農村からは農民が居なくなって
山村に派遣された鎌倉武士の六男は、この村を徐々に支配下に収めつつあった。
と言っても暴力で無理矢理従わせるものではない。
暴力を自分の為に使いつつ、それが周囲の役にも立つなら、彼等は自然と六郎をリーダー的存在にするのだ。
メンタルがいまだに中世的な部分、土地への執着とか集団への帰属意識の強さ、何かあれば圧を使って解決するような面が、鎌倉武士と相性が良いのもある。
しかし、巨匠の時代劇映画のか弱き農民なんかと違う強かさを持っている農民は、旦那、ご本家、名主様なんて呼びながら有力者を上に立てて、面倒事の処理を押し付けたりして生き続けて来たのだ。
ある面で、武士と村人はお互い利用し合う関係でもあった。
村に強面の武家が一家あるだけで、ならず者が寄って来ないし、合戦の時により多くを生かして帰してくれる。
村人に取って合戦は、関わりが無いものか、もしくは死体や落ち武者狩りで高価な物を奪う、更には敵地で掠奪をして一儲けする場なので、勝つ側に上手く潜り込み、弱い相手を蹂躙して、連れて行った村人に掠奪の場を与えてくれる地侍という武士なら有難いのだ。
そんなこんなで、現代の村人が六郎に従っているのも、
「おだてていれば、山の見回りとか、祭りの世話役とか、葬式があった時の手伝いとかを頼める」
という打算からであった。
そして、結構田舎の人は吞兵衛だ。
そうした人たちを六郎たち鎌倉武士は、建築基準法的には怪しい敷地面積をフル活用した屋敷に招待し、酒宴を行っている。
半分は村人にせっつかれての事だ。
太陽暦では大晦日だとしても、旧暦の鎌倉武士からしたら特に何も無い日なので(しかも太陽暦換算でも日付はズレているっぽい)、せっつかないと季節の酒宴はしてくれなかったりする。
……本当に、ある意味では良いように利用されてはいる。
だが鎌倉武士たちからしたら、利用されている以上の得がある為、この辺は鷹揚だ。
今回の酒宴の場で面白い話を聞く。
「峠向こうが空き家になっていて困る」
「誰も世話しないから、田畑が荒れているし、農薬も撒かないから害虫で出て困ってる」
「あれ、どうにか出来ませんかね」
最後は質問ではなく、依頼であろう。
そして年末年始だという意識が無い鎌倉武士は、平気でこの事について作戦会議の為に呼び出しをかける。
亀男の電話発八郎経由で俺に話が来た。
ちなみに顧問弁護士は既に休暇に入っていて連絡が一切取れない。
多分、絶対に連絡が取れないようにしているのだろう。
今頃は南国でバカンスか、それとも温泉宿でリフレッシュか。
報酬は多くても、普通に仕事していたら中々味わえないストレスを感じているだろうから。
どうせ武家屋敷は隣なんだし、そこで作戦会議となった。
まずは御成敗式目の確認。
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【御成敗式目第四十二条】
「一、百姓迯散時、稱逃毀令損亡事
右裵國住民迯脱之時 其領主等稱迯毀 抑留妻子奪取資財 所行之企甚背仁政 若被召決之處
有年貢所當之未濟者 可致其償 不然者 早可被糺返損物 但於去留者宜任民意也」
訳:百姓逃散の時、犯罪者の財産没収と称して相手に損害を与える事
百姓が逃げたら、「罪人の財産は没収だ!」と言って妻子を捕まえ、財産を奪ったりするな。
仁政に悖るだろ。
連れ戻して、年貢の未納分があれば没収して良いが、そうでなければ去るも留まるの自由にさせよ。
奪った物は返してやれよ。
【御成敗式目第四十三条】
「一、稱當知行掠給他人所領、貪取所出物事
右搆無實掠領事 式目所推難脱罪科 仍於押領物者 早可令糺返 至所領者 可被沒收也
無所領者 可被處遠流 次以當知行所領 無指次申給安堵御下文事
若以其次始致私曲歟 自今以後可被停止」
訳:当知行と称して他人の所領を奪い、産物を貪る事
他人の土地を支配しているからと言って押領したら処罰する。
所領没収または遠流に処す。
その所領を偽って自分のものだとし、安堵状とかを求める行為も禁止する。
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これにより、草の根分けても探し出し、場合によっては妻子を人質に取って責務を果たさせるというのは却下された。
また、手続きも何も無しで勝手に奪い取る事も、今のところしない事になった。
いや、当然だろ!
大体、そこはあんたらの所領じゃないだろ、とか思ったが口にはしない。
基本的にこの人たち「鎌倉は見ていない」と「式目に則る」を使い分けるから面倒臭い。
土地関係とか相続関係は、下手に式目を無視すると身内でも揉める場合があるから、これには従うようだ。
暴力禁止とか、悪口禁止とか、そういう禁止事項ではない土地や税務や相続関係の事は、多くの武家の当時の慣習を上手くまとめているから、変に破る方が後々自分の首を絞める事になると判断しているようだ。
土地に関しては式目を遵守の意識があり、他にもとりあえず日本国憲法及び現行法を一応は気にしてくれるだけマシだと言えよう。
「とりあえず地主を探し、庄司(土地運用の現場代行者)として任じさせよう。
それで上手く所領と出来たらそれで良し。
見つからぬ場合は、そのまま我等で使ってしまおう。
式目でもこちらの民法とやらでも、二十年経てば我等のものとなりましょう」
「それが良いな」
「揉めた場合は如何する?」
「弁護士殿に仲裁を頼みますが、手に負えぬ時は……」
「おお、武家のやり方でいかせて貰おう」
「よし、その旨六郎に伝えよ。
いやはや、我等の所領を少しずつでも増やしてくれる孝行息子よ。
太郎も七郎も八郎も見習うが良いぞ」
こうしてナチュラルに、奪うか経営権を手に入れるという方針で会議が終了した。
なお、鎌倉武士は土地と苗字を持っている者は人間扱いする。
DQN団地の住人のように、自分の土地も持たずに他人の住居に居候(と彼等は解釈)する者は、百姓未満の扱いで「死んでも文句は言えない」という扱いだ。
人間に対して、今後どうするかという話だから、これでも相当に「穏当なやり方」だと思う俺は、ちょっと感性がズレて来たのかなあ……。
そして会議が終わると宴会となった。
現代日本が大晦日なのは関係無い。
飲むきっかけがあったから飲むのだ。
「亮太殿……」
はいはい、酒買って来ますから!
こうして俺と鎌倉武士との付き合いはまだ続いていく。
おまけ:まだネタにしていない式目が十八ヶ条もある。
年内に全部使って終わらせる予定だったのに、長引いてしまいました。
本来は式目と同じ五十一話で終わらせようと思ってましたが、どうしてこうなった?
とりあえず、五十一箇条全部使ってから幕引きさせます。
(使い切らん内は、ダラダラとでも続けます)




