で承諾し、駆け出すように急いで買い出しに向かったのだった。
さて、そのまましばらく野薔薇と店の中を歩く。
すると桐野があれだけ彼女の料理を恐れた理由がすぐに分かった。
コーシは彼女の様子を伺うようにしながら聞く。
「……あのさ。今日作るのってカレーでいいんだよね?」
「うん。久々に作るから楽しみ。私普段は料理しないんだよね。サラダの素材を用意する意外は」
私の植物具現化能力って花限定なんだけど、応用出来たらお野菜も作れるかなと思って練習してるの。
そう楽しそうに言った彼女は肝心なことを思い出した様子で言った。
「……いや違うね。前はしてた。だね……ごめん」
あの学園襲撃事件以来、彼女の能力は失われたままだ。
だからこの反応自体は当然でありそのまま二人とも落ち込むべきだったのだろうが。
……それはそれ。
これはこれだ。
目下の問題はこのままではカレーが完成しないことにある。
それを指摘するためにコーシは心を鬼にして話題を元に戻しにゆく。
「それは不幸な事故だったと思うし、私としても野薔薇さんの力を盗られたのはとても残念なんだけど……その話は一旦置いとこうか」
コーシは言った。
「いまかごに入ってるのが、ちくわ、豆腐、トマトである理由。説明してくれる?」
言ってしまった。
ずばり言ってしまった。
憧れていた野薔薇さんにこんな面があったとは。
勘違いならそれでもいい。野薔薇さんに平手打ちぐらいなら貰う覚悟はすでにある。
そうまでしてでも、ここで軌道修正しないと、後々一緒に居る人間が困るだけだ。
コーシの覚悟など全く知らない様子の彼女はあっけらかんと言った。
「カレーに入れたらおいしそうだなと思って」
そうか。
そう来たか。
コーシは頭を抱える。
豆腐は冷ややっこにするか味噌汁でも作るのかな? トマトは切って出すだけでも食べれるからいいよね。
ちくわはよくわからないけど、アレンジにでも使うのかな?
ってさっきまで思い込もうとしてた自分を殴りたい。
コーシは言った。
「アレンジ入れたいのは分かったけど。カレーの基本的な材料をまず買おうよ」
そう言われた野薔薇は戸惑っている様子だった。
彼女は言う。
「そういうのはいつも他の人が揃えてくれてたから、ちょっとわからないかな」
お母さんとか、お手伝いさんとか。
そう言った彼女に対しコーシは頭を抱える。
あー。
創作とかに居るお嬢様系だ。
育ちが良すぎて庶民の気持ちがガチで分からない系だ。
これは桐野が嫌がるのもよくわかる。
てか、このタイプは確かに桐野とは絶対に合わないな。
コーシは注意するのも面倒だったのか言った。
「ジャガイモと人参と玉ねぎを買いましょうか。いや、最近はカレーの元としてひとまとめになってることもあるからそれを買うのもいいね。とりあえず私が選ぶから」
一緒に行きましょう。
野薔薇は不満そうだったが、カレーの材料として買った食材を棚に戻さない。と約束すると機嫌を直してついて来てくれたのだった。