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世界が滅んだあとの私の話

作者: 皆見アリー

これは世界が終わったあとの私の話だ。


この世界はある日突然おわった。

一人の男の手によって。

国々は争いをする間もなく消滅し、わずかに残った人間が細々と生きるだけになった。

生き残っているとはいえ、ほぼ人に会うことはない。

旅をすればなおさらだ。

小さな集落がいくつか、人は身を寄せ合いながら、最期の時を待っている。

幼い子供や赤ん坊を見る機会はほぼない。

全ての人が中年以上だが、老年を迎える前には多くがその寿命を終える、過酷な日々だ。


最後に人にあったのはいつのことだっただろうか。

私は目的の場所へと急ぐ。

世界が本当に終わる前に行かねばならぬところがある。

それが世界が終わって見つけた私の使命だからだ。


私の背後から久しく聞いていない機械音が響いた。

振り返れば、まだ動くものがあったのかと思うような小型の自動車だった。

ガソリンを持っている人がまだいたのか・・・と素直に驚いた。


運転手と助手席には壮年の男性が2人。

私の姿を見て驚きつつも、隣まで来ると自動車を止めた。

「こんなところで人と会うとは・・・」

「どこへいく?」

私は地図を見せる。

この道を行った先だ。

人の足では1-2日ほどかかるかもしれない。

地図を見せると2人は顔を見合わせる。

「本当にここに行くのか?」

私はうなずく。

「ここには特に何もないけどなぁ・・・まあ、乗れ。途中だから連れて行ってやる」

ありがたい申し出だが、見知らぬ人に戸惑う私に。

「久しぶりに人にあったから話を聞きたいだけだ」

という。

警戒したのにあきれられたのか、一人でこんなところにいたのを心配されたのか。

ありがたく車に乗せてもらうことにした。

「旅をしているのか?」

「ええ」

「一人で?」

私はうなずく。

「ほかに人には会ったのか?」

「海側にいくつかの集落がまとまっていました。そこを出てから、今まで会っていません」

「街は?」

「集落があるだけで」

「そうか・・・俺たちも時々出かけるが、人にあったのは今日がはじめてだ。海側まで行くのは遠いな・・・」

「もう、人はこのまま滅んでしまうのかねぇ・・・」

ぼやきが聞こえてきて、口を引き結ぶ。

「まあ、それが、盛者必衰の理だろうさ」

車の中に沈黙が流れる。


世界が滅ぶ前と比べたら、車の乗り心地は最悪だけど、私はそのまま目をつぶった。

しばらく男たちが一言二言交わす声を聞いていたけれど、次第に意識が遠ざかった。

途中、何回かの休憩をはさんで、目的地に着いたときには日が落ち始めてあたりは夕焼けになっていた。

「目的地はここだが…」

運転をしていた男が怪訝そうな声を出した。

それもそうだ。

その場にあるのは朽ちた杭のようなものだけだ。

「ありがとうございます…」

礼を言って、車から降りかけたところに、助手席に座っていた男が口を開いた。

「あんたさえよければ、俺たちの村に来ないか?」

「村?」

「そうだ。ここからちょっと行った先だ。ここの道をまっすぐ道なりに進んでいって、人の足で3-4時間といったところか?」

「そうだな…」

運転席の男もうなずいた。

「うちの村には若いものも多い…」

「若者?」

「つい先日だって、赤ん坊が生まれたばかりだ」

「赤ん坊…!?」

旅を始めて以降、赤ん坊が生まれた話を聞いたこともなかったのに。

「10歳以下の子どもたちだって30人はいるか…」

「そんなに?」

「だから、俺たちは世界を滅ぼしたくない。子どもたちが大きくなるころまでに村を大きくしていきたい…」

「だから、あんたみたいな若い人に来てほしい」

真剣な目に見つめられたら、心を決めるしかなかった。

これは、私がやらないといけないこと。

世界が滅ぶ前に、やらないといけないことだと。

「やるべきことが終わったら…伺います。道なりに行けばいいんですよね?」

「ああ、待っていてもいいが…」

「少し、時間がかかるので…終わったら、自らの足で向かいます」

彼らは怪訝そうに顔を見合わせた。

それもそうだろう。

こんな何もないところで、一体なににそんなに時間がかかるのか、と。

「まあ、訳ありなんだろ」

「そうだな。待ってるから、ちゃんと来いよ」

「はい、ありがとうございます…」

私がそう言うと、車は再びエンジンをかけて、ハンドルを切り、そのまま去っていった。

車の音が聞こえなくなるまで見送った。


「よし」

私の声が夕焼けに吸い込まれていった。

懐から方位磁石をとり、方位を計る。

電子機器が使えない今、こういった昔ながらのもの以外役に立たなかった。

方位を見て、杭に近づき、杭の周囲をぐるっと回った。

ある一点を踏み越えたとき、急に景色が変わった。

そこにあるのは、石と金属でできた中世の外国を思わせる大仰な門だった。

1つ大きく深呼吸をして、門に触れた。

ギギギ…と音が鳴り、門が開いた。

奥へと続く回廊があり、細かな鉄の鎖がカーテンのように回廊をふさいでいた。

回廊の始まりには両端にそれぞれ一人の老人がいた。

そっくりな容貌の老人に思わず息をのんだ。

「この道を行くのか?」

「行くだけだぞ」

「行く」

「行しかない」

「帰りはない」

「かまわない」

「では、進め…」

「できるのは進むだけだ」

「わかった」

私の言葉を聞いて、老人たちはそれぞれ傍らのロープをくるくると引っ張った。

細かい鉄のカーテンが開くと、その先の回廊が見えた。

何も見えない、真っ暗な回廊が。

ごくりと喉を鳴らして、足を一歩踏み出した。

背中に大きな圧迫感を感じたら、そこには壁があった。

細かい鎖のカーテンはなく、ふさがれたその場にたたずむわけにもいかず、進むしかなかった。

ゆっくり、一歩ずつ進んだ。

圧迫するような暗闇に足がもつれそうになるし、時間の感覚も奪われた。

体の疲れもわからなかった。

ただただ進んだ。

真っ暗な中を。

一歩ずつ確実に歩いていくだけだ。

暗闇の中を。

戻れないのであれば、進むだけだ。


どれだけ歩いたか、ある一歩を踏み出したら、急に開けた。

そう、急に開けたのだ。

その場の明るさは、世界が終わる前の都会と同じようだ。

本当の夜を知らない明るさ。

月や星の明るさに気づかない光

そして、行きかう人々は多くないが、若者もいた。


久しく呼ばれたことのない名前を呼ばれて振り返ると、そこにいたのは、知り合いの料理屋の女将だった。

世界が終わる前、時々食べにいったお店の女将だ。

明るくて元気な女将は、少し年を取ったけど、変わらず明るかった。

「女将さん!こちらにいたんですか!?」

「ええ。少し前にこの隠れ里に落ち着いたの」

「良かった…」

「お店もようやく再開したの。良かったら寄っていって」

女将に誘われるように、裏通りに入っていった。

元のお店と同じような店構えのお店に連れていかれた。

カウンターに座れば、女将さんは温かいおしぼりとよく冷えた水を出してくれた。

お店でよく出ていたレモン水だ。

「いつものでいいかしら?」

「もちろんです」

柔らかな笑みを浮かべて、女将さんはカタンと音を立てて扉をあけ、その中から私がいつも注文をしていた料理をだしてきた。

一品、二品と出してきてくれて、唖然とした私に「ふふふ」と笑った。

「召し上がれ」

そう言われて食べたのは懐かしの味だった。

「板さんは?」

このお店は女将と板前さんが2人でやっていた店だ。

懐かしの板さんの料理の味がした。

「板さんは、別の隠れ里にいるの。ここは空間でつながっているから」

「良かった…よかった…板さんも元気なんだね」

「ええ。それに、板さんの隠れ家にはよく知っている人たちもいるのよ」

そう言われたのは、かつての飲み仲間だった。

世界が終わるその前日まで、一緒に過ごした仲間だった。

「彼らは生きて隠れ里にいるんだね」

「ええ。わたしも最近知ったの…」

「ありがとう…女将さん…ありがとう…板さん」

私は涙をこらえながら、久しぶりの板さんの料理を食べた。

温かくておいしい料理に涙がこぼれた。

久しぶりにお腹がいっぱいになって、席を立った。

「お金はいいわよ」

「でも」

「やることをやってきなさい。隠れ里はなにがあっても滅びないから」

「うん…」

「勇敢なのはいいけど無茶はダメよ」

「無茶なんかしない。勇敢なんかじゃない。いまでも怖い」

そう言えば、女将さんに手をぎゅっと握られた。

血の気が引いて冷たいせいか、温かい手だった。

「あなたにしかできないことをしに行くんだから、勇気があるってことよ」

「元凶も自分だけどね」

女将さんと目を合わせて笑った。

これで女将さんと会うのは最後になるだろう。

女将さんは髪に飾ってあった飾りを一個引き抜いた。

花をかたどった赤い布の飾りで、それを私の服の襟のボタンホールに刺してくれた。

「これで会うのは最後かもしれないけど、私たちがいたこと、貴方に勇気があることを忘れないで」

「うん…必ず…ほんとうにありがとう」

そう言って私は店から出た。

私を見送った女将さんがぽつりとつぶやいた言葉は聞き取れず、振り返った瞬間、店は消え、町の明かりも消えた。


真っ暗闇だが、不思議とそこに何があるかは見えていた。

導かれるように歩いていけば、一本の街灯がその足元を照らしていた。

街灯に近づいていけば、そこにいたのは真っ黒なローブで姿を覆った子どもだった。

子どもは私の顔を見て、クスクスと笑った。

「君は欲張りだね。滅んだ世界で何がまだ欲しいの?」

挑発するような声が頭の中に響いた。

「言ったはずだよ。取り消しはできない、と」

「わかっている」

「隠れ里にまで追いかけてきて、何をしたいの?やり直しはきかないよ。でも、君の望み通り、世界は滅んだ。あの醜悪な世界は滅んだ」

「世界は滅べばいいと思った」

「うん、君の望み通りだ」

「ちょっとでよかった。既存の価値観やシステムを破壊するだけで。それなのに、丸ごと壊す必要はなかった」

子どもはきょとんとして私を見た。

「変なことを言ってる」

「変なこと?」

「君は世界を滅ぼしたかった」

「違う!」

「違わないよ。君は自分勝手な人間だ。現実に挑むこともせず、現状を変えるためにあがかず、勇気もない人間だ」

「それは認める。でも、世界を滅ぼしたかったわけじゃない」

言い訳かもしれない。

だけど、自分は卑怯で愚かでズルくて、不満たらたらの人間だけど。

それでも、世界が滅べばいいなんて、口先だけだった。

「そのくせ、君の大切な人たちだけは隠れ里に逃がした。君が好きな世界は滅んでないよ。彼らは隠れ里に囚われて、逃げられないけどね!」

クスクス笑う子どもに腹が立った。

図星だった。

「今まで逃げてばかりだったけど、もう逃げない」

「へえ、ようやく勇気を出したんだね。僕にはお見通しだよ」

子どもは目を丸くした。

意地悪そうにニヤッと笑い、私との声が揃った。

「だって、お前は私だから」

「君は僕で、僕は君だから」

私と子どもはそのまま静かに対峙した。

こどもはへらへらと笑っているけど、私が表情を引き締めたのを見て子どもは笑うのをやめた。

私が一歩近寄れば、子どもは一歩後ろに足を引いた。

子どもをガシッと捕まえてしまえば、大人の私の方に分があった。

どんなに暴れられても私が子どもをがっちり抱き止めておけばいいのだから。

「もう離さない」

がっちりつかんで暴れる子どもに殴られるままになってしまった。

「ごめんね、もう一人にしない」

この子どもは何もしない自分を正当化するために捨てた心の一部。

世界が滅べばいいと思って、自暴自棄になっていた。

気づけば、滅んだ世界に一人転がっていた自分を見下ろしていたもう一人の自分。

「君のために世界を滅ぼしたよ」

そう言って笑っていた。

自分と向き合う勇気もなかったのに、ようやく向き合おうと決めたのは世界が終わってからだった。

わずかばかりの物資を奪い合い、本当の終わりへとゆっくり進む世界が怖くなって、どうにかしようとおもった。

何ができるかわからないけど、私ができるのは、もう一人の自分と対峙することだけだった。

「お前とも一緒に新しく世界を作るから」


ぐにゃりと視界がひしゃげたのは、腕の中の子どもが暴れるのをやめて、ぎゅっと自分に抱き着いてきたときだった。

ぐるぐると渦にのまれるように視界も自分の体も腕の中の子どももひしゃげていった。

ひしゃげて、自分と子どもが一つになるのがわかった。


気づいたときには朝だった。

朽ちた杭の側にいた綿h市を揺り動かしたのは、一人の小さな子どもだった。

あの子じゃない、別の子で、私が目を覚ましたとわかると、パッと顔をあげて走っていった。

「父ちゃん!!」

ゆっくり顔をあげるとそこにいたのは、車の運転手だった。

車の運転手は飛びついてきた子どもを抱きかかえ、近づいてきた。

「用は済んだか?」

言われてぽかんとしたが、私の体に欠けていたものが戻ってきている感覚があった。

「はい」

運転手に手を取って起こしてもらった。

「あんたに会ったって言ったら、村中で『迎えに行け』って言われちゃってさ。うちのせがれも会いたいっていうもんだから、連れてきちゃったよ」

運転手は言葉を切って、私を見つめてきた。

「あんたには有難迷惑かもしれないが…」

「そんなことないです。お世話になっていいですか?」

「もちろんだ。こんな世界だ、世話になるのはこっちかもしれないが、持ちつ持たれつだ」

「はい」

そう言って車の後部座席に乗り込んだ。

運転手の子どもが助手席に乗って、後部座席を振り返った。

「赤い花、きれいね」

見ればボタンホールに女将のくれた赤い花があった。

「ありがとう」

これは、私にも大切な人たちがいたことの証。

勇気があった証

そして、世界が完全に終わる前に、新たな世界をつくるというそんな誓いがあった証だ。


おんぼろの自動車に揺られて、村へと向かった。


これは、世界が滅んだあとの私の話。

そして、世界が始まる前の私の話でもある。

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