鎌倉武士VS煽り運転
車とは古代から中世において貴人の乗り物であった。
牛車は従五位以上の官位を持たないと乗車が許可されない。
移動と為というより、権威を示す乗り物と言えた。
その次に格付けされるのが輿である。
牛車という動力が面倒臭い乗り物よりも、普段使いには適している。
まあこれも権威を示す乗り物で、武士では鎌倉殿が使っているくらいだ。
そして次なる乗り物は馬となる。
山がちな日本では、車は平坦な道でないと引っ張ったり押したりするモノが苦戦する。
馬で移動する、馬の背に荷物を負わせて運ぶのが合理的だ。
乗馬にも二種類ある。
軍馬に乗って戦闘をするのが、一般的な乗馬のイメージだ。
普段の騎乗は、比較的気性が穏やか(鎌倉時代基準)な馬で、口取りが馬を曳き、近くには荷物持ちが随行しているようなものである。
鎌倉武士の子である六郎も、現在の任地であるDQN団地と実家との移動時は馬を使っていた。
雑色たちが馬の口を取り、別の雑色が物を担ぐ。
団地の駐輪場は「馬禁止」とされたので、六郎を送り届けた後は連れ帰る。
行く時は送迎用に馬を連れて行くという、まどろっこしい事をしていた。
なので、顔を出すのは何日にすると予め決めていたし、緊急時には普通に歩く。
馬は基本ステータスとして乗っているに過ぎないのだから。
なお、僧侶である譲念と慈悟は車に乗っても良いようだ。
「神輿」というように、身分が高い以外に聖職にある者もそういう乗り物を使える。
……朝廷も鎌倉幕府も、ここまで見ていないのだから気にする必要は無いのだが、彼等は彼等のルールを変えようとはしない。
現在の法律で馬は道路交通法の軽車両に分類される。
公道をそれで移動しても問題は無いし、免許も必要無い。
だが日の高い内に馬での移動は何かと問題があるだろう。
だから朝早くとか、夜になって交通量が少なくなった時に馬で移動するようにしていた。
そういう分別はあるから、六郎がDQN団地乗っ取りの責任者とされたのである。
軽車両は基本、歩道を走ってはならない。
まあそんな事を気にせず、六郎と雑色たちは車道を堂々と移動していた。
道路交通法的には、口取りが馬を曳いている状態は
「エンジンを切って、バイクを押している状態で歩行者扱い」
なのかもしれないが、とりあえず顧問弁護士が
「心臓が止まっている訳じゃないので、馬は引いて歩いても車両扱い」
となった。
そして雑色たちも「付属品」扱い。
そんな迷惑な馬なので、馬鹿が反応してしまった。
所謂煽り運転である。
最初六郎は気にしていなかった。
自動車からのパッシングとか、馬にバックミラーも無いので目に入らない。
煽り運転の馬鹿も、人を轢いたら洒落にならないのは分かるので、荷物持ちの人間にギリギリまで接触するが、それを挑発行為と認識しなければ
「こういう作法なのかも」
と思ってしまう。
だがついに後ろの車がクラクションを鳴らした。
これには
「喧しきかな」
と反応する。
そして追い越す。
この行為に六郎はカチンと来た。
平家と摂政・松殿基房の一行とによる「殿下乗合事件」のように、進路を塞がれると闘争に発展するのだ。
更に煽り運転のドライバーは、故意に速度を緩めたり、急ブレーキをかけたりした。
ついに
「この者、わしに喧嘩を売っておる」
と気づく。
怒ると共に、喜ぶ。
久々に暴れられるじゃないか。
進路を塞ぐように停車した車。
六郎は下馬をすると、太刀を抜いてその車に迫って行った。
すると相手は、全速力で逃げ出す。
「待て、こな卑怯者!
武士を侮辱して逃げられると思うか!」
だが相手は自動車、全速力で逃げれば追い付けるものではない。
逃げおおせてしまった。
「この屈辱、如何にして晴らさん!」
と六郎は俺に対して愚痴を零す。
警察に通報すれば、相手さえ特定出来れば「危険運転」として逮捕出来るだろう。
だが六郎はアラビア数字は読めない。
ナンバープレートが分からない。
馬にもドライブレコーダーは乗っていない。
付けた所で、この猛獣が見慣れぬ異物を放っておかず、隙を見て壊す可能性が高い。
泣き寝入りが一番良いだろう。
どうせ太刀を抜いて迫って来る相手を、二度と煽ろうなんて思わないだろうし。
だが、六郎は別に俺にアドバイスを求めていた訳ではない。
愚痴は「悔しい」気持ちを吐露しただけで、基本的に自力救済の精神なので、自分でどうにかする。
次の移動の日にそれは決行された。
馬は(猛獣たちの中では)大人しいものではなく、合戦用の気性が荒いものに換えた。
そして腰には箙、両手には弓籠手を着けている。
六郎は自動車を見分けられない。
しかし、人の顔はよく分かる。
手柄首になる相手は、遠くからでも、人ごみの中からでも見つけられる。
その運転手は、今日は煽り運転をしていなかった。
だが、六郎に見つかってしまう。
いきなり矢を放たれ、それが正面ガラスに当たった為に驚いて自損事故を起こしてしまった。
エアバッグが膨らみ、身動きが取れない。
そこに殺気に満ちた人馬が襲い掛かって来た。
だがエアバッグが幸いする。
六郎がドアを開けて引きずり出そうにも、ドアはロックされているし、窓からはこれが邪魔して上手く出来ない。
そうこうしているうちに、誰かが通報したらしく、警察がやって来た。
事情を聞き、警察は溜息を吐く。
とりあえず、雑色の一人を事情聴取の為に連れて行った。
運転手は最初白を切っていた。
だが、やはりというか、もう慣れっこになったというか、鎌倉武士絡みでは俺に連絡されるのがテンプレとなってしまっている。
呼び出された俺が、煽り運転の事を説明すると、運転手の方も事情聴取をされる。
その際、どうにか外に出た運転手に、太刀を抜いていた為に警察官から抑えられていた六郎が
「武士を愚弄した以上、ただでは済まさぬぞ!」
と怒鳴り、実際に物凄い殺気を放っていた為、彼は怯えた。
「すみません。
そちらのお兄さんが言ったように、この前煽り運転をして馬を脅しました。
交通刑務所でもどこにでも行きます。
だから、助けて下さい!!」
(煽る相手を間違ったな。
よく自分より強い相手を煽って、そいつが文句を言いに行ったら全速力で逃げる動画とか見るけど、この武士の場合はその後も執念深く探して、自分に恥をかかせた相手を殺しに行くからなあ。
いきなり矢を射てくる奴なんて、現代には居ない訳だし)
警察も俺も溜息しか出なかった……。
おまけ:
作者が大学時代、法学部の連中とネタにした事。
酔って馬に乗ったら酒気帯び運転。
酔った馬に乗ったら整備不良車両の運転。




