守護キャラ
鎌倉幕府の守護という役職は、源義経追討の為に置かれた。
一応名目上はそうなっている。
義経追討の時は惣追捕使と呼ばれ、その国の御家人を動員や監視し、義経の他にも謀反人や殺人犯の逮捕権限を持っていた。
これだけでは旨みが全くない。
守護は軍事・警察権行使に際し、現地御家人の指揮権を有する。
当然、その権限を使って現地の武士たちを被官化しようと動いた。
それが形となったのが、後の室町時代の守護大名というものだ。
ただ、御成敗式目では以下のように守護権力の暴走は規制されている。
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【御成敗式目第三条】
「一、裵國守護人奉行事
右々大將家御時所被定置者 大番催促謀叛殺害人〈付 夜討強盜山賊海賊〉等事也
而至近年分補代官於郡觶 宛課公事於庄保 非國司而妨國務 非地頭而貪地利 所行之企甚以無道也
抑雖爲重代之御家人 無當時之所帶者 不能驅催 兼又所々下司庄官以下 假其名於御家人
對捍國司領家之下知云々 如然之輩可勤守護所役之由 縱雖望申一切不可加催 早任大將家御時之例
大番役并謀叛殺害之外 可令停止守護之沙汰 若背此式目相交自餘事者 或依國司領家之訴訟
或就地頭土民之愁鬱 非法之至爲顯然者 被改所帶之職 可補穩便之輩也 又至代官可定一人也」
訳:諸国守護人の職務・権限について
・頼朝様の時に定められた権限は大番役の催促、謀叛人・殺害人の逮捕のみ。
・国司でもないのに政治に口を出したり、地頭でもないのに徴税するなよ。
・いかがわしい武士を役職に就けたりするな。
・取り決めに背いたり、国司や地頭たちから訴えられたら解任する。
・代官は一人だけしか任命してはいけない(中間搾取者を増やすなよ)。
【御成敗式目第四条】
「一、同守護人不申事由 沒收罪科跡事
右重犯之輩出來時 須申子細隨左右之處 不決實否不糺輕重 恣稱罪科之跡 私令沒收之條
理不盡之沙汰 甚自由之奸謀也 早注進其旨 宜令蒙裁斷 猶以違犯者 可被處罪科
次犯科人田畠在家并妻子資財事 於重科之輩者 雖召渡守護所 至田宅妻子雜具者 不及付渡
兼又同類事 縱雖載白状 無財物者更非沙汰之限
訳:事の詳細を申請せず、罪人の所有物を没収する事
詳細を報告せず、実か否か、罪の軽重も判断せずに勝手に罪人として私財没収とかするな!
重罪人でも妻子の屋敷とか家財道具を没収するな!
共犯者は、没収する財産が無いなら不問とせよ。
(上2つは連座の禁止に該当する)
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事細かに決められているのは、要は「禁止事項をやる奴がいた」からである。
自分に都合の良い者を取り立てて、その国の政治や徴税を好きにしたがった。
罪人作って、係累の者や無関係の者も拷問で自白させた挙句、私財没収とか有り得た。
地頭のような徴税権は無い分だけ、利権の為に好き勝手やってたわけだ。
さて、六郎は鎌倉幕府の守護ではない。
プチ鎌倉幕府といえる、全国展開する武士団の家政機関から「この地の守護人奉行たるべき役目を与える」とされただけだ。
しかし、彼らが所有する土地だけでなく、もっと広域を管理出来る、そんな解釈が可能だ。
「先のDQN団地制圧ご苦労。
次は農村、山村だが自分の土地だけでなく、周囲の者たちも従わせて、そこら一帯から富を集めよ」
それが守護職任命の意図であった。
奪った土地だけで良いなら地頭だろう。
守護もしくは国地頭、それは地域の小ボスになれという事だ。
「で、そのゴツい矢は何だ?」
久々に俺の隣の武家屋敷に顔を出した狩衣姿の六郎が、凄い鏃のついた矢を仕舞っていた。
「これは腸抉じゃ」
腸を抉ると書く鏃、返しも大きく破壊力がありそうだ。
更に
「柳刃、平根じゃ」
と鏃というより刃物が付けられた矢を見せて来る。
刃付きの矢と言えば雁股がまだ知名度があるが、一般的なそれよりもゴツくて刃の部分が厚く鋭いものもある。
「そんなゴツい矢を使うなんて、熊でも狩るんですか?」
「よく分かったな」
マジか……。
聞くと、奪い取った土地の近くの里山に熊が出て、山菜採りの爺さんが大怪我をしたという。
そこで近くの町の猟友会が熊を退治する事になったが、季節が冬になった為、繰り延べとなったそうだ。
「雪山を恐れておる」
「そりゃそうでしょう」
「むしろ雪山こそ良いのに」
「?
なんで?」
「熊は穴に籠って冬越しをする。
そこを襲えば良いのだ!」
「かなり危ないでしょ!」
冬籠りの熊の穴を攻撃したら、怒り狂った熊に逆襲されるだろう。
「じゃが、茂みを探し回るより、穴を狙った方が容易い」
リュウ少年は
「これが初陣だ」
と喜んでいる。
本当に彼は、間違って現代日本に生まれただけで、鎌倉武士の中に居る方が生き生きしているなあ。
最近はあの馬に乗れるようになり、あの弓も引けるようになったようだ。
通常、あの猛獣に近づくのも危険だし、凄まじい張力の弓はプロじゃないと扱えないものだ。
そして獣と言えば、武家屋敷で放し飼いにされている犬も借りて行く。
元々猟犬として使用していたのだ。
こうして準備を整え、熊狩りに出る。
「こちらの人は?」
リュウの質問に六郎は
「猟師じゃ」
と回答。
「自分でやるのでは?」
という質問に
「わしは見届け人じゃ。
じゃが、熊は強い。
熊狩りに長けた猟師すら返り討ちに遭う事もある。
守護の役目は担う国を治める事。
熊等に武勇を誇る事では無い。
猟師危うき時は我等が加勢する。
そうでなければ、手出しはせぬ」
六郎はこうした面ではまともな男なのだ。
鎌倉時代からわざわざ連れて来た猟師と、雑色を勢子に使い、犬も使って熊の穴を探す。
そして見つけると共に、猟師が罠を作る。
罠が出来たと同時に、穴の中に煙を流し込み、燻り出す。
怒って出て来た熊は、落とし穴にハマり、中に仕掛けられた竹槍で大怪我を負った。
しかし、熊はこの程度ではまだ死なない。
猟師は毒を塗った手製の弓矢を熊に放った。
何発も突き刺さるが、熊はまだ生きている。
現代日本では弓による狩猟は禁止されている。
それは威力不足だからであり、矢なんかで攻撃すると、中途半端に傷つけて人間を恨みに思う動物を野に放つ事になるのだ。
だが、鎌倉時代はこれで狩りをした。
その方法は
「矢が尽きるまで射掛け続けよ」
である。
穴にハマった熊に、重く威力のある、刃物付きの矢が飽和攻撃的に放たれ続ける。
しかし、ついに怒った熊が穴を脱しようとした。
その時、やっと六郎が強弓を放つ。
他の者には平根や腸抉を使わせておきながら、六郎は通常の矢である。
その意図は、威力より精度を重視するものである。
熊が頭を出した瞬間、六郎の強弓から放たれた矢が、その目に突き刺さった。
鎌倉武士の弓の腕は尋常じゃない。
鎌倉殿藤原頼経が兄の二条良実の邸を訪ねた時、飼っていた小鳥が逃げ出す騒ぎが起きた。
供侍の結城十郎朝村は、その小鳥を
「傷つけないよう、矢で撃ち落とせ」
と無茶な命令を受ける。
朝村は、練習用の蟇目の矢を、枝の入り組んだ中に隠れた小鳥に向けて放ち、見事撃ち落とした。
その後籠に小鳥を入れると、目を覚まして動き出したという。
大鎧というのは、矢を防ぐ楯を着ているようなものだ。
普通に立っている時は、楯を肩から吊るしている形になる。
だから、騎乗して鞍で下を支えると、負担なく戦闘出来る。
この大鎧を着けた武士相手に、すれ違い様に鎧の隙間である脇や、顔面、または烏帽子を通す為に開けられている兜の天辺の穴を「狙撃」する必要があった。
こんな鎌倉武士の端くれたる六郎、DQN団地に居た頃は腕が落ちていたが、村落を任されてからは元の腕前に戻るべく毎日鍛錬していた。
その成果が、一瞬の隙に熊の目を射抜く技に現れる。
目の奥には脳がある。
強矢が深々と突き刺さった熊は、瀕死となった。
だが六郎は攻撃を緩めない。
「まだじゃ。
息をしておる。
死ぬまで手を緩めるな!」
こうして矢を何本も突き刺された挙句、最後は猟師たちの刀で止めを刺され、熊はついに絶命した。
猟師たちは褒美を渡され、また役得で熊胆を持って帰った。
熊の内臓は、飛鳥時代から薬として使われており、税として納入しても良いものなのだ。
「お主の初陣としては、まあまあじゃな。
実戦とは違うが、中々当たらぬものじゃろう」
リュウは弓を使ったものの、生きている相手には十に一本程度しか命中させられなかった。
これは肝の座り様が影響する。
もっと殺しに麻痺してくれば、冷静になって当てられるようになるだろう。
この点、予め熊の逆襲を予測し、その瞬間に狙いを定めていた六郎は、腕以上に胆力が凄かったのだ。
そして熊退治を見届けた六郎は、守護としての役割を果たすべく動き出す。
村人に熊の死骸を示し、退治したと証明した。
そして、私有地と国が管理する林の境界が曖昧な場所での事だったから
「なれば宮中に献上せねば」
と言ったそうだ。
「いや、だからって熊の毛皮をこちらの時代の帝、まあ天皇陛下ですね、それに献上するように言われましても……」
妙な仕事を頼まれた顧問弁護士は、右手で自分にアイアンクローをするような感じで、こめかみ辺りをマッサージしていた。
まあ、こんなの送られても宮内庁とて迷惑だろう。
毛皮をこれからどうするか、それは顧問弁護士の依頼事であり、俺は一切を無関係に過ごそうと思う。
おまけ:
鉄砲伝来以前の熊狩りを調べましたが、よく分かりませんでした。
まあ鉄砲が無い時代から大型動物は倒していたわけで。
推測で書きましたが、だとしたら「プロの猟師使うよな」となりまして。
ただ「威力不足の和弓」と言っても、鎮西八郎為朝さん級の弓なら熊も倒せるんじゃないかな?
(軍船を轟沈させる破壊力だし)
あと鎌倉時代から連れて来られた猟師さんたちですが、現代日本の様子を話しても
青狸ロボ漫画に出て来た「”ほらのび”こと、のびろべえ」というご先祖様のように、ほら吹き扱いされて信じられないので、過去に与える影響は無いでしょう。




