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出張、鎌倉クソ坊主

 譲念和尚はクソ坊主だ。

 学はあるし、弁も立つ、そして仏教に帰依している。

 しかし中身が武士のまま変わっていない。

 大体、妾を囲っている僧侶なんざ、当時でもろくなものではない。

……高僧は男児の寵童だから、どっちにしたってろくなものではないが。

 生き方を頑なに変えたがらない鎌倉武士と違い、この坊主はかなり柔軟だ。

 それもそうだろう。

 平安時代の仏教を、一点集中突破的に改革したのが鎌倉仏教なのだ。

 天台宗で「念仏、禅、法華経は全部バランス良く、円のように学びましょう」と言っていたのに

「念仏だけで十分! でないと生活に忙しい民衆は救えないでしょ」という浄土宗(念仏宗)、

「禅だな、宋でも流行っているし」という臨済宗(禅宗)、

「法華経を唱えねば国が亡びるぞ!」という日蓮宗が興ったわけで。

 ある意味、全宗派ファンキーでロックだと言える。

 浄土宗から更に先に進んだ宗派や、禅宗でも別口の宗派もあるが、割愛しよう。


 ある程度金を持っていて、柔軟な思考の譲念和尚は、洋服を着て雪駄履きで出歩いていたりする。

 法衣は「普段から着なくても良いだろう」とか言っている。

「法衣は着て欲しいという人の為に着ているのであり、僧侶だから常に法衣というのは形式に囚われている。

 坊主だって農作業するんだし、その時は野良着を着た方が便利だろ」

 なんて屁理屈というか、禅の公論を唱えていた。


……その格好で出歩く先が繁華街で無ければ文句は言わねえわ。


「確か、戒律で飲酒は禁止されてますよね」

 俺が聞いても

「酒ではない、般若湯じゃ、知恵の出る飲み物じゃ」

 と返して来るだけでなく

「僧一人が酒を飲まぬのは、己の解脱のみを考える謂わば小乗である。

 衆生と共に酒を酌み交わし、世情をよく知り、人を救う事こそ大乗である」

 なんて言って来やがった。

……多分、この手の論争は鎌倉時代からやってるから、論破し慣れてやがるな。


 そして他の現代仏教の坊主ども、うんうんと頷いてるんじゃねえよ!

 そんなんだから、新興宗教とかカルト宗教とかに信者を取られるんじゃないのか?


 さて、クソ坊主は夜は繫華街で、「般若湯」を呑みながら「若き苦界に堕ちた女性たち」の悩みを聞いているようだ。

 その帰り道に事件は起こる。


「おう、オッサン。

 悪いんだけど、金貸してくれねえ?」

 そう言ってガラが悪い連中が取り囲んだ。

 所謂「オヤジ狩り」である。

 譲念はいきなり相手を殴った。

 警戒したり、怯えたり、お前ら何だ?と問うたりもしない。

(コイツら、敵だ)

 と本能が察知した瞬間に身体が動くのだ。

 そして、八郎が「弱い」と言われる理由も判明する。

 八郎のように力が無い者は技術を使う。

 体を鍛え、技を練る。

 しかし、生来の強者にそれは不用だ。

 普通の拳打パンチ一発が殺人拳となる。

 殺人技なんて覚える必要は無い。

 全ての単純な暴力が、人を殺せる威力であれば十分である。


 絡んで来た相手は、吹き飛ばされたりはしない。

 首が変な角度に曲がったまま、その場で膝から崩れ落ちた。

「野郎、ジジイ、やりやがったな!」

 弱い者としか遭遇して来なかった者は哀れだ。

 強い者の怖さを知らないからだ。

 ごく自然に、背後を取られないよう前進し、ナイフを取り出した相手の手指を掴むと、捻りながら握り潰した。

 そのまま投げる、というか地面に叩きつけ、包囲の輪から脱す。

 二人を倒し、少し距離を取ってから初めて口を開いた。

「わしに何か用かのお?」

 今までの行動は全て咄嗟に動いたもので、頭で考えてやった訳ではない。

 背中を守る者が居ない以上、危険地帯からは抜け出すのは武士の本能というものだろう。

 躊躇は命を失う事に直結する。

……まあ、この人一応出家した僧侶なんだが。


「てめえ、こんな事してただで済むと……」

 思ってるのか、という〆の言葉は吐けなかった。

 高速の掌底打ちを真横から顎に食い、骨を砕かれると共に顎を外されたからだ。

「さてもさても、口数ばかりかな。

 舌先で人は殺せぬ。

 念仏とは、殺した者に向けて唱えるものぞ」

 この台詞は、残り一人の顔面を鷲掴みにし、近くの電柱に卵を割るかの如く、数度叩きつけ、全員を戦闘不能にしてから発したものだった。

 彼らの中で声を出せる者は、呻き声の中から漸く

「許して下さい……」

 と言葉を絞り出していた。

 声を出せない者は……正直かなり危険な状態だ。


 喧嘩というか、一方的な蹂躙を目撃したギャラリーが警察を呼び、被害者も加害者もそこから連れだされる。

 一対四で、四の方がやられていたが、武器を持ち、またこの辺りで被害が報告されていた「オヤジ狩り」の犯人たちと特徴が一致していた為、譲念の防衛が認められる。

 正当防衛ではなく、過剰防衛ではあるが……。


「やり過ぎです」

「いや、わしは手加減したぞ。

 仮にも僧籍に在る者、慈悲はかけた」

 獅子の手加減した一撃は、飼い猫なら致命傷となる。

 目撃情報からも、この坊主は相手を執拗に攻撃してはいない。

 相手の怪我の部位も一箇所か二箇所。

 纏まりつく蚊を追い払った程度の事だ。

 叩かれた蚊の方は潰されているのだが。

 殺意については

「わしには無いぞ。

 この通り僧じゃ。

 殺生は控えておる」

 と、本当に殺す気は無く、僧侶のように

「攻撃するなら、わーわー喚かないで、口より先に手を出せ」

 と教育しただけらしい。


「え〜と譲念さん。

 行動は控えて下さい」

 身元引受人として呼ばれた俺は、文句を言わずにいられなかった。

 クソ坊主は笑いながら

「迷惑掛けたのお。

 じゃが、其処元がこのような役割を負うは、前世からの巡り合わせじゃ。

 御仏の為された事ゆえ、受け入れなされ」

 と一聞宗教家らしい事を言っている。

……それ、迷惑を掛けている側が言ったら、単なる開き直りだから!

 そして、今後も行動を改めるつもりは無い、引き続き迷惑を掛けるからよろしく、と言っているようなものだ。


 だから俺は一計を案じたよ。

 スウェットにズボンとか、作務衣とか、そんな格好だから良くないんだ。

 危険人物なんだから、黒のワイシャツに金のネックレス、薄いサングラスとかで「そっち系の人」に見えれば、ちょっかいを掛けて来る馬鹿も居なくなるだろう。


 その結果、これはこれで飲みに行けば

「お疲れ様ですッ!」

 と厳つい連中から毎回挨拶されるようになったわい、と笑っている譲念和尚であった。

(だから飲みに行くのは控えろってばよ!)

おまけ:

般若湯→真言宗の空海が認めたらしい

これ以外の坊さんの隠語は、平安〜鎌倉時代に使われていたかどうか不明でした。

天蓋(蛸)、緋衣あかごろも(海老)、伏せ鉦(鮑)、歎仏(魚のお造り)辺りは食材的にもあっておかしくは無い感じですが……。

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― 新着の感想 ―
[一言] > 般若湯→真言宗の空海が認めた 空海、破戒僧の走りか! 空海の高野山。最澄の比叡山。密教が鎌倉時代初期にどう評価されていたか気になる。
[良い点] >厳つい連中から毎回挨拶される 軽い身体作り(坂東武者基準)でそんな格好ならなあ……仕方無いね
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