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後手、十四の十、歩、八郎

「ぐわぁぁぁぁ」

 相変わらず七郎の悲鳴が聞こえる。

 俺の家でだ。

 七郎と八郎の兄弟喧嘩、平和に将棋で行う事になった為、中立地帯として俺の家が使われている。

 俺がしばらく自室に居たので、様子を見ていない。

(また七郎が痛い目に遭わされたんだろうな)

 と呆れつつ見に行って、俺も呆然となった。

「何これ?」


 それは十五マス×十五マスで指す「鎌倉大将棋」と呼ばれるゲームであった。

 駒の数が無茶苦茶多い。

 金将、銀将は知っている。

 銅将、鐵将、石将って何よ?

 悪狼とか嗔猪(しんちょ)とか想像も出来ないぞ。

「どうやっても覚えられん!」

 鎌倉武士らしい脳筋の七郎が知恵熱を出していた。

 そりゃそうだろう。

 この駒の動きを全部覚え、更に

「この駒は成ったら何になる」

「この駒はここに動いてはならない」

「この駒は斜めになら飛び越えられるが、こちらは飛び越えての移動は出来ない」

「この駒は場合によっては二回行動、行って戻るという事が可能」

 という細かいルールもあるのだ。

 更に現在の将棋には無いルールで

「酔象が敵陣で成れば太子となる。

 太子が居れば、王将もしくは玉将を取られても、太子が代わりとなって続行」

 なんてのもある。

 全29種類130枚プラス成駒を覚えた上で、遊戯として成り立つよう指すとか、現代人でもパンクしかねない。


「というか、七郎。

 どうしてこれで勝負しようと思った?

 絶対勝てないだろ」

「八郎にはどんな勝負であっても負けたくはない!」

 明らかに負けず嫌いが自滅する方に発揮されている。

 いつぞやの六郎が麻雀対決で、相当に負けまくったように、こういうゲームは考えるより先に刀を抜く連中には不向きだろうに。

「お主は我等が子孫。

 なればわしの子孫も同様。

 八郎にばかり肩入れせず、わしにも勝てる手立てを教えよ!」

 あの気の強い七郎がそんな風に言って縋りついて来たが、八郎も生意気に

「まあ、兄上に色々と教えてやってくれぬか?

 何と申したかの?

 この時代では『はんで』とか言ったかな。

 それくらいで丁度良かろう」

 なんてぬかしやがる。

 よろしい、ならば対局(クリーク)だ!

 我々は渾身の力をこめて今まさに振り降ろさんとする王手の駒だ!

 七郎をどうにか将棋で勝てるように鍛えてやろう。


「……とは言ったけど、七郎、君覚える気ある?」

「数百騎を従える事もあろう。

 人を従わせるのに比べ、斯様な駒等……」

「いや、人は進めとか退けって言えば、自分で判断出来るから。

 駒は自分で考えないから、君が一個一個動かしてやらないとダメなんだよ」

 どこぞの親衛騎団のように、禁呪法を使って魂を宿した駒なら兎も角、普通の駒は指し手が動かしてやらないと。


「七郎、稀なる事なり。

 其方が頭を使っておるとは。

 明日は雪が止むどころではなく、夏日になるやもしれぬ!」

 覗きに来た庶長子の太郎が、珍しい物を見る目になっていた。

「大将棋か。

 よくもまあ、勝ち目無き勝負を受けたものよ。

 わしでも勝てぬぞ」

「やはり駒の動きを覚えられないとか?」

 俺の質問に、太郎はギロっと睨みつける。

「侮るでない。

 駒の動きくらいは分かる。

 じゃが八郎は以前、三善殿に習っておるのじゃ。

 斯様な事に限れば、我等一族の誰も八郎には勝てぬぞ」


 三善殿とは御成敗式目の条文を考えた三善康連、源頼朝の決起に関わり承久の乱では西進の発破をかけた三善康信父子の係累である。

 算道の家柄の公家で、その家系の三善為康は将棋に関しても詳しかった。

 その家系の者に習った事があるという時点で、七郎には勝ち目なんか無いっぽい。

 だが……

「八郎も曲者じゃな。

 七郎が気狂いになるを見越し、斯様な難しき将棋を選びおった。

 もっと簡単な将棋もあるのじゃが」

 と言った事がヒントになる。

「え?

 この大将棋で無い将棋があるんですか?」

「あるぞ。

 大将棋と言う以上、小将棋とてあると気付かぬか?」

 言われてみれば。

 そして調べてみたら

「平安小将棋、こんなのがあったのか……」

 俺も初めて知った話だ。

 確かに、こんな130枚も駒がある将棋は、相当に時間が無い時じゃないと無理だ。

 パパっと遊びたい時は、もっと数が少ない、ルールが簡単なものになるだろう。

 そして平安小将棋を調べると……

「現代の将棋から飛車角が無いだけか!

 駒の動きは現在の本将棋と同じ。

 そして持ち駒の再利用は無し、王手に至らずとも王将以外を全部取れば勝ちか。

 いけるぞ、七郎!

 これなら勇猛果敢・支離滅裂な君でもどうにかなる」

「何か物凄い罵りを受けたように思うが、これならば何とかなる!

 よしお主、わしに指し方を教えよ!」

「よし来た!

 まずは動かし方を教える。

 それを覚えたら、実戦あるのみ!

 試合を重ねるごとに覚えていくだろう。

 弓矢と同じで、練習を繰り返すのだ!」

「おお、俄然やる気が漲って来た」

「俺も将棋は上手くないから、作戦はただ一つ。

 相手を全滅させる。

 盤上の全部の駒を取る。

 先に全部取った方が勝ちだ!」

「なんと分かりやすい!

 それでいこう!」

 こうして「前進あるのみ、布石とかそんなのは考えず、目の前の駒をただ取るだけ」という脳筋将棋は何度も繰り返され、徐々に上達・洗練されていく。


 ところで、将棋という遊戯がチェスよりもAIに攻略されるのが遅れた理由に、取った駒を持ち駒として再利用出来る事がある。

 取ったらもう使えないチェス方式は、既に勝ちパターンたる定石というものが出来ているのだ。

 当然、駒を取りに来る脳筋戦法への対処法も確立している。

 全駒を取りに行くより、玉や王を取る方が速いのだ。

 こうして初期に比べて相当に上達した七郎であったが、八郎に手の内を読まれると、後は何度やっても全駒を取る前に王を取られて敗北してしまった。

 暇潰しに観に来た下級公家の吉田民部が溜息を吐きながら言った。


「一つ教えといてやろう。

 駒を総取りする戦法を考え付いたのは認めよう。

 だがそれは我々が既に三百年以上前に通過している!」


……まあそうなんだろうなあ。

 伝統において、公家には及ばない部分があるわけだし。

 とりあえず、またも負けた七郎とこれから反省会でもする事にしよう。

おまけ:

平安時代から鎌倉時代、三面と呼ばれる将棋、囲碁、双六が遊戯としてあった。

俺「どれも勝てないんじゃないか?」

七郎「……運次第な双六なら勝てるかも」

勝負した結果、ボロ負け。

七郎「どうして賽の目ですら上手くゆかぬのか?

 そして、お主は良い目ばかり出ておる。

 いつもの小賢しい事など出来ぬであろうに……」

そう悔しがる七郎に、八郎は冷たい目をしながら呟く。

八郎「一体いつから……双六ではイカサマを遣っていないと錯覚していた?」

俺(やはりこのガキ、油断も隙もならない奴だ……)

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― 新着の感想 ―
[一言] リングフィットなら勝てるんじゃない?
[一言] 当時の双六って、いわゆるバックギャモンで麻雀並みに相当頭を使う上での運ゲーじゃなかったっけ?
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