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鎌倉武士の現代日本探訪(飲食編)

 ショッピングモールのトイレから出て来ると、俺は見知らぬ男から声を掛けられた。

「色々と違うから大変ですね。

 まだ江戸時代の人間なら、通じる部分も多いのでしょうが」

 驚いてその男を見ると、彼は警察手帳を見せた。

「貴方から連絡を受けた後、密かに警護していたんです。

……市民の方を……。

 町をぶらぶらしているだけなら、付かず離れずで良かったんですけど、こういう人が多い場所に入られるとねえ。

 正体を明かして、近くで監視させて貰う事にしました」

 別に好んでショッピングモールに入った訳ではないが、実演しながら説明可能なトイレはこういう場所にしか無かったのだ。

 事情は何となく私服警官にも伝わっていたようで、「人混みの中に人殺しを連れ込むなんて」という批判はされず、同情的な事を言われた。


 そうこうしているうちに、着付けを終えて鎌倉時代の人間たちがトイレから出て来た。

「腹が減った」

 出したばかりなのに、そんな事を言ってくる。

「大丈夫なんですか?

 腹を壊したんじゃないんですか?」

 それに対する回答は

「慣れぬ菓子を食うたゆえな。

 腹が驚いてしもうたようじゃ。

 不覚であった。

 それ故、飯は食べ慣れたものが良い。

 よろしゅう頼むぞ」

 であった。

 仕方ない、和食屋にでも入ろうか。


「そこもとは衛士であろう?

 わしらを見ておった事は先刻承知じゃ。

 役目ご苦労」

 近くに居た私服警官に驚くでもなく、普通に挨拶する鎌倉武士たち。

 どうも周囲の人間を察知する能力が、平和ボケの現代日本人とは比べ物にならないくらい高いらしい。

 更に一睨みで相手を(すく)めさせる威圧感。

(これで腕とかが真っ黒になり、刀とかの攻撃を防げるとかなら、見聞、武装、覇王と3つ全部揃ってる訳だな)

 と思ったが、まあ鎌倉武士全員がそんな化け物ではないだろう。


 私服警官も含め、食事をする。

 出されて一言目が

「少ない!」

 であった。

 鎌倉時代の人間は、一日に五合程米を食べる。

 茶碗一杯の白米は余りに少ないのだ。

 だが、まあこれは織り込み済み。

「おかわり自由ですよ」

 そう言うと、表情が綻んだ。

 言ってちょっと後悔したよ。

 結局鎌倉武士二人で、店が当初用意していたおかわり用のご飯を全部食べ尽くしたのだから……。

「米が柔らかくて美味い。

 少し甘過ぎるがの。

 噛まずにすぐ飲み込める故、食が進むわい」

 鎌倉時代は通常玄米である。

 あの硬い米を一日五合食べるような顎だ。

 現代の品種改良されて水気を多く含み、食べやすい米、しかも精米済みなら際限なく食べられるようだ。


「しかし、寺でも御所でも無いのに、(ひしお)汁とは豪儀じゃの」

 醤から味噌と醤油が分化するのは室町時代以降。

 鎌倉時代は、醤は存在していた。

 それを擂り潰し、汁にするのは宋で禅を学んだ僧より伝わったものである。

 特権階級しか口に出来ない料理。

 六郎はとある高位の武家の御曹司だから、祝い事の際は口にした事がある。

 護衛の又三郎も、祝いの際は膳を用意された。

 しかし雑色の平吉は、醤を擂り潰したスリ味噌の汁の味など全く知らない。

 一応、醬は作り方さえ知っていれば誰でも作って食べられるので、汁を知らないってだけだが。

 なお醬は酒のアテとして、そのまま食べたりするようだ。


 又三郎、平吉と言えば、この店内でもひと騒動を起こしている。

 六郎は当主の息子、又三郎は武士とはいえ家人、平吉は身分卑しき雑色に過ぎない。

 席を同じにする事など出来ないのだ。

 又三郎は俺たちから離れたテーブルに移れば良かったが、平吉はそうもいかない。

 床に座り、そこで食べようとした為、

「お客様、そこは通路です。

 どうかお席にお掛け下さい!」

 と事情を知らない店員に言われるも、頑なにそれを受けず、騒動となった。

 六郎は平吉が土間で食事をするのが当たり前だと思っているし、同じ席に座らせようとは思いもしない。

 揉め事に対処するのは又三郎の役割だが、この人も

「下人が地べたで飯を食うは当たり前の事じゃ」

 と言って譲らない。

 結局

「後でどうにかするから、外で待っててくれないか?」

 と言って、折角だからと味噌汁だけ飲ませて、店の外に出した。

 可哀そうだが、本人がそれで良いと言う以上仕方がない。


 色々食べた後の感想は

「美味いが、ちと味がくどい。

 小さい器に盛らず、最初から大皿で出せば良いではないか。

 悪くは無いが、歯ごたえ無さ過ぎよう」

 であった。

 どうも油を使った料理はくどく、砂糖を使った料理は甘過ぎ、煮込んだ料理は柔らか過ぎるようだ。

 鎌倉時代に油は有ったが貴重品で、今のような料理の使われ方はしていない。

 実際中国でも、油をふんだんに使う料理は鎌倉時代に相当する宋の時代が終わり、モンゴル帝国の元の時代になり、獣脂を使うようになって以降の登場だ。

 鉄鍋に至っては明の時代を待たないとならない。

 だから、明以降の料理法、油で炒めるとか揚げるとかを取り入れた現代日本の和食は、鎌倉時代人に合ってるようで合っていないようである。

 だが兎も角、腹に大量に入れば満足であるようだった。

 見聞とか覇王とかの元ネタの海賊同様、店が米を炊き直さざるを得なくなる程に食ったのは壮観そのもの。


「次は腹ごなしがしたい」

 食ったらすぐに動く。

 運動量が多い鎌倉時代人ならではの発言か。

「どうしましょう?

 スポーツジムなんか連れて行く訳にもいかないし、

 第一会員になんかなってないし……」

 救いの手は私服警官から差し伸べられる。

「じゃあ、警察署の道場に行きませんか?

 鎌倉武士の武術を見てみたいので、是非」

 武士たちは頷いている。

 この警官は本音を俺に耳打ちしてくれた。

(街中を自由に動き回られるより、警察の目の届く場所に居てくれた方が良いですから)

おまけ:

鎌倉武士のグルメレポート。

・焼き魚:「柔らかい! 塩気が足りぬ!」←昨今は減塩指向だし、カリっとは焼かないので。

・漬物:「塩気が足りぬ!」←昨今は減塩(以下略)

・鶏肉料理:「これは美味いのお、じゃが量が足りぬ」

→結果、薄味過ぎて中々満足せず、どか食いしましたとさ。

(硬くて噛むのが疲れるくらいで、大食いを制御していたのではなかろうか)

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― 新着の感想 ―
[一言] 既に似たようなことを書いている方がいらっしゃいますが、この鎌倉武士たちなら「くろがね堅パン」でもバリバリといけるか?
[一言]  割るのにハンマーがいるかた焼せんべいvs鎌倉武士はどうだろうと思いました。
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