9話
さて夢見学園襲撃事件とドリームキャッチャー無差別3Dデータ放出事件から三か月が経過した。
そう。たった三か月である。
その間に世界は大きく様変わりしてしまった。
秩序から無秩序に
まさしく核戦争後の世紀末の様相だった。
その余波で学校はしばらく前から休校になっている。
登校中に生徒が襲われて無能力者となる大事件が相次いだためだった。
事件後の最初の一か月はまだ平穏だった。少なくとも表面上は。
ドリームキャッチャーの3Dデータは抗議が殺到したからかあっという間に削除され。
ネット上のそこかしこにあった犯行声明文の書き込みはサービス運営者によって嘘のように消された。
それで終わりだと皆が思っていた。
いや思い込もうとしていたのだ。
しかし、事件からちょうど一か月後。
また事態が動いた。
ドリームキャッチャーが無差別に放置される事件が多発したのだ。
本当に場所を選ばない。
公園。学校。コンビニのイートイン。市民プールのロッカー。電車の網棚。
場所は完全にランダム。
都心は当然のこと、地方の誰も来ないようなさびれた神社などの場所に放置されて居るのも見つかる始末だ。
「才能の民主化」
そのスローガンを体現するかのように
ありとあらゆる公共の場所にドリームキャッチャーが置かれた。
そして同時に、ドリームキャッチャーの3Dデータが入った記録媒体も街中にばらまかれたのだった。
当然のことながら、それらは「発見者が素直に届け出たもののみ」報告された。
見つからなかったもの。面倒だと無視されたもの。そしてこっそりと持ち去られたもの。
それらの暗数がどれほどだったのかは想像に任せるしかない。
ただし、相当な数がばらまかれ、それ以上の不安が社会に蔓延したことは想像に難くないだろう。
そこから何が起こったかは説明の必要も無いかもしれない。
それでもあえて言うなれば
神のごとく崇められ、いわば特権階級であったはずのドリーマー達は、瞬く間にして狩りの獲物へと成り下がったのだった。
「おい、コーシ。居るか?」
そんな情勢の中。
外出すら危険なのにそれをものともせず友人はやってくる。
単身用のアパートの中からコーシは言った。
「いませーん」
「いるじゃねぇか。居留守使うならもっとやる気出せよ」
友人はそう言うと扉を開ける。
コーシは諦めたように彼を迎え入れるのだった。
部屋に招いて開口一番コーシは言った。
「野薔薇さん。どうだった」
「……どうもこうもねぇよ。進展なしだ」
今日も見舞いに行って来たが、
意識は戻ったが能力は戻らねぇ。
退院は出来るようだが。
それ以上に言うことはねぇな。
そう短くまとめた桐野にコーシは不満げに言った。
「許嫁に対してそれは無いんじゃないのか? もっと心配しろよ」
てかよくもそのこと黙ってたな。
私が野薔薇さんに憧れてること知ってたくせに。
その言葉にバツが悪かったのか、桐野は視線を明後日の方向に外してから言った。
「俺が誰を心配しようがしまいが勝手だろうが。それと許嫁の件はすまん。俺も驚いてて、落ち着いたら……相談ぐらいはしようかと思っててな」
「落ち着いたら? 相談?」
どういうことだ?
そう続けたコーシに、桐野はコーシが怒っているかどうか伺うように見ている。
コーシは言った。
「とりあえず今洗いざらい話せ。話はそれからだ」
「……分かったよ。お前には敵わんな」
そう言って教えてくれた詳細はまあまあ驚くようなものだった。
部外者であるコーシでさえ驚くのだから当人は寝耳に水だろう。
桐野は内容をかいつまんで話した。
「元々兄貴の許嫁だったんだよ。それが半年前に急に俺に代わってな」
何でも兄貴の移動した部署が危険すぎていつ未亡人になるかもわからないから
ってことだったらしいが。
今はもう無意味だな。
桐野は困ったように言い。伺うようにコーシを見る。
「羨ましいって言いたいところだけど、お前にとっては災難だな」
好きでもない相手と一緒になれって言われてるわけだからな。
桐野は困惑を表に出すようにまた視線を漂わせる。
言葉を選んでから言った。
「……別にアイツのことは嫌いじゃない。家同士の付き合いで小さい頃から知ってるからそういう意味で好きではある。だが……」
桐野はそこまで言って黙った。
コーシは言う。
「だが……で止めて何クールぶってんだよ! もったいぶってんじゃねーぞ!」
「ちげーよ! 言いたくねぇんだよこんな雰囲気で!」
「雰囲気とか気にしてる場合か! 明日死ぬかもしれないしドリーマーでさえなくなるかもしれないんだぞ!」
今言え。
気になって死ねないだろうが
言わないなら化けて出てやるぞ
そう言ってふざけながら両手を幽霊のようにだらりと垂らすコーシを見て
桐野は笑った。
ほほ笑むような慈しむような笑顔で。
「お前のそういうとこ。ホント救われるな。いっそ化けて出てくれても俺は良いんだが。……まあ死ぬ前に言っとくか」
これを言わないで死んだら、それこそ俺の方が浮かばれん。
桐野は姿勢を正し、正面からまっすぐにコーシを見つめていった。
「俺はお前が好きだ。だからお前と一緒になりたいと思っている。だから許嫁の件は話せなかった。一緒になって反対してくれるって確証が無かったんでな」
黙ってて悪かった。
それだけは謝らせてくれ。
……
…………
……………………
待て待て待て待て!
ちょっと現実ストップ!
主人公高速思考モード入ります!
おい作者! いくらなんでも展開が急すぎないか!
私の性別すらはっきり描写されてないのに告白されるとかどういうことだよ!
BLなのかNLなのか分らんぞ!
タグの表記とかどうすんだこれ!
え? これはコントロール外だった? キャラが勝手に動いた?
ふざけんじゃねーよ! 責任取れ!
え? シナリオ進行には特に影響ないので好きに回答してくれていい?
…………そういう丸投げって良くないと思いますよ!
はあ…………ロスタイムは終了ってことで現実に戻ります。
……………………
………………
…………
……
こうして高速での思考と神への抗議を済ませた私は現実に戻って来た。
そして自分なりの答えを出す。
「私も正直嫌いじゃない」
「そうか」
「けど付き合うとかそういうのは考えられないな。友達のままだったら全然」
「いや。別にそれでいいぞ」
無理はしなくていい。
まるでお前には恋人は荷が重い。
とでも言われたように感じたコーシは喰ってかかる。
「は?」
だいぶ面倒くさい人間になっているがここは捨て置けない。
桐野は面倒そうに言った。
「別にお前の負担になりたくて伝えたわけじゃねーんだよ。世界が元に戻ったら、落ち着いたら、その時もう一度考えればいい」
それまでお預けだ。
文句ないな?
カッコよく決めた親友に対し、なんとなく悔しかったのでコーシは言う。
「その時私が他の相手を選んでも文句は無いんだな?」
例えば野薔薇さんとか
桐野はふんっと鼻で笑っていう。
「当然だ。恨みっこなしでお前の好きにしていい。ただ……野薔薇相手は少々厳しいと思うがね」
俺はそう思うぞ。
ニヤニヤと笑っている相手に対し、悔しくてポコポコと殴り掛かる。
桐野はそれを笑って受け止めてくれたのだった。