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お公家さんとお買い物

 鎌倉時代、公家はまだまだ力を持っている。

 なんだかんだ言って荘園の所有者は公家である。

 そして武家にとって、官位とは自家に箔をつけるものだ。

「朝廷なんざ知らん!

 官位など知った事か!

 自分たちの土地は自分たちのものだ!」

 という武士はまず存在しない。

 上手い事公家とも付き合って、富に加えて名誉も得たいところだ。

 そして、鎌倉時代を侵食しつつある「銭の病」。

 武士はこういうのが苦手だ。

 まず相場を知らないから、無知のまま京都大番役で活動すると、生活費としての銭との交換で大損をしてしまう。

 故に、下級公家とか僧侶とかをスカウトして、そういう事を担当して貰ったりする。

 公家が公認会計士、僧侶は銀行マンと考えれば良い。

 税務とか会計をしっかりするのが公家ならば、僧侶は既に銭を使って金融業をしている。

……やってる事は河内国でも摂津国でも和泉国でもない、浪速国の金融道に近いのだが。

 寺の銭とは仏の所有物であり、人界の物ではない。

 だから銭を貸すという事は、仏様の持ち物を一時的に使わせて貰っているという事だ。

 返さないのは、「仏物私物の罪」だなんだと言われ、僧兵が押し寄せて来る。

「もう少し待ってくれ?

 お前らは生まれてから何度そのセリフを吐いた?

 世間はお前らの母親ではない。

 クズの返済をいつまでも待ったりはせん」

 てな感じである。


 こいつらと武士が付き合う上では武力行使沙汰になるが、公家ならばそこまでしなくても良い。

 だからなんだかんだで公家との付き合いも続いている。


 さて、三郎が大番役で京都に行く事になったが、その土産を見繕う為に、下級公家の吉田民部を連れて俺が店を回る事になった。

 俺が居ないと

「適正な値かどうか分からぬ」

 そうだ。

 京都で銭との換算レートを知らない武士が良いように鴨られているのと同様、現代日本で適正価格を知らない公家が大金を持って買い物に来たら、良いようにぼったくられる、そう心配をしていた。

 まあその不安が全く無いとは言えないが、それでも現代日本の善良な店は、おかしな値段をつけたりしていないと思う。

 それでも彼等は全く信用していない。

 直接目利きし、直接値段交渉をする気であった。


 なお、鎌倉時代に価格というものは存在していない。

 相手との交渉で折り合うのだ。

 世間知らず相手に吹っ掛けるのは当たり前で、逆に値下げ交渉するのも当たり前。

 さっきまでの値段と、もう残り1個のみになった時の値段が違う事はザラだ。

 商品だって均一の品質ではないから、同じ物でも安く買えるものもある。

 更に言えば、対価だって価格が決まっていない。

 銭にしても、贋銭である鐚が混ざっていても「銅は銅」なので流通するのだ。

 売る方の品も不均一、買う方の銭も贋物混じりとなれば、価格なんて決まりようが無い。

 ある程度商品が均一化し、通貨の方も質が安定し、時間や相手を問わずに適正価格で販売するのは、江戸時代の越後屋を待たないとならない。

 その時代にならないと、お互い信用出来ないのだ。


「さてもさても、畜生が斯様に多く売られたるを見た事無し」

 ペットショップで吉田民部は驚いている。

「鳥が色とりどりじゃのお」

「斯様に様々な犬が居るとは知らなんだ」

「この毛の長いのは猫か?

 稀なるものをぞ見たりけり」

 なんか驚いている中、こんな事も聞いて来た。

「猿は居らぬのか?」

「居ません」

「こちらの世に猿曳(猿回し)は居らぬのか?」

 猿回しは奈良時代から存在し、猿は馬の守護神なので鎌倉時代も角付けとかで良く見るそうだ。

「猿回しは伝統芸ですからねえ。

 今は継承者不足に悩んでいますね」

「奇怪なり、あれは河原芸者の為す事なり。

 雅楽や神楽、舞楽といったものこそ伝統と呼べるものぞ」

 そんな事言われても、あんたの生きていた時代には無かった能楽とか歌舞伎とかが伝統芸能って言われるようになっているんだし。

 第一、猿回しとペットの猿とは話が別だ。

……ペットの猿は、アフリカからヤバいウィルス持って来かねないし、飼ってる人が飽きて手放したりしたらマズい訳だし。


「彩りの良きオウムなる鳥は一条家に献じましょうぞ。

 一条家を通じ、摂家に献じて貰えば良し。

 さて、他には何が良きか?

 犬か猫が良き哉?」

 そして動物を飼っていない俺は、ペットを買う時の面倒臭さを知る。

 まず登録が必要だ。

 これは住所が日本国内であって現代日本ではない鎌倉武士の屋敷では使えない。

 登録が終わったならば、鑑札を交付して貰う。

 そして予防接種を受けて、その証明書も取得する。

 転出する場合も届け出が必要だ。

 この場合、京の都の公家に贈るのだから、最初から転出前提なのだが、公家の家を勝手に登録するのも……。

 確かに一条室町の邸は、現在でも京都市上京区室町通一条で通じるけど、それだけに今の住人に迷惑が掛かってしまう。

 室町通一条ルか下ルかは知らないが、その一帯にあるのは上京中学校とか日本語教育センターとか病院とかな訳で。


 結局、オウムとインコを買っていく事になった。

 インコって明治時代の輸入品かと思いきや

「枕草子に鸚哥(インコ)なら記されているぞ」

 なんて言って来たので、買うのを止めず、もう任せる事にした。

 俺に求められたのはこちらの時代の情報であり、鎌倉時代の事は分からない。


 そして吉田民部はまた別の珍しい物を見つける。

「この赤き、丸き魚は何ぞ?」

「あー、金魚ですねえ」

「此は面白きものぞ。

 都の人々、大いに興を催そうぞ!」

 結局金魚も結構な数を買っていった。

 帰宅してから俺は焦る。

 金魚が中国からもたらされたのは室町時代中頃らしい。

 それまでは日本に存在していなかったのだ。

(しまった、金魚なんて時代劇にも出て来るから、昔から居るものだと思っていた。

 マズいなあ……歴史を変えてしまうかも……)

 今更ながら、そんな事が気になってしまう。


 そして、それは杞憂に終わった。

 三郎の出立を前に、彼等は頭を抱えながら俺に相談して来たのだ。

「金魚なるもの、既に死にたり。

 如何すべきや?」

 そうね、酸素ポンプも浄水器も買ってないし、買っても電気が無いから使えないし、甕に入れていたようだけど、金魚がする糞で水質悪くなるのも、水温が変化するのも気にしてなかったようだしね。

 俺は購入時に「大き目の器に入れて、水はたっぷりと、あと水草も入れておいて」と注意した筈なんだけどね。

「まあ死なんだろう」

 と自分たち基準で考えていたのが間違いだよ。

 実際には活動低下状態(冬眠)に近くなっただけなので、回収してタイムパラドックスを防いでおいたけど。

 現代の生物は、君たち鎌倉武士よりよっぽどデリケートなのだよ。

おまけ:

民部「鷹は買えぬのか?」

俺「ここでは売ってませんね。

 多分、専門店を探さないと。

 それも献上品ですか?」

民部「いや、鷹狩り用に一羽欲しいと当主殿が申されておってな」

知らん!

むしろ鎌倉時代で捕まえた方が手っ取り早いぞ!

こっちの時代、数が減少しているのだから。

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― 新着の感想 ―
[一言] 派手で珍しくてこの時代でも知られていて、割とお安いって事で、これはもう孔雀だと思ってた。 全く当たらなかったので書いてみた。
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