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鎌倉武士、現代の労働問題に切り込む

 先日、鎌倉武士宅に詰める郎党の娘と結婚した男の話である。

 現在、天涯孤独のこの男、亀男は苗字は変わらず入り婿という形になった。

 なお鎌倉時代は基本、結婚しても苗字というか姓は変わらない。

 北条政子は「源政子」とはならない事でよく分かる。

 そして彼等は入り婿に、鎌倉時代の土地を相続させる気は無かった。

 現代日本の方の人間なら、そちらでひと財産作れ、バックアップはしてやる、というスタンスだ。

 というのも、郎党であるこの家が持っている所領は少ない。

 実入りは、主人である鎌倉武士(鎌倉幕府の御家人)から代官として土地の管理を任され、そこから得る収入があるので少なくはない。

 しかしあくまでも相続出来る土地自体は少ないので、外から迎えた男に渡す気はさらさら無かった。

 娘一人しかいない場合の婿養子なら兎も角、ここは男子が十二人も居る為、子であっても相続対象から外される場合だってあるくらいだ。

 だから、主人たちが現代日本で土地を得続けている事を、この郎党も喜んでいた。

 おこぼれで自分たちの子の財産も作れるかもしれない。

 そうすれば息子たちに渡せる土地も出来るだろう。

 鎌倉武士たちが土地関係では執着心が凄まじく、DQN顔負けの手段で領地を拡大しようとするのは、こういう事情もあったからだ。

 戦時の兵力確保の為、また多産多死の世において子は多く産ませたい。

 昔はその子たちに分割相続させても、そこから更に開発や合戦・押領をして資産を増やせた為、零細化はしなかった。

 しかし時代と共に、隣と合戦すれば鎌倉幕府が介入して来るし、分割相続が慣習法となっていた為、一族が増えれば増える程、個々の持ち分は低下する。

 だから、機会さえあればどんな状況でも土地を得にいくのだ。


 さて、この入り婿の亀男には、現代日本での土地管理に役立って貰おうと武士たちは画策している。

 どこで入れ知恵されたか、それとも変な所で勘が良いから自分たちで気づいたのか、

「現代日本で手に入れた財産は、現代日本人を表に立てた方が便利」

 として行動している。

 鎌倉時代人が現代日本で行動するとなると、戸籍は物凄い面倒なのだ。

 記録上は既に死んだ人間なのだ。

 死んだ人間を再度登録なんて出来ない。


……死んでいる過去の人間が犯罪を犯した場合、現代の刑法で裁けるかどうか、法の遡及適用にならないかどうかも、幾らでも屁理屈は捏ねられそうだから、それについては顧問弁護士も触れないようにしている。

 何をしても大丈夫と分かったら、何をするか分かったものではないから。


 それで、当主が子孫の娘の難儀に付け込んで奪った山林、農地について、所有者はあくまでもその女性だが、表向きの管理責任者には亀男を充てて支配しようと考えている。

 鎌倉時代風に言うなら


・荘園所有者:ユキさん

・地頭:亀男

・地頭代(代官):鎌倉武士たち


 という形にしたい。

 登記とかそういうのは現代人を立てる。

 裏では鎌倉武士が美味しい所だけ持っていくのだが。

 そういう手続きを進めているのだが、亀男の方がどうも煮え切らない。

 現在の仕事が中々辞められずにいるのだ。

 特に土木会社が酷い。

 所謂ブラック企業なのだ。

 ブラックと言い切ってしまったら営業妨害かもしれない。

 労働時間に比して安いとは言っても、亀男のような学歴、職歴からしたら有り難いくらいの給金は出ていた。

 ただ、辞めさせてくれない。

「夜学に行きたいなんて言うから、その時間は配慮してやっているだろ!

 他のバイトもちゃんと掛け持ちさせてるだろう!

 恩を感じろ!

 こっちは人手不足なんだ、辞める事は許さねえ!」

 という態度なのだ。


(労働に対し、恩とか関係無いよな。

 労働に対して相応の価値のものを支払うだけの関係なのに)

 どうしても辞められないという事情を聞かされた俺はそう思った。

 どうも「雇ってやってるんだ、自分がお前らのご主人様なんだ」っていう意識の事業主が多いように思える。

 これは顧問弁護士の出番だろう。


……って思っていたら、既に舅となった武士たちが

「なれば強訴せん!」

 って言って、亀男を引き連れて交渉に行きやがった……。

 面倒な事にならないよう、俺の方から顧問弁護士の方に連絡を入れないと。


「君も後始末、色々と大変ですよねえ」

 弁護士が頭頂部のツボを押しながら登場。

 お互い、考えるよりも体が動く武士の後始末及び、穏便な行動を取らせる担当なので、この辺は分かり合える。

 さて、その会社に着いてみると、やはり武士の集団とガテン系の兄ちゃんたちとが睨み合っていた。

 片や太刀に手を掛けている。

 片やスコップや鋼材を手に持っている。

 何かあれば争乱に発展するだろう。


「こっちだって遊びでやってんじゃねえんだ!

 人一人辞めさせたいっていうなら、代わりを連れて来いよ!」

 怒鳴り声が聞こえる。

「労働基準法からしたら、辞めたいなら『退職願い』ではなく『退職届け』を出せばそれで良いんですけどね。

 代わりを連れて来る義理なんか無い。

 そこの所分かっていない事業主が多くて……」

「よし、分かった!」

 え?

 亀男の舅さん、納得しちゃったよ。

「人を連れて来れば、この者はわしらの家業をさせる為に引き取るぞ」

「お、おお、まあ替えがいるならな。

 このご時世、うちらみたいなキツイ仕事には人が来ねえんだけどな」

「又五郎、以前解き放った者どもから、使えそうなのを四、五人連れて参れ。

 言う事を聞かねば斬って捨てても良い」

「おいおい、穏やかじゃねえなあ。

 あんたらの奴隷か何かか?」

「一度でも下に着いた者は、我等が下僕、雑色同様じゃ」

(ひでえ……、ブラック企業よりまだひでえなあ)

 仕事を辞めさせろと言ってる人が、逆の立場では「一回でも関わった以上、逃がさん」と言っている訳だし。


 何だかんだで亀男は無事に退職出来る事になり、ブラック企業の社長と舅である郎党は手打ちとなって、皆で酒宴をしていた。

「しかしまあ、うちらのやり方はあんたらからしたら生温いんですなあ。

 もっとしっかり働かせてやらねば」

 ブラック企業の社長がそう言うと

「うむ。

 あの者は我が婿となった故、このように強訴に出た。

 身分卑しき者はしっかり働かせねばな。

 百姓どもは、見逃せば逃散等して逆らいおるから、厳しくせねばならぬ。

 我等はその為にぞ居るのじゃ」

(要は、日本の労働環境の一部は、中世からほとんど変わっていないって訳ね。

 特に経営者側の意識の方が……)

 まあ、荒くれ者とか社会不適合者、ドロップアウトした一癖も二癖もあるような者を雇い、束ねる企業の社長とかは、鎌倉武士的なやり方でないと上手く回らないのかもしれない。

 それでもなあ……と、俺と弁護士は部屋の隅っこで、酒をちびちび口にしながら溜息を吐いていた。

おまけ:

中世の農民は、黒澤映画の「野盗は倒したし、あんたら出て行って」と言う農民よりももっと凶悪。

「年貢って、払わなくても良いよな」

「徴税役が弱かったら叩き出し、強かったら田畑を捨てて山に籠るぞ。

 あと、これに従わずに村に残った奴は、今後無視するからな」

「水の量が減った?

 よし、水門を壊してこっちに水を引くぞ」

「隣の村、気に入らないな。

 武器を集めよ!

 打ち入って、米とか布とか奪って、あとは焼き払おう!」

「相手が強い?

 こちらの領主様に泣きつこう。

 我々の願いを叶えてくれないと見限る、と脅しながらな」


こんな感じだったので、公家は武士を、寺社は僧兵を持たざるを得なかったようで。

しかしそいつらも

武士「年貢の九割はガメるか」

僧兵「よし酒を出せ、女を出せ!

 逆らったら仏罰が下るからな」

なもので、武士に関しては源頼朝以来、ずっと「徴税請負の契約をしたら、きちんとその分は納入するように!」と武士を教育して来てました。

(じゃあ承久の乱で設置された新補地頭を本来の地頭職に加えて兼任した場合はどうなんだ?

 ってなるのが鎌倉幕府の悪辣な所でして。

 本補地頭が得られる収入と、それよりも更に多く取れる新補地頭の収入、同一人物が兼ねているなら半分合法的に二重取りを認めているし)

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― 新着の感想 ―
[一言] 徳川幕府凄かったんだなって……
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