猛獣だって貴重なるモノ
馬とは乗り物だ。
馬とは機動兵器だ。
そして馬とは農機具だ。
西日本では牛になるが、東日本では馬が鋤を曳き、また糞を肥料としていた。
日本には古墳時代から馬が居た。
その時代からの種は、現在は保護対象となっている。
明治時代に軍馬を強化する目的で、多くの在来種は断種させられたのだ。
何せ日本在来種といえば「馬の形をした猛獣」であり、個人事業者である武士の軍馬としては良くても、統制戦闘を行う騎兵の馬としては向いていない。
また馬体も小柄であり、大柄な馬に乗るコサック騎兵に勝てないのでは、と考えられた。
そして日本在来種の特徴として、片側の足を揃えて走る「側対歩」をしていた。
ラクダとかキリンとかゾウと同じ歩法である。
船のように左右に揺られる為、慣れないと乗りこなすのが難しい。
農村に土地を手に入れた鎌倉武士は、早速馬を連れて行き、農耕開始までの間に慣れさせようとする。
そして現代日本式の家に入り
「なんと住みにくいのだ!」
と言い出した。
「この屋敷で使い物になるのは蔵だけだ。
母屋は不便である」
なんて言い出す。
理由は
「馬屋が無い、矢を防ぐ構造が無い、井戸が無い、水桶を置いておける場所が無い」
からだ。
「よし、壊して建て直そうぞ」
鎌倉武士には電線も電話線も、上下水道もインターネットの回線も、そんなものは不要なのだ。
見苦しい線とか、簡単に壊せるガラスなんかは無くする。
そして作られた新しい(?)建物群は、壊れても簡単に修復出来る木造のものとなる。
「これ、建築基準法通るんですかね?」
俺が顧問弁護士に聞くと、彼は延髄の辺りを軽く叩きながら
「まあ、通らんでしょうな」
と回答。
ただ、究極の柔構造というか、倒壊しても大して被害が出ない軽い屋根の平屋、藁ぶきの竪穴住居、プレハブ小屋のような馬屋であり
「地震よりも火事と台風が心配ですねえ」
という見立てである。
「文化財的に、鎌倉時代の建築よりも、中に持ち込む仏像とか彫刻にどんなものがあるか、知りたいですな」
鎌倉武士の土着を聞きつけてやって来た、文化庁の知念さんはそんな事を言っている。
どこからか奪って来た物を無造作に飾ったりする。
当時でも高級品なのは確かだが、現代日本に持って来たら桁が2つか3つ上がった価値になるだろう。
「で、あれが馬だよね?」
「馬ですね」
「在来種ですよね」
「そりゃそうですね。
鎌倉時代にサラブレッドはおろか、アラブ種だって日本には居ませんから」
「君!
サラッと言ってるけど、それって実は大変な事なんだぞ!
日本在来種は。ほとんどの種が絶滅しているんだ!
僅かに残った木曾馬とかを復活させようと努力している最中なんだ!」
「なんか、そんな話を聞いた事はありますね」
「知っているのなら、どうして知らん顔をしているんだ?
絶滅した動物が目の前にいるじゃないか!
直ちに買い取って、繁殖させないと!」
「知念さん……、歴史に介入しちゃダメですよね?」
「そんな事言ってる場合か!
まあ意味は分かるよ。
だけど、未来が過去に介入して歴史を変えるのはダメでも、
過去の物を持って来てこれからの歴史を変えるのは許されるんじゃないか?」
「いや……一見良いように思えますが、やっぱりダメなんじゃないですかね。
連れて来た馬をきっかけに、バタフライ効果か何かで歴史が変わるかも……」
「だったら、せめて種牡馬として復活プロジェクトに協力して貰うとか」
「あの猛獣を?」
「猛獣?
馬だよ、馬!
確かに猛獣のニホンオオカミとかも復活させたいところだけど」
「いやいや、あの馬が猛獣ですってば」
「馬は馬だろ」
「いいえ、あの馬たちは相当に獰猛です。
かなり気性が荒いですよ」
「それは接し方が悪いんじゃないのか?」
いくら言っても埒が明かない。
それで実際に試して貰った。
案の定、自分より弱いと見た現代日本人相手にナメた行動をしまくる。
骨折したりと、結構な怪我を負った役人だが、それでも
「素晴らしいじゃないか!
あれだけイキが良いのだ。
日本在来種復活に、是が非でも協力して貰わねば!」
なんて言っている。
この辺り、この人はガチモンの文化財とか大好き人間なんだろうなあ。
ここまで覚悟を決めているなら、俺としても顧問弁護士としても、鎌倉武士に話をしてみよう。
「馬は武士の足ぞ。
山野を切り拓く時に役立つものぞ。
譲る事は出来ぬ!」
「では、どこからか調達出来ませんかね?」
「ただではいかぬ。
何を引き換えに出す?」
こうなると、一役員では動かせるものに限界が来る。
現金ならまだ良い。
どうにか調達出来る。
しかし、鎌倉時代人にとって現在の日本円は何の価値も持っていない。
隣の鎌倉武士は、家政担当の下級公家なんかがある程度価値を理解しているものの、それは正門で繋がる現代日本で使う上で役立つだけのもの。
他の鎌倉時代人から馬を買うには、それなりの現物が必要なのだ。
現代日本でも、鎌倉時代人が喜ぶような武器とか美術品を用意する事は可能。
しかし、そういうのが適当にどこかに流出するのを食い止める仕事をしている者が、自分の一存で鎌倉時代に持ち出すなんて出来やしない。
更に、交換で出したものが鎌倉時代にはあり得ないオーパーツだとしたら、深刻な「過去の改変」に繋がりかねない。
いくら文化財馬鹿とも言える役人でも、そこは踏み止まった。
「だが、諦め切れない……」
その結果、馬の精子だけを買う事にした。
別に競走馬のように血統登録が必要な訳ではない。
数を増やせればそれで良いのだから。
そんな訳で、鎌倉武士が
「そのようなものを買うとは、こちらの世の者はおかしいのではないか?」
と呆れている中、苦労して日本在来種の精子を入手する。
「よくやりますねえ……」
これは俺の、半分呆れが入った感想なのだが、
「よくやったよ!
我ながら褒めてやりたい」
と皮肉に気づかぬ感じで、知念氏は達成感に満ち溢れていた。
こうして失われた美術品と同じように、絶滅した日本馬在来種の復活も加速する事になった。
「次はニホンオオカミかな?」
「もう面倒見切れません……」
鎌倉武士の方ではなく、久々に現代日本人の方に呆れてしまった。
おまけ:
作者は畜産は素人未満なので、体格が違い過ぎる馬で自然繁殖可能かは分かりません。
まあ発情期になればどうにかなるかな?
牡馬が大きい場合は可能(実際明治時代にそうやって純血日本馬が駆逐された)でしょうが。
一応作者は木曽馬保存会に寄付した事はありますが、その時にはこんな小説書くとは思っておらず、戻し交配の仕方とかは聞いていませんでして。
 




