芸能デビュー
さて昭和アイドルとか令和ギャルとかの分類外「鎌倉モデル」であるお熊さんこと芸名「一条ひめか」さんは一体どうしているだろうか?
歩き方、立ち居振る舞いは相当に改善された。
話し方も現代語を使えるようになる。
しかし
「トークは全然ダメ。
バラエティー番組とかには出しちゃダメだ」
と落第点を出されていた。
確かに口調は現代的になっている。
しかし話題が根本的にダメなのだ。
「私がですね、田んぼに入ったらそこにヒルがうようよ居てですね……」
「ダメ、農業の話は通じない!
それに虫の話は気持ち悪い!
農業の話をするなら、もっと年配で大物アイドルにならないと!」
「でっかい猪が出たんですよ。
それを旦那様が矢で攻撃したら……」
「現実感無い!
どうして矢で攻撃するの?
それに、こういう話は動物愛護とかで問題になるから。
もっと動物を可愛がった話とか無いの?」
「じゃあ、うちで馬飼ってるんですけど、その子が可愛くてですねえ。
この前、入り込んだネズミを噛み殺して食べていたんですよ!」
「だから、そういうのダメだってば!
大体、馬がネズミを食べるとか無いでしょ!
あれは草食動物!」
「三浦様が鎌倉殿から預かった猿は、馬に背中を食われてましたが」
「グロい話はダメ!」
「勤めていた皆と、何日かに一回はお互いのシラミ潰しをしてまして……」
「イメージを大事にしなさい!
不潔でしょ!」
「奥方様の付き添いで街道を歩いていたら、死体が転がっていましてね……」
「コンプライアンス的にマズい話をするな!」
……こんな感じである。
喋りが上手くなっても、基本的に全経験が鎌倉時代のものなのだ。
結論として
「黙っていれば美人」
という線でいく事となった。
「武蔵国に行くのじゃな?
兄上も連れて行かれよ」
お熊からファッションショーの招待状を貰った六郎だったが、本人は出掛ける気無し。
女の衣装に興味が無くはないが、DQN団地攻略の方が面白いので、東京なんかに行く気はないようだ。
もっとも、彼の頭の中の武蔵国と、現代の東京都はまるで別物なのだが……。
リュウ少年とその友達のバンドメンバーと、そして慈悟が東京に行く。
俺は慈悟僧侶の付き添いという形だ。
この人、もう姿を見れば立派な破戒僧。
スキンヘッドにサングラス、黒の革ジャンに厚底ブーツ。
ジーパンは鎖で締められている。
そして何故か……というのは現代の感覚だな、ギターの代わりに琵琶を担いでいる。
完全にそっち系の人にしか見えない。
「芸能事務所の人に会うんスよねえ?
俺らも関係者に見て欲しいんスよ」
バンドメンバーたちがそんな風に言っている。
招待状をくれたのはモデル事務所だ!
過度な期待はすんな!
凄く場違いな会場ゆえ、バンドメンバーは中に入れない。
招待状を貰った六郎の代理である慈悟僧侶と、弱視の彼の付き添い人である俺のみ会場に入れる。
俺の居場所じゃない。
会場に来ている客層自体が、凄くオシャレな感じだ。
こんなダサい服装の一般男性が入っても、何か気まずいものがある。
いわんや、デスメタル坊主をや。
俺はどっちかというと、昭和のフォークソングとかライトなアイドルオタク寄りだろうなあ。
受付で関係者用の招待状を見せた為、後で楽屋の方にも通して貰える。
俺は行きたくないが、慈悟僧侶は行きたいようだ。
この人、手術成功後は全盲に近かった事から、弱視でも周囲が見えるようになり、今は色々な部分で興味津々のようである。
ランウェイでの堂々としたお熊さんこと「一条ひめか」を見た後に、楽屋に案内される。
その瞬間、「一条ひめか」は鎌倉武士の女中・お熊に戻ってしまった。
「こないな罰当たりな場においでいただき……」
土下座して主筋の坊主に遜る女性を、周囲は奇異の目で見ている。
「えーと、以前はこちらのお寺さんの世話になっていたんです。
この人、ロッカーに見えるけど、本当はお坊さん。
怪しい関係では無いし、昔世話になったから、ついついこういう態度になっちゃうみたい」
と俺がフォローしないとならなかったよ。
その後、事情は何となくは知っているマネージャー付き添いで会話。
「お目が見えるようになったんですか?」
「うむ。
こちらの世の薬師は、我等の世のそれと比べ物にならぬ。
お熊の顔も見えておるぞ。
そのような顔立ちだったのだなあ……」
「あんれ、こっぱずかしい……」
バッチリなメイクながら、赤面している。
慈悟は結構ハンサムなのだ。
というか、他の連中も本当はハンサムかもしれないが、髭を伸ばし、農作業や武術の鍛錬で傷だらけになっているし、日焼けで赤黒くなっているから、そうは見えない。
僧侶だけに、顔の手入れはしっかりしている他、日にも焼けていないので肌が綺麗なのだ。
現代に生きる鎌倉時代人同士、積もる話もあっただろう。
話している間に、頼まれ事だけはやっておこう。
伝えるだけだ、達成出来るとは限らんからな。
「で、こちらのお坊さんなんですが、見た目の通りバンドもやってまして……」
「ああ、ああ、なるほどー!
たまに聞きますよね、新しい布教の形で音楽活動されている方もいるって」
マネージャーが知っているようで、何となく心強い。
「そっち関係のコネ、有りませんか?
無いなら無いでいいです。
聞いてみただけなんで」
そうしたら、個人的に何かコネがあるみたい。
どこかに電話をかけて
「まあ、一回見てみないと分かりませんよ。
あと、うちは男は扱っていないので、うちを頼られてもダメですからね。
紹介だけはしておきますので、後は実力次第って事で」
だが、とんとん拍子に上手くいく筈もない。
後日、紹介された音楽プロデューサーの前で、バンドは演奏を行った。
「真言呪詛シャウト、調伏メタル」
なんて凄まじいものを。
サンスクリット語を叫ぶ!
口から火を噴き、それで護摩を焚く。
これぞ呪殺金剛般若経!
琵琶を大上段から振り下ろして破壊する。
僧侶とは思えない暴動の数々。
それは「破戒僧」ではなくどっちかと言えば「破壊僧」。
いや、鎌倉時代の悪僧だと思えば、やってる事に違和感は全くないんだけどね。
(延暦寺の僧兵、打ち壊しとかするしなあ。
火は噴かんけど)
結果、
「うちの音楽性とは違うから……」
と、そっち関係のオーディション情報だけを渡されて、追い返されたそうで。
おまけ:
??「おお、お疲れちゃん!
何か噂で聞いたんだけど、お宅の事務所に、農作業好きなモデルの子がいるんだって?
一回俺らの番組にブッキング出来ひん?
俺らも農業系アイドルって言われんねんけど、女の子にも広めたいやん。
ロケ地は新宿の屋上とかやし、一回お試しでどうや?」
何かのフラグが立ったようです。




