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鎌倉時代人のDIY

ついえが無い」

 そんな俗な事を言っているのは、出家の慈悟僧侶である。

 最近では仏事よりも音楽活動で忙しいようだが。

「琵琶がもう直せぬまでになってしまいましてな」

 デスメタルで、火を噴く、楽器を叩き壊すパフォーマンスをしているのだが、武家の側室腹の五男坊でしかも出家の者に、仏具の一つとも言える琵琶を毎度毎度買い替える小遣い等出る筈もない。

 大体、琵琶を叩きつけるパフォーマンス自体、信心深い鎌倉時代人からしたらもっての外。

「斯様な奇怪なる者に費えを使う気は無き」

「神仏をも畏れぬ罰当たり」

 と散々に批難している。

……諸々の自分の蛮行は良いのに、琵琶破壊とか仏像焼き払いとかは嫌がる訳で。

 この辺、現代人の価値観とはまるで違うものがある。


「でもまあ、ろくな収入も無い癖に楽器を破壊するのは、俺にも理解出来ない」

 金持ちの道楽なら良いが、この坊さんはそうではない。

 こっちの世界で寺でも継いで、檀家とかからお布施貰いまくれるなら兎も角、今は部屋住みの一僧侶に過ぎない。

 まあ現在檀家持ちの住職でも、以前程には儲けが無かったりする。

……サラリーマンよりは上だけどね。

 だから琵琶をガンガン叩きつけるパフォーマンスはどうかと思うが、

「故に、直しながら使っておった」

 とか言っている。

 そして、直せば直す程に音が歪むとか、黙っていても壊れるようになるとか言って来る。

「当・た・り・前・だッ!!」


 どうしたら良いのかと色々相談された俺は、

「いっそ自分で作ったら?

 あと演奏用と壊す用の手作りとを分けたら良い」

 と提案してみた。

「そうじゃのお。

 それが良いかもしれぬ」

 慈悟が承諾したから

「よしホームセンターに行こう」

「よし木を伐りに行こう」

 とお互い次の行動を口にするが、行先が違う。

「えー……っと、まさか自分で木を伐るところから始める気?」

「仏師とは左様なもの」

 いや、あんたは仏像掘る仏師じゃないだろ!

 変な所で拘るなあ……。

 と思ったが、慈悟の方が正しい部分もあった。

 実際に演奏する楽器の方は、材料の木材がホームセンターでは売っていない。

 時代や種類によって異なるが、桜の木、桑の木、花櫚、紫檀、欅、更に白檀なんかも使う。

 棹には朴の木、弦は絹糸、撥には象牙を使ったりする。

(白檀とか、やはり仏具っぽいなあ)

 そう感じた。

 元々琵琶法師は、天台宗の下級の僧で、地鎮祭や竈祓いに出張るものらしい。

 ここで演奏に合わせて経を唱え、地の神を鎮める。

 この方が古く、平家物語を聞かせるタイプの琵琶法師は最近(鎌倉時代初期)に出現したそうだ。

 幼児の頃に病気で盲目となった五郎が出家して修行させられたが、盲目だから学問は出来ず、経は全て耳で聞いて詠ませるもの、上への出世も見込めず、盲人でも可能な音楽をさせられた。

 そして修行中に同僚と共に地鎮祭等に駆り出されたが

(確かに神か(あやかし)の気が漂う地はあるが、多くはそんなものは感じない。

 わしの修行不足じゃとか言われるが、居ないものは居ないのだ。

 本当に居るなら、ここに出て祟りでも何でも為してみるが良い!)

 と常々感じていたそうで。

 この鬱屈が、どうもデスメタルの破壊的な行為に現れているんじゃないかな?

 俺は心理学者じゃないから分からないけど。


「まあ、音撃とか申し、魔物を封じる清き音を奏でる者たちもおった。

 その者たちは修行の末に鬼と変化して、音撃斬・雷電激震!とかいう技を使う。

 式鬼を操り、自らの甲冑としたりする技もあるが、延暦寺からは邪法と言われておってな。

 じゃがわしは、鬼となるのも有りじゃと思うた」

 兎に角、ただの琵琶演奏では満足出来ず、悪鬼のような演者となった理由は何となく理解出来た。

 何となくだけど、やはり鎌倉武士の血がそう思わせているように思った。


 隣の鎌倉武士は、最近山林も手に入れている。

 その山に入ってみたところ、使える木が何種類かはあった。

 親の情けで、伐らせて貰える。

 雑色たちが木を伐った後に

「さて、しばらく置いておかねば」

 という事を言った為、慈悟が慌て出した。

「すぐに使えぬのか?」

「慈悟様、伐った後すぐの木なんざ使いものになりませんぜ。

 薪にしても、伐った後は干して、カラカラにしてから使うもんですぜ」

 この辺り、盲目になって周囲が見えていなかった事に加え、雑事はやって貰える僧侶になっていた慈悟の無知というものだった。

(ああ、この人も結構頭でっかちなんだな)

 と、ちょっと親近感を覚えた。

 全員が全員、生活と宗教儀式と殺人に密着した知識の持ち主ではないんだな、と。

 この人、というか僧侶には結構生活関係の知識が足りなかったりする。

 例えば、木曾義仲の相談役を勤めた大夫坊覚明も、平家攻撃の為に「機を見る」事は出来たが、収穫期前の一番食糧が無い時期にそれをやった為、京都に入ったと同時に飢餓に苦しみ、配下の諸武士が周辺に略奪に走って評判を落とす事になる。

 農民と密着している武士なら分かる事が、農業をせずに食わせて貰える僧侶には分からなかったという事だ。


 まあ、そんな話をしても始まらない。

 原材料の内、山から手に入らない象牙とかは除いて、結構なものは入手出来た。

 しかし、使い物になるのはもっと後だ。

「絹糸は、春を迎えて蚕が桑の葉を食うようになってから……」

 という気が長い話である。

 呆然としている慈悟に俺は肩を叩きながら

「ホームセンターに行こう!」

 と提案した。

 そこで材料の他、工具とか作業着とかも購入。

 そして安い木材、塗料、プラスチック、接着剤、糸を使って琵琶っぽいものを作る。

「正式な作り方ではない……」

「ぶっ壊すものに、そんなに拘るな!」

 実際、ギターを壊すアーティストも、壊す用のは安物を使用している。

 それっぽければ良いのだ。

 むしろ頑丈に作ってしまうと、床の方が壊れかねない。


 そんな訳で、安い材料で壊れやすい、それでいて見た目は中々の物を作る日々が始まった。

 練習用の壊し琵琶まで含め、何個も何個も作っていく。

 そして次第に、出来が向上していった。

 また、演奏用のものは当時の素材(漆とか膠とか)でなく、現代の接着剤やニスを使って修復する。

「ちょっとまだ音が……」

「握り具合が……」

 という元盲目ならではの感性なのか、元々完璧主義者だったのか、視覚以外にも細かい所まで拘った修復を行っていく。

 やがて伐採した木材が良い具合に乾燥し、それで琵琶を造れる辺りには、工作技術が物凄く向上していた。

 ちゃんとした琵琶の製造と修復、それに加えて仏像彫刻や木彫もこなせるようになる。

 これが売れないミュージシャン、寺を持たない慈悟が生活出来るだけの収入を得られるスキルとして役立つのだから、世の中何がどう転ぶか分からないものだ。

おまけ:

某ライダーの支援組織は、古くは平安時代に原型がある(小説版だと安倍晴明関係)なので、ネタに使えました。

逆に僧侶関係の必須音具・木魚は室町時代のもので、鎌倉時代にはまだ無かったとか。

木彫りで木魚作れたら需要有るでしょうが、本人が知らなければ作りよりも無く。

(仏事に出ると、宗派にもよりますが、結構音の演出凄いですよね。

 上手いお経はリズム正確だし。

 坊さん、案外音感必要な職業かも)

 

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― 新着の感想 ―
[一言] 某映画ではウッカリと高価なギターをブチ壊して、素敵なリアクションが撮れたとか
[気になる点] そーれがきーみの響き〜
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