鎌倉時代と現代では自然に対する認識が違うのだ
「ちょっと熊狩りが問題となっていまして……」
いつもの如く、隣の武家屋敷に出仕していた俺に顧問弁護士が話し掛ける。
害獣駆除を頼まれていた猟友会から話が漏れたようだ。
こちらもメンツを潰されて、武士に対して不満を持った者が居たようだ。
まず狩猟免許が無いのに勝手に狩猟を行った。
次に禁止されている弓矢を使った事が問題とされた。
更に山への入会権がどうとか、色々言っているようだ。
「入会権は山林資源とか山菜とかの話だから、今回は無関係だと思うんですが……」
それでも六郎が勝手な役職「守護」として赴任した地は、特例である「日本国憲法適用外」では無かった。
市町村が違う場所であり、あちらの自治体からしたら、鎌倉武士が住んでいるとか知った事ではない。
そんな場所で、現代の猟師の中でも気が荒い者と鎌倉武士が喧嘩となり、双方負傷して入院となった。
猟師とか漁師とかは結構気が荒く、鎌倉武士と似たり寄ったりである。
そうでない人の方が最近は多いけど、中には昔ながらの人もいて。
単純戦闘力では武士の郎党が強いのだが、猟師の方も発砲するという法律違反を犯した為、武士側にも重傷者が出ている。
DQN団地の時といい、鎌倉武士とて銃には負ける。
……当たり前の話だけどね。
あの人たち見てると、ちょっとやそっとでは死なないように見えるのだが。
そんなこんなで、顧問弁護士はあちらに行って事件への対処をする事になっているとの事。
大変だなあ……と他人事のように思っていたが、俺って前世で何の悪い事したのだろう、俺もまた揉め事に巻き込まれる事になるのだった。
性懲りもなく、また動物愛護団体とかがやって来た。
いや、自然保護団体だったかな。
鎌倉武士への面会を申し込んで来たのだ。
……例によって直接押しかけたら、薙刀を突き付けられて追い返されたので、隣の俺の所にね。
断っていたが、だったらここから動かないとか言い出す。
どうしてこいつらは自然への気遣いはする癖に、人間へは無遠慮なんだろう?
俺以外に取り次いでくれていた譲念和尚は
「大分寺の方を留守にしていたから、暫く帰る。
寺男は居るが、余り留守が長いと盗賊に荒されかねん」
と言って、鎌倉時代に戻っていた。
なお、目を離し過ぎると寺男自体が盗賊と化して、仏像とか貴重品を持って逐電する可能性があるという、何とも末法の世らしい事情を話していた。
そんな中、雑色の平吉が俺を呼びに来た。
例によってチャイムを鳴らす事なく大声で。
「主様が馳走をしたいゆえ、おいで下さるよう申されました」
まあこれもいつもの事で、答えは聞いていない。
行かねばならない。
「だったら我々も」
と団体がごねるので、平吉に頼んで繋いで貰った。
(叩き出すにしても、一回話だけは聞いてからにして欲しい)
と言った俺は、別に鎌倉時代に汚染されたからではなく、本気でこいつらが鬱陶しく感じていた。
事情を飲み込んでくれたのか、
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【御成敗式目第四十五条】
「一、罪過由披露時、不被糺決改替所職事
右無糺決之儀有御成敗者 不論犯否定貽鬱憤歟 者早究淵底可被禁斷」
超意訳:鬱憤を残すから弁明はさせろ。
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に倣って、話だけは聞こうというのか。
こうして食事前に団体と武士との面会が成された。
団体は非難するのではなく、滔々と現在の地球環境について語り出す。
如何に自然が破壊されているか。
その結果、山に食べ物が無くなった熊や鹿や猪や猿が人里に近づいてしまう事。
熊だって被害者なんだ、という話。
そして
「無闇に殺すのではなく、追い返すように出来ませんか?
熊だってあえて人間と敵対したいんじゃないんです。
同じ地球に生きる仲間ではないですか!」
なんて言ったものだから、当主、執事、家政担当の穏健派ですらポカーンとした表情になり、武闘派の郎党・又三郎は俺に対し
「あれらは仏僧か神職なのか?」
と尋ねる。
そりゃそうだろう、こんな事を言うのは鎌倉時代だと坊さんか神官くらいだ。
それだって武士曰く
「偉そうな事言ってるけど、裏で僧も神官も何をやっているかは分からん」
そうで、話は聞くだけ聞くって事らしいが。
とりあえず、この連中が言ってる事は神仏に仕える者の綺麗事と判断したようで
「うむ、聞くだけは聞いた。
さっさと出て行け」
となった。
無礼な行為が無かったから、殺されずに済んだのは御の字だろう。
綺麗事が通るくらいなら、鎌倉時代に「守れない戒律なら守らなくて良い」という浄土宗や浄土真宗が生まれないわけだし。
「さて亮太殿。
譲念坊より贈り物がありましてな。
それを共に食わんと思うが……」
「はいはい、酒ですよね。
持って来ていますんで」
食事に呼ばれても手ぶらでは行けない。
大体酒を持って行けば喜ばれる。
案の定を頬が緩んだ藤十郎が
「それは有り難し。
折角の朱鷺汁ゆえ、辛口の酒が美味く感じようぞ」
なんて言ったものだから、帰りかけていた団体の足が止まった。
「は?
何て言いました?」
「なんじゃ。
早く帰れ」
「あの、”とき”って、鳥の朱鷺ですか?」
「それ以外に居るのか?」
「それって、国で保護されている鳥ですよね?」
「知らん。
其の方たちの世ではそうかもしれぬが、こちらでは水田を荒されて困っておるのだ」
譲念和尚が帰郷し、荘園の者たちを引き連れて大量捕獲する作戦に出たそうだ。
……僧侶が何やってんだ!
そして余った分を贈って来たそうだ。
「それって……」
「其の方たちが申した事、丸で分からぬ。
こちらの世で山に食い物が無くなった事がどうであれ、我等には関わり無き事。
話は聞いたゆえ、向後口出し無用。
疾く帰られよ。
朱鷺汁を食わんと欲すなら、相応の土産を持参致せ。
なれば振る舞ってやらぬ事もない」
「いや、しかし……」
「わしらは居なくなる程殺生をしてはおらぬ!
其の方たちの世が左様になったのは、其の方たちの責。
我等は生きる為に必要な事をしているのみ。
わしは僧ではないが、其の方たちにはこの言葉を説こう。
自業自得じゃ」
団体は殴られたり殺されたりはしなかったが、それでも相当なショックを受けたようだ。
朱鷺汁という凄まじい料理……。
こちらの時代では、天然記念物も害獣と言われる程に数が居たのだ。
失われた日本の自然を鎌倉時代人に求めても意味は無い。
自業自得なんて言われたら、返す言葉も無いだろう。
まあ現代に生きる俺にも突き刺さる言葉ではあるが。
とりあえず、団体はほぼ力づくで門外に追い出され、俺は衝撃の汁物を堪能する。
「ところで、この朱鷺汁を見てくれ。
こいつをどう思う?」
「すごく……赤いです……」
朱鷺を煮込むと、赤い色素が溶け出して血のようになるようだ。
そしてとても生臭い。
「如何にも如何にも。
わしらにしても、気味の良い汁ではない。
まあ薬のようなものじゃ。
味は良いゆえ、見た目は気にせずに食え」
朱鷺汁は日常的に食べていたものではなく、滋養をつける為の薬膳のようなもののようだ。
寒いし、非日常的な料理だし、お疲れ様の意味もあったのかな。
……とか現実逃避しつつ、俺は辛口の日本酒を口に運ぶのであった。
おまけ:
六郎の山村にて。
六郎「叔父上から朱鷺の肉が届いた。
皆で食うぞ!」
リュウ「うお!
すげえ!
まるで血みたいだ。
こりゃ根性試しって事っすね。
弁護士先生も食っちゃいなよ」
弁護士「…………(これ天然記念物だよなあ)」
なんとなく当時から、武士の根性試しで食われちゃいませんかね?
血腥い汁とか、そういう使われ方してそう(想像で語ってます)。




