現代だって鎌倉時代とそう変わらない場所もある
現代でも地主は存在する。
田舎にいくと、広い農地や山林の所有者はまだまだいる。
そして、その境界線は複雑だ。
土地を所有していれば税金がかかる。
その土地の中には、傾斜地や崖で上手く使えないものもある。
そういう土地は相続の時に「本家を継ぐ兄さんが持つべきだ」とされたりした。
一方で美味しい場所もある。
そういう場所は奪い合いになるが、一族で殺し合いにならないよう共同管理としたり、等分に分けたりした。
また水場なんかは揉め事になるから、徹底して共同管理、あるいは持ち回りの管理としている。
現在の日本では、そういう土地所有者も2種類に分かれた。
都会に出て、書類上所有はしているが自分では管理をしていない者。
現地に住んだままで、自分でしっかり活用している者。
後者の中には強欲な者もいる。
田畑や森林の境界は、天然石だったり、杭等の人工物を植えて目印としている。
それを分からないよう、ちょっとずつ動かしたりして、自分の土地を増やしてしまうのだ。
そして書類上は以前のままだから、横領した分の税金は払わない。
都会住みの地権者は、現地をほとんど見ないで放置しているから、税金が増えたなら兎も角、従来通りだとそのままにしておく。
田舎の者の狡さというか賢さというか、不在地主の土地と隣接していると
「使っていないようでしたら、畑使わせて下さい。
借り賃は払いますので」
と申し込み、売っても買う人が居ない土地活用が出来る地主を喜ばせる。
その時には既に誤魔化した土地を元に計算し、しかも相場の分からない地主相手に格安で借り、幾ばくかの賃料とその年の収穫を贈ったりする事で、実質的には自分の土地としてしまう。
将来不在地主が土地を手放したり、後継が無く国に接収される時も見越して、事実上の占有実績を作っていたり、という側面もある。
どこかで聞いた話ではないだろうか?
そう、鎌倉時代と大して変わらないのだ。
正確には平安時代からだろう。
国税局だって、交通の便が無い場所で広い土地の区画を一々調べには来ない。
登記簿上の所有者と土地があり、相応の税金が支払われていれば文句はないのだ。
訴えがあり、訴えられた方が否定した時に裁判に発展するだけだ。
訴えられた側が謝罪し、状態を元に戻したり、適正価格で買い取ったりすれば裁判にもならない。
公正証書の再作成がされるだけだ。
なお御成敗式目でも
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【御成敗式目第四十九条】
「一、兩方證文理非顯然時、擬遂對決事
右彼此證文理非懸隔之時者 雖不遂對決 直可有成敗歟」
訳:両方の証文の理非がはっきりしている場合は公判はしないで、さっさと判決を出す。
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と有って、鎌倉武士は無理矢理争点を作るが、書面上余りにもハッキリしている時はさっさと処理としている。
この場合、どんなにゴネても正しい状態に復帰させて終了だ。
さて、鎌倉武士が奪い取った土地の元所有者は、被害者か加害者かと言えば加害者、土地を奪い取った側である。
昔の名士で、権力も有った為に泣き寝入りされていたが、この度所有者が変わった。
地権者は鎌倉武士の子孫のユキというお嬢さん(婉曲表現)で、そこに住んでいるのは亀男という都会から移り住んで来た人だ。
……現在日本に戸籍が無い、寺社の過去帳に名前があるような武士が、現代日本では住所を得る事は出来ないので、こういう事をしている。
名義は他人にしておくのは、鎌倉武士も慣れっこである。
そんな事は知らない人たちが、今更問題にして来たのだ。
不在地主のユキさんも、現住所の名義人亀男も、内容証明郵便にビビってしまった。
なんせ慣れていない田舎の土地の問題である。
突然こんなものを受け取ったら混乱するだろう。
彼女、彼はある意味正しい選択をする。
鎌倉武士に丸投げしたのだ!
彼等は現代の民法は知らない。
しかし現代の民法に通じるこの条文を知っている。
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【御成敗式目第八条】
「一、雖帶御下文不令知行、經年序所領事
右當知行之後過廿箇年者 任右大將家之例 不論理非 不能改替
而申知行之由 掠給御下文之輩 雖帶彼状不及敍用」
訳:二十年間実効支配した土地は、元の領主に返す必要はない。
実際に支配していないのに、支配してたと騙している場合は、その限りではない。
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この条文を繰り返し説明するが、全国展開している武士団の場合、管理が行き届かない所領も持っていたりするから、こうして土地を奪う、もしくは奪われないよう気を張っている。
更に式目にはこういう条文もある。
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【御成敗式目第三十六条】
「一、改舊境、致相論事
右或越往昔之堺 搆新儀案妨之 或掠近年之例 捧古文書論之 雖不預裁許無指損之故
猛惡之輩動企謀訴 成敗之處非無其煩 自今以後遣實檢使糺明本跡 爲非據之訴訟者
相計越境成論之分限 割分訴人領地内 可被付論人之方也」
訳:旧き境界を改め、相論をする事について
自分に有利な境界線を古き文書を持ち出して裁判しようとする奴がいる。
敗訴したって自分の土地が減らないと思って、ダメもとで訴訟を起こす。
裁判所としては非情に面倒臭い!
現場に担当者を派遣して実況見分を行う。
その結果訴えを起こした側に不正があったら、奪おうとした分の土地を相手に与えるからな!
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「どうせ訴えに応じたなら儲け物とやって来たのであろう。
こちらに分が有る故、構う必要無し。
合戦に訴えるなら迎え撃つまで」
武士たちはこのように言って要求を拒絶。
一応、この処置で正しいかどうかを、本拠地である武家屋敷に使者を送って、家政担当の吉田民部に問い合わせる。
(普通、対処する前に相談しないか?)
俺と、やはり呼び出された顧問弁護士はそう思った。
そして顧問弁護士にしたら複雑な気分なようだが
「対応は正しいんですよね。
時効取得ですし、訴えを取り合わなければ相手には手が出せない。
これで迂闊に応じてしまうと、かえって拗れたでしょう。
まあ、弁護士としては逆に相手に対し、時効取得が成立しているから登記を改めましょうって言って来ますよ」
と言っていた。
「何でしょう?
土地問題に関しては、武士の言い分が合ってる事が多々あるんですよね。
近代法なんか知らないのに。
土地問題っていうのが、千年前から重大な事案で、そこから日本は進歩していないのかもしれません。
もしくは、御成敗式目っていうのがそれだけ優れた法だったのか」
褒められていますよ、北条泰時さん!
相続とか占有とか、そういうのに精神を削られ続けた甲斐がありましたね。
俺は歴史上の人物に対し、実感を持ってそう賞賛を送ったのだった。
おまけ:これまた作者の実家の、実際の経験を元に書きました。
境界寄せってのが実際にありまして、双方で親戚を集めて殺気立った中で談判し、どうにかしたという話を祖父から聞いた事がありました。
大正ではなく昭和、戦後の話です。
ずっと思ってましたよ
「この辺、メンタル的にはまだ中世なんじゃないか」と。




