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お熊さんの里帰り

「何しに参った?

 (いとま)でも貰ったのか?」

 現在モデル事務所に所属している元下女のお熊さんが帰って来た事を、武家屋敷では不思議に思っていた。

 この人たち、テレビは全く見ない。

 だから芸名「一条ひめか」となったお熊さんが、テレビCMにも出ているくらい注目され始めた事なんか全く知らない。

 そして

「年末休暇を貰いまして」

 という回答にも

「虚けた事を申すな。

 まだ神無月(10月)ではないか」

 と太陽暦とのズレを理解出来ていない。

 現代と鎌倉時代とのズレが起こった場合、法的な事は顧問弁護士に、一般的な事は俺に質問される。

 まあいつもの如く、俺が呼び出されて説明する羽目になった。


 とりあえず使っている暦が違う事、そもそも時間と空間がねじれて繋がっている以上、こちらの日時と鎌倉時代が違う事を、意味不明ながらも「そういうものだ」と納得して貰った。

 しかし

「そのような格好の者に屋敷内を歩かれては困る」

 という事で、着替えを渡されて追い出されてしまう。

 まあ現代の文化を嫌う鎌倉武士なら仕方ない。

 お熊さんも仕事柄、本来の時代の野良着で歩き回る事は許されていないのだから。

 それにしても口紅はともかく、マニキュアとかイヤリングとかネックレスとかは目立つ。

 実際、チラチラと奥女中たちが覗きに来ているし。

 まあ奥女中だけでなく、噂を聞きつけた近所のおば様方も門の外から覗き見しているのだが。

 悪影響と思われた為、ひとまず八郎の家に入る事となった。


「しかしまあ、この時代の女子に見事に変わったものよのお」

 と八郎が感心していたが、他人の事は言えないだろ……。

 お熊さんの言葉遣いは、相当に現代人化している。

 現代人の中で一人生活しているのだから、次第にそうなっていくのは分かる。

 上手い事現代人に擬態している八郎との会話も現代語だから、屋敷内に行かずとも話がすんなりと理解可能だ。


「ところで、慈悟様は如何しておりますでしょうか?」

 かつて東京で芸能事務所に頼んでまで音楽活動をしようとした破戒僧の事を気にする、ある意味では迷惑かけられたお熊さん。

「ああ、兄上か。

 達者ではあるが……ちょっと見て来るか?」


 今は農村を支配しつつある六郎が制圧したDQN団地、ここは取り壊して新しい施設が建てられる予定である。

 迷惑な住民を追い出し、売却可能な状態となっている。

 そこに行き場が無い、鎌倉武士の五男坊の出家がまだ住んでいる。

 売却が決まるまでの期間だが、部屋を遊ばせておくのも勿体ない。

 退去時に現状復帰の必要が無いし、設備が壊れても直さないから、敷金礼金無しかつ格安で部屋を貸していた。

 その結果ここに住んでいる奴等は、モヒカンとかスキンヘッド&タトゥーとか、フェイスペインティング野郎とか、以前よりも見た目はDQNさが酷くなっていた。

 売れないミュージシャンとか、逆にヘビメタ好きの者とかで、見た目に反して普通の人格なのだが。

 そして「現状復帰の必要は無い」為、思う存分「芸術」を爆発させている。

 更に騒音とか気にする必要が無いので、集会場だった場所がライブ会場ともなっていた。

 繰り返しになるが、見た目だけなら「どこの世紀末だ?」となっている。


「えーと、慈悟僧侶は留守ですか?」

 雑色と彼が預かっている児童は部屋に居たが、本人は不在だった。

 雑色が答えるには

「へえ、慈悟様は琵琶を売りに行かれました。

 その後は辻で読経されるそうです」

 慈悟は琵琶破壊パフォーマンスをするから、それを修理している内に、安い物なら作れるようになった。

 琵琶だけでは買い手が付かないが、他に(つづみ)や笛なんかも作っていて、大手ではないが路地裏にある個人経営の楽器店が購入してくれている。

 とりあえずはそれで生活費は稼げるようになっていた。

 そして楽器を納品した後は、ストリートセッションをするらしい。


「ちゃんと生活してるんだね」

 そう感心していつも居るという場所に見に行くと、そこに確かに座って琵琶を弾いていた。

「えーと……うん、どうしちゃったのかな?」

「いや、この方が普通だと思うが」

「昔の慈悟様でいらっしゃいます」

 彼が何をしていたかというと、普通に僧衣を纏って「平家物語」をつま弾いていた。

 平家物語は後鳥羽上皇の頃には盲目の僧侶によって物語られていたそうだから、慈悟も知っていておかしくはない。

 そして、デスメタルでシャウトしている時よりも、こちらの方が聴衆が多く、鉢にお金も結構入っていた。

 手術で目が見えるようになったとはいえ、ちょっと前まで本職の琵琶法師というか僧侶であったので、琵琶の腕前も声調も語りも何か説得力が違う。

「本日はここまでに致しとう御座います」

 と一礼すると、拍手が沸き起こっていた。


 俺たちは慈悟に声をかける。

「デスメタル、止めたの?」

「いいえ。

 ですが、仲間が『うるせえんだよ、騒音をがなり立てやがって!』と言って来た人たちと喧嘩になり、しばし中断しております。

 そして、読経とかこうして平家を物語る方が……その……多くの浄財をいただけまして……」

「こっちの方が金になるのね、よく分かります!」

「兄上も世俗の事を知るようになられたか」

「慈悟様はこちらの方が合っています」

 とりあえずデスメタルは休業中なようで、真っ当な僧侶に戻っていた。


「にしても、喧嘩沙汰の際、我等を呼ばれたら良かったのに。

 何故そうせなんだ?」

 八郎の質問に対する回答は




~~~~~~~~~~

【御成敗式目第五十条】

「一、狼藉時、不知子細出向其庭輩事

  右於同意與力之科者 不及子細 至其輕重者 兼難定式條 尤可依時宜歟 爲聞實否

  不知子細 出向其庭者 不及罪科」


 訳:暴力事件があっても、参加しに行くなよ!

  軽いか重いかこの際問題じゃないからな!

  調査をしに行く場合は、まあ仕方ない。

~~~~~~~~~~




 であった。

「兄上たちや六郎に知らせて、加担しないと言えるか?」

 という慈悟の問いに八郎は

「いや、加担してこそ面白きではないか。

 この地までは鎌倉も六波羅も見てはおらぬ」

 とかぬかしてやがる。


 現代に染まって来ているお熊さんや慈悟と違い、やはりこいつの中身は年中無休、二十四時間営業の鎌倉武士だと思った。

おまけ:

その頃武家屋敷では

「お熊め、随分と垢抜けたではないか」

「あの巨体ゆえ、嫁の貰い手も無いかと思うたが、中々どうして」

「民部殿、公家の中に側室を求めておる家が無いか当たってくれぬか?

 今のお熊なれば、当家の養女としてから娶せられよう」

「では心当たりに伺いましょう」


……基本、女性の人権は無いというか、嫁がせて縁を結ぶ道具でしかない鎌倉時代であった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 後書き 家柄を選んで上の方にわたりを着けようとしているだけ大事にはしているんだよなあ 鎌倉武士的には
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