表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81/143

雪やこんこ

「寒いと思ったら、雪が降っているのか」

 俺はカーテンを開けて外を見て、降り積もる雪を知った。

 昨晩の内から降り始め、音も無く積もっていた。

 結構なドカ雪だったから、雪掻きをしようと外に出る。

 そして、今更ながら

(ああ、隣の鎌倉武士の屋敷は、こちらの世界と繋がっているだけで、本当は別の世界に在るんだな)

 と実感した。

 周囲は雪が降り積もっているのに、屋敷の中は全く雪が存在していない。

 門番に頼んで中に入らせて貰うと、外は雪が降っているのに、中は晴れだ。

 裏口というか第二正門の方から鎌倉時代の日本に行ってみると、そちらも晴れている。

 不思議な感じだった。


 実所在地が鎌倉時代の日本である武家屋敷の方は、内部には雪が無く、郎党たちが門の周りだけを雪掻きしている。

 だが新たに得た所領の方は、現代の日本に属する。

 当然雪が積もっていた。

 八郎の新居の方も雪掻きをしている。

 様子を見に行くと、またやってやがった……兄弟喧嘩……。

「この程度の雪に埋もれるようなら、やはりお主には家屋敷は手に余ろう。

 わしの物とする!」

「……兄上もこんな所で無駄に血を流すのではなく、又五郎たちに助勢して来たらどうじゃ」

 口は手の後に出されているが、兄弟はそんな事を言い合っていた。


「はいはい、そこまで。

 新雪を赤く染めるような事をしなくても、折角雪が降ってるんだから、子供らしく雪合戦ででも戦ったらどうだ?」

 この家の門前のみ、赤い雪になっていて見るに耐えなかったので、俺はついつい口を出してしまった。

 二人ともこちらを向くと

「雪合戦?

 どのようなものか、申してみよ」

 と詰め寄って来た。

 説明すると

「ああ、雪ぶつけの事か」

「向い飛礫のようなものじゃな」

 と理解してくれたようだ。


 雑学だが、雪ぶつけという記述は「源氏物語」第五十一帖「浮舟」に出て来るようだ。

 そして雪ぶつけという遊びが「合戦」になったのは、戦国時代中期に越後国で、守護代長尾為景(上杉謙信の父親)と上条定憲が戦った際に、お互い矢が尽きた後に雪玉を使っても戦い続けた事が由来、と新潟県魚沼市では言っている。

 雪合戦ではなく、石を使ったものはもっと古くから「合戦」として存在していた。

 そしてそれは、庶民同士の喧嘩でも行われる。

 この「向い飛礫」は、例によって御成敗式目制定者の北条泰時によって禁止されたのだった。


「まあいつも拳では詰まらぬ故、雪打ちでも面白そうじゃな」

「ふん、次はわしが勝つ」

「兄上、負け犬の好む言葉は『次こそは』『今度こそ』なのじゃぞ」

「お主のそういう所が嫌いなのじゃ!」

 まあまあ仲が悪い事で。

 そして俺は、口を挟んだ張本人なので、審判役を任されてしまった。

……黙って見てるだけにしとくんだったなあ。


 数日後、見事に雪原となった河川敷が合戦の場となる。

……鎌倉武士の郎党・雑色たちも双方に分かれ、参戦していた。

……いい大人が何やってんだよ……。

 堤防の上の方では、子供たちが何事かと見ていたが、飽きたのか雪だるまを作り始めていた。

 子供たちより雪遊びに真剣な大人たち……。

 まあその大将は子供だけどさ。


 さて、雪合戦のルールは、本陣にある旗を取った方の勝ち。

 雪が当たったら死亡と判断し、戦場離脱。

 それは徹底させないと。

「これくらいでは死なぬ」

 とか言い出してるから、頭や首、心臓に命中したらアウトと自己判定して貰う。

「よもや、誤魔化すような恥な事はしないですよね」

 と釘を刺す。

 恥には敏感だから、抑止にはなるかも……しれない。


「では開始!」

 俺の号令の後、双方意外な命令が。

「楯を前に!」

 それ、矢を防ぐ楯だろ。

 雑色たちが厚い楯を前面に並べる。

「押せ!」

 そして楯持ち同士がぶつかり合う。

 ちょっと待て、これ雪合戦だよな。

 どうして機動隊の訓練みたいになっているんだ?


 中央で楯持ち同士が押し合うのと並行して、側面を郎党が突き進む。

「放て!」

 雪球が投擲される。

 シュー……ガンという音がする。

 ガン? 雪玉が何でそんな音するんだ?

「水に浸して凍らせておいたのよ!」

「中に石を詰めてある」

「兄上も甘いな。

 こちらは最初から氷だ」

 そういった殺傷能力のある固体を、手で投げるのではなく、布を二つ折りにして、投石機のようにして投げている。

 そして、その投擲の中には氷柱(つらら)も入っていた。

 それ、かなり危険だから止めろ!


……だが、一回始まった戦いは止められない。

 よく罠に嵌まった軍が

「待て! これは孔明の罠じゃ」

 と言って止めようが、全く制御出来ずに大損害を出したりするのを漫画で見るが、それがよく理解出来た。

 動き出してしまうと、まず言う事なんて聞いてくれない。

 俯瞰的に戦場を観られる「天帝の眼」どころか「鷲の目」だって普通の人は持ってなんかいない。

 更に熱くなってしまい、周りが見えない状態にある。

 俱利伽羅峠の戦いみたいに、前が崖から落ちているなら、それを伝えて止まれば良い、なんてのは狂奔状態にある者たちには出来ない。

 まして俺みたいに、命令権の無い審判の言葉なんて届かない。

 七郎と八郎の、子供ながら総大将二人はそれを分かっているのか、ジタバタせずに動かずにいる。

……いや、横にそれぞれ相談役というか、軍師っぽいのが居て、何か言っているぞ。

 子供の雪合戦なのに、かなり本格的な模擬戦闘となっている。


 そして、八郎の本陣から狼煙が上がった。

 何かの合図だ。

 だが、何の?


 その後、七郎の本陣に向かって巨大な雪玉が転がっていく。

 堤防の上で無関係な感じで遊んでいたのは、八郎の手勢だったのだ。

 八郎は手下である小学校の仲間に、巨大な雪だるまを作るように命じていた。

 一見、下の雪合戦とは無関係に遊んでいた子供たちが合図と共に、その雪だるまを転がし落としながら加勢をしたのだ。

 混乱に陥った七郎本陣に、小さい仲間たちがただ旗を取りに群がっていき、これを倒した。

 八郎の勝利である。

……そんな判定下したくないけど、旗倒された以上そうしか言えない。


「卑怯なり」

 奇襲を受けた七郎が喚くも

「此は合戦なり。

 わしの伏兵を見抜けなかった兄上が未熟なのじゃ」

 勝敗が決した後、文句を言う七郎に弟が言ってのけた。

 周囲では小学生たちが「なのじゃ!」「なのじゃ!」と囃し立て、一層七郎を怒らせている。


「まあ、稚児どもの他愛の無き遊びじゃな」

「うむ、我等も体を動かせて丁度良かった」

「それにしても、相変わらず八郎の若は小賢しいのお」

「まったくじゃ。

 たかが遊びに、伏兵まで置くとはの」

……なんか郎党たちは冷静に評論しているようだけど、さっきまで真剣に雪打ちし、伏兵の攻撃に遭って雪塗れの姿では格好がついていないぞ。


 かくして凶悪な雪合戦は終了した。

 それからしばらくして、小学校からの指導に

・雪に石を入れてはいけません

・氷漬けにしてもいけません

・氷柱を投げてはいけません

・スキーのストックを武器にしてはいけません

・落とし穴を作ってはいけません

・更に落とし穴の中に画鋲とか釘とかを仕込んでおいてはいけません

・冬なのに相手に水をかけてはいけません

・雪玉と見せかけて、ドライアイスを使ってはいけません

 等等と雪合戦についての規制が加わっていた。


……見ていた子供たちが、どうも勝手に進化させまくった模様。

 なんか、禁止・禁止・禁止となっているが、それくらいしないとルールの隙を見て発展させてしまうからなあ。

 北条泰時が禁制を出しまくった心情が理解出来たように思えた。

おまけ:

以前に書いた「武田信長」の中で出した逸話。

室町時代中期の享徳の乱において、古河公方を裏切ろうとした結城成朝は、古河公方によって引き立てられた家老の多賀谷高経に雪打ち遊び(雪合戦)に誘われ、


そこで暗殺されました……。


結城ゆうきゆき打ちされるとは、これ如何に。


雪合戦だって命を落とす事はあるのです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ