表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/143

鎌倉武士の子孫が嫁入り先でイビられたなら

 俺の近所は、とある武士の子孫たちが多く住んでいる。

 だがそういう血筋に拘っているのは年寄りばかりだ。

 若い世代はこの地に未練は無い。

 外に出て行っている。

 そんな他の地に行った女性が、ボロボロになって戻って来た。

 戻って来たが、そこに実家は存在していない。

 この女性が少女の頃に過ごしていた家は、鎌倉時代の武家屋敷と入れ替えに何処かに行ってしまったのだ。

 実家の在る場所に帰って来たのに、そこに居るのは烏帽子を被って薙刀を持った武士たち。

 彼女は愕然とし、その場に崩れ落ちてしまった。

 行き倒れになった女性に、さしもの鎌倉武士たちも無視はしなかった。

 特例的に屋敷内で介抱すると共に

「見覚えある者か、面相を検めて頂きたい」

 と雑色の平吉を通じて俺に照合命令が来た。


「あ、ユキ姉ちゃん」

 姉ちゃんとは言ったが、俺より年上で三十代半ばの女性だ。

「知った者か?」

 執事の藤十郎から問われる。

「この屋敷と入れ替わりで消えた家の人ですよ」

「して、我が子孫か?」

 これは当主からの問いである。

「そうです」

 これで扱いが決まった。

 鎌倉武士は一族の者には親切である。

 顧問弁護士を介して病院の手配とか、事情調査とかが行われた。

 結果、婚家の方でいびられていた事が判明する。

 嫁いびりの詳細は割愛するにしても、近所の住人から

「あそこの家のお嫁さん、いつもあんなで可哀想よね」

 と噂されていたくらいだから相当なものだ。

 しかもそこは地元の名家らしく、

「うちは武士の家系なんですよ」

 と自慢していたようなのだ。


「ほお、どの程度の武家かは知らぬが、我が家もナメられたものじゃのお……」

 当主のスイッチが入ってしまった。

 鎌倉時代の結婚事情は中々に複雑だ。

 まず男性当主の地位が上がった結果、女性の地位は低下している。

 武士の時代だから、当主が一族の中で一番偉くなるのは当然だ。

 武家屋敷の中を見ても、女中どころか正妻・側室ともに表には滅多に顔を出さない。

 女中の扱いは何でも屋である。

 一方で、男性当主不在の中で当主代行を勤めた女傑が居たのも確かである。

 尼将軍北条政子も、あれは「四代目鎌倉殿三寅の後見人」ではなく「源頼朝御台所で、源家最後の当主」という立場が正しいだろう。

 当主が京都大番役で不在だったりすれば、正室が当主代行を勤めたりもする。

 そして政略結婚の時代、正室の実家はそれなりの名家が選ばれる。

 側室でもそうだ。

 その間に生まれた子は、母の実家が後見人となる。

 よって、地位こそ低くなったものの、ぞんざいな扱いをしたら後ろ盾となる家との間に確執を産むのだ。


「我が家の子孫の娘が侮辱を受けた。

 これを許すのは、我が家の名折れである!」

 屋敷に居る一門、郎党を集めてそう宣言する当主。

 一応顧問弁護士が

「お嬢さんの気持ちはどうなのでしょうか?」

 と聞くも

「女子の気持ちなど関係無い。

 我等家門を侮辱されたのが問題なのだ!」

 とやはり女性無視な回答。

「ではどうするのですか?」

「合戦する。

 武家同士ならば、それが筋であろう」

(いやいや、現代日本で武士の子孫って言っても、固有の武力なんか持ってないから)

 まあ、これを指摘しても

「武備を怠る方が悪い」

 と言って来るのは目に見えている。

 説得は納得がいくように、そして必ず代替案を示し、かつ当主の誇りを傷つけないように……。


「藤十郎殿に聞きます。

 当家の戦力はどれくらいでしょうか?」

 執事の藤十郎が答える。

「すぐに動かせるのは武士二十八騎、郎党雑色で六十余人と言った所じゃな。

 本領・属領より百騎以上は呼び寄せ可能じゃ」

「弁護士さん、相手の家はどんな感じでしたっけ?」

「えーと……夫と両親、大姑にいじめに加担していた姉とその夫に子供で七人程ですね」

「藤十郎殿、落とし前さえつけさせれば良いのですから、合戦でなく強訴で良いんじゃないですか?

 合戦するにしても、これでは相手が弱過ぎて、かえって不名誉になりませんかね」

 理解を示しつつ、

「お家を辱めた者の首を取る以上に何があり申すか?」

 と家人団を纏める藤十郎は聞いて来る。

「弁護士さん、相手の家の敷地とか持ってる土地ってどれくらいでしたっけ?」

「貴方……!

 いや、多くは語りますまい。

 まあ、日本国憲法下で内戦起こされるより遥かにマシですねえ」

 何をさせたいのか理解出来たようだ。

 弁護士は首をコキコキ鳴らし、肩甲骨周りを自分でマッサージしながら回答する。

 地主で土地を結構持っているし、他に有価証券とかも多数。

「それを根こそぎ奪う、でどうでしょう?」

「我が主、亮太殿は斯様申されておりますが、如何でしょう」

 当主は頷き、

「報いをくれてやれるならそれで良い」

 と許可を出した。

 いやあ、穏便な方法に収まって良かった、良かった。


 そして数日後、貸切バスで武士たちが大移動。

 本当は屋敷から出陣し、旗を掲げながら騎乗して進撃するつもりであった。

「それやると、警察に止められて、ひと悶着起こしますから!」

 と注意したが

「ならば止める者とも一合戦するまで」

「目立って何が悪い?」

 となってしまい、説得に難儀したよ。

「相手を威圧して言う事を聞かせるだけ。

 それが目的で合戦そのものが目的ではないでしょ!

 変な事をして、取れる土地が取れなくなったらどうするのですか?」

 と言って、どうにか「公家かぶれ」の「車」に乗って移動させる事を承諾させた。

 本当に、取るべき土地が無かったら、確実に首の方を取られていただろう。


 そうして相手の家に押し寄せる。

 相手の家は確かに広く、名家な事が分かった。

 だがそれだけに、敷地内に入った武士は堂々と合戦の態勢に入る。

 旗を立て、盾持ちが前面に展開し、高額でレンタルした馬運車から降ろされた馬に乗って鏑矢を射かける。

「この家に嫁ぎ、無体な仕打ちを受けたユキなる女子の身内の者じゃ!

 その事について話し合いに参った!

 門を開けられよ!」

 既に敷地内に入っておきながら、そんな事を叫んでいる。

 まあ玄関を開けなければ、軽トラで運んで来た、先が尖った丸太を突撃させられるだけだろう。


 相手は警察に通報したが、先んじて弁護士が手を打っていて

「民事不介入でお願いします。

 変な格好はしていますが、殺す気はないので。

 脅迫に感じるかどうかは、相手の弁護士と裁判の場で話します。

 とりあえず、離婚調停に来ただけですので」

 としていた。

(民事不介入って、それで正解だっけ?)

 まあ良いや。

 近所の爺様、婆様含めた子孫一同も手が空いている者は総動員されたので、当然俺もこの場にいる。


 大挙して押し寄せられ、婚家の方はガタガタ震えていた。

「時に尋ねる。

 武士の出と申したが、どのような家柄か?」

 相手の姑さんが、震えながらも誇らしげに話す。

「聞いた事あるか?」

「さて、知り申さん。

 氏はどこじゃ?」

 当主と執事はそう首を傾げて問い質す。

 まあ無理も無い。

 戦国時代に地方である程度成り上がり、名主というか郷士というか、そんな感じで「この地域の」

名士になった程度の家なのだ。

 鎌倉時代の人間からしたら、百姓同然であろう。

「氏って、何ですか?」

「源氏か? 平氏か? 藤原か? 橘か?

 その中でも誰の系譜か?

 武士なら知っておろう!」

 いや、戦国の頃に勃興した家なら、それより前なんか分からないだろう。

 この人たちみたいに、何々天皇の第何番目の皇子から始まるとか、鎮守府将軍誰某の末裔とか、そこまでの由緒を気にはしないだろう。

「えーと、確か藤原……」

「藤原の誰じゃ?

 秀郷公か?

 藤原南家か?

 何か?」

「いや、源氏だったような、平氏だったような……」

「氏も知らぬのか?

 系図を持って参れ!」

 まあ系図を見ても、戦国時代以前は書いていない。

 大体、江戸時代に系図は適当に作られた事があり、本物が見たら

「ここがおかしい!」

 となるのも当然だ。


「これなるは武士に非ず。

 単なる騙り者よ!」

 と完全に見下されたのだ。

 そして完全にマウントを取られた婚家は、家柄がどうのという論法を封じられる。

 その上、完全武装の武士に包囲されている。

 ここで弁護士が

「DV、モラハラ、その他諸々あって、ユキさんは離婚を望んでいます」

 と切り出す。

 流石に弁護士は、本人に会って意思を確認しての行動だ。

「そこで、慰謝料としてこれだけ請求します」

 それは全財産奪うようなものだった。

「これはいくら何でも酷いです」

 そう抗議したが、その瞬間外の武士たちが一斉に弓の弦を弾き、異様な音が周囲に響く。

 弁護士は眼鏡を拭きながら、

「私もそう思います。

 なので、これら全部を無しにしても良いという条件を提示されました」

 と伝えた。

 喜んだ相手が「それは?」と聞くと

「ユキさんの旦那様が腹を召される事です」

 と回答。

 呆気に取られた相手に

「分かりませんか?

 切腹すれば不問にするという事ですよ。

 武士ならば、それが決着としては妥当だと、あちら様は言っていまして」

 婚家の方は完全にパニックになってしまった。


「まあ、あなた方、ユキさんを階段から突き落としたとか、炎天下に一人で山仕事を命じて熱中症にさせたとか、雪山に放置したとか、色々やっていますよね。

 殺人未遂とかでも訴える事は可能ですよ。

 証拠も証言も多数有りますので、裁判したら私どもが勝ちます。

 刑事で有罪になったら、貴方たちはもう社会的にはおしまいですね。

 それよりも、財産を全部手放す事で、他には目を瞑るのですから、そうしませんか?」

(流石悪徳弁護士、口が上手いわ)


 論理と狂気、確たる証拠と武力による威圧、誇りとして来た家系の更に上の家柄、それらに心折られた婚家は条件闘争で多少の財産は残されるが、大半の財産はユキに慰謝料として渡された。

 ユキとしては、土地なんか得ても管理出来ない(と言いくるめられて)、だから先祖である鎌倉武士が貰う事となった。

(やはり狡い連中だな)

 と思う俺とは裏腹に

「ありがたや、ありがたや。

 こんなにご先祖様は頼りになるとは」

 と当主を拝むジジババ、そして

「今まで先祖がどうとか気にしていなかったけど、こんな素晴らしい存在だったとは!」

 と宗旨替えして先祖信奉になったユキ姉ちゃんがいた。


 この時代がまたちょっと、鎌倉時代帰りをしてしまった。

おまけ:

鎌倉時代だと

嫁いだ娘「婚家でいびられました」

→実家「よし、合戦だ!」

→無関係な武士「某家と何処家が合戦するらしい!

 よし、勝ちそうな方に味方するぞ!」

→別の無関係な武士「ヒャッハー! 合戦だ、合戦だ!」

→更に別の武士「とりあえず、誰を殺せば良いんスか?」

→執権「直ちに止めさせろ!」

こうなってしまう。


そして

パターン1

執権「お前らペナルティで領地一部没収な!」


パターン2

御内人「大変です!

 政所や侍所の所司たちも、これ幸いと騒動に加わっています!」

執権「まずそいつらを止めて来い!」


パターン3

御内人「あのー……我々も参加したいんですが……」

執権「北条の家人が勝手な事言うな!」


このように、必ず大事に発展するので、嫁の実家の面子を潰す真似は出来ないのであった。

(そして執権は常に胃が痛い。

 鎌倉幕府の執権は、高確率で健康を損ねている。

 執権辞めると、途端に健康になる)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 「まあ、あなた方、ユキさんを階段から突き落としたとか、炎天下に一人で山仕事を命じて熱中症にさせたとか、雪山に放置したとか、色々やっていますよね。  殺人未遂とかでも訴える事は可能ですよ。 …
[気になる点] 亮太どの、お主もいよいよ鎌倉思考よのぅ~
[良い点] 今話もありがとうございます! >「それを根こそぎ奪う、でどうでしょう?」 >「我が主、亮太殿は斯様申されておりますが、如何でしょう」 亮太殿もすっかり鎌倉武士仕込みの思考回路になった様…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ