鎌倉武士の現代日本探訪(町歩き編)
奇妙な集団が繁華街を歩いている。
烏帽子を被り、ニッカポッカを着た3人と普通の服装の1人。
一人は頭巾を被っているし、別の一人は「居合刀」と貼り紙をした剣道の竹刀袋のようなものを担いでいる。
足は全員サンダル履きだ。
探したけど、上手く髷を納める帽子が無かったのと、巨大な麦わら帽子は拒否されたので、結局こんな出で立ちとなってしまう。
付き添いの俺は、周囲の奇異の視線を敢えて無視する事にした。
(俺だって、こんなのが歩いていたらジロジロ見るし、仕方ないよなぁ)
実際はジロジロは見られていない。
ちょっと見ては、すぐに視線を逸らされる。
六郎殿に付き添いの武士が、視線を感じると殺気の籠った目を向けて来るからだ。
殺人が当たり前の時代の人間だ。
その殺気はリアルなものである。
一回「ヤ」の付く特殊自営業っぽい方とすれ違ったが、その人が一礼してすぐに目を背けた。
そういう稼業の人の直感で、武闘派であればある程
(こいつは相当に危険な人物だ)
と分かるらしい。
とりあえず、一番現代の町を見たがっていた六郎殿が行きたい場所に連れて行く。
転移して来た武家屋敷と現代社会は、正門でのみ完全に繋がっている。
築地で囲まれた一角は、現代日本とは違う領域なのだが、塀を乗り越えて侵入しようとしても出来ない。
築地の内側と外側、お互いに見る事は出来る。
しかし音とか臭いとかは伝わらない。
更に、現代日本が雨でも、鎌倉時代が晴れならば、屋敷の敷地内は雨が降っていない。
逆もまた有り得る。
要するに塀の外からは過去が、塀の内側からは未来が見えているようなものだ。
そんな中、屋敷の内側から現代日本を見ていた六郎は、遠くに見える高層ビルに興味を持っていた。
六郎だけでなく、下にまだ元服前の弟や妹も居るのだが、その外出は当主が許さなかった。
「お前はもう十八歳になる。
分別が着くし、己の身を守る事も出来るじゃろう。
外出を許す」
そう当主に言われたそうだ。
「え? 十八歳!」
「左様」
これから数え十八歳、今は十七歳だから、満年齢だと十六歳だろう。
髭があり、顔つきが精悍だから、少なくとも二十歳は超えていると思った。
(やはり現代人よりも色々と過酷な生活をしているから、老けて見えるんだなあ)
俺はそう思ったりした。
そんな若い六郎には、この世界の町は不思議なものであった。
「あの道に、傘も被らずに一人で居る女子、遊女か?」
「違いますね」
「供の者は居らぬな」
「まあそうかもしれませんね」
「なれば、あれなる女子は天よりの授かり者。
又三郎、持ち帰り側女としようぞ」
六郎は護衛の又三郎という武士に告げた。
「ちょっと待って下さい!
女性の拉致とか、それはこっちの世界では大問題ですよ!
犯罪行為ですよ、処罰されますよ」
六郎は「何を当たり前の事を?」と言った表情になり、平然と
「うむ。
道端で女子に手を出せば、わしの世でも処罰はされるぞ」
そう言ってのけた。
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【御成敗式目第三十四条】
「次於道路辻捕女事 於御家人者百箇日之間可止出仕
至觔從以下者 任右大將家御時之例 可剃除片方鬢髮也
但於法師罪科者 當于其時可被斟酌」
訳:次に道路の辻において女を強〇したら、御家人の場合百日間出仕停止とする。
郎従以下の場合、右大将家(源頼朝)の例に任せ、片方の頭髪を剃り除く。
ただし、法師の場合その時の状況を考慮する。
解説:当時の慣習法で、道路の辻で供も連れず、顔も隠してない女性を僧侶は
「天からの授け者として、功徳を与える」←意味はお察し
事をしても良いとされていた。
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「御成敗式目でも禁止されているなら、やっちゃ駄目でしょ!」
俺の非難に、六郎はニヤリと笑う。
「道の辻ではのお。
式目には道の辻での事は記されておるが、屋敷に連れ帰るなら話は別じゃ。
持ち帰り側女にする事は何も問題が無い」
「いや、問題あるでしょう。
又三郎殿もそう思うでしょ!」
年配の従者である又三郎という武士は、
「うむ、若、此度は子孫殿の迷惑になります故、控えましょうぞ」
と諫めてくれた。
(いや、そういう気遣いとは違ってだな……)
せめて自分たちの時代の法くらいはきちんと守って欲しいところだ。
そんな六郎が、俺の袖を引いてこう言って来た。
「下の世話を頼み申す」
俺は溜息を吐きながら
「女の調達とか、しませんから!」
と言った。
話の流れ的に、性欲が暴発し掛けていると思ったのだが、違うようだ。
六郎は股間を抑え、もじもじしながら
「左に非ず、左に非ざるなり……」
と切羽詰まった声で言って来る。
(ああ、そうだった。
外に出る前に、母親が淹れたお茶をがぶ飲みしていたんだった)
更にお茶には利尿作用もある。
急に催して来たようだ。
そして俺はある事に気づく。
「速足でトイレ……厠か? 雪隠か? 分からないけど、そこに行きますよ!」
この人たち、褌をしていたのだった。
そして現代日本のトイレの仕方を知らない。
早く辿り着き、使い方を教えないと一大事を引き起こす。
「とにかく、耐えて下さい!」
コンビニとかだと、一人使用となる為、教えづらい。
高層建築を見たがっていたから、ショッピングモールが入っているそのビルに向かう。
そして男子トイレに入り、横で用の足し方を実演して見せる。
雑色の平吉の手を借り、上着を持つと、褌ならでは排泄行為をした。
「ふう……忝い。
危うく恥を晒す所であった」
ちょっと落ち着いたようだ。
だが、代わって又三郎が青い顔になっている。
まさか?
「恥を忍んでお聞き申す。
小便に非ず!
是は水便の気配。
如何にしたら良きや?」
屈強の武士が、声と表情はそのままながら、切羽詰まった雰囲気だけは出している。
腹を壊したのか?
(そこまで世話見切れんわ!)
内心でそう思ったが、ここはトイレだ。
大の方の個室の使い方を教える。
小の方と違って、実演は出来ない。
壁のボタンについても説明はしたが、頭に入っていなかったのだろう。
個室の中から、何とも言えぬ声が聞こえて来る。
そして、結局流し方は分からなかったようだ。
あの威厳と殺気に満ちた武士が、小とは違うから褌を外したほぼ真っ裸で、ずぶ濡れの困り切った表情で出て来たるは、まことに哀れなりにけり。
鎌倉武士は、尻洗浄機の止め方が分からなかっただけで、漏らしてはいませんので。
悲鳴も、ギャーとかうわーのような聞き苦しい声で恥を晒していません。
凄く意地を張っているのと、鎌倉時代には想像不能な出来事への困惑が入り混じり、奇妙なものになっています。
次話は平日なので1話投下です。