鎌倉武士への入り婿
通称「DQN団地」をどんどん侵略していく六郎。
その六郎との連絡役は、元はお熊と呼ばれる女性であった。
この女性、芸能事務所にスカウトされて東京に身売り……もとい出稼ぎ……もといデビューの為に出て行ってしまった。
その後、この役を勤めた女性は、通称「お虎」と言う。
この武家に使える郎党、又三郎や又五郎と言った武闘派の妹であった。
武闘派の家の娘でありながら、更に言えば名前にも似ず、気立てが良い娘である。
やはり近所の年配の奥様方が放っておかず、現代日本を出歩くのだからと、服を買ってあげたりしていた。
お虎はお熊よりもその辺は融通が利き、素直に聞き入れる事もあれば、遠慮する事もあって堅苦しくはならずに生活していた。
そんなお虎を見初めてしまった者がいる。
なんとDQN団地の住人であった。
こいつはDQN団地に住んでいる中では、物凄い常識人である。
両親は早くに死に、高卒で働きながら夜間大学にも通っている。
財産はほとんど無い。
だから色々あって安く借りられたDQN団地に入居したのだ。
おかしな行動をしないから、六郎に狙われてもいない。
集合住宅のオーナーや管理会社も、六郎によるDQN制圧が終わったなら、事情を話し金銭を払って退去をして貰おうと思われていた。
そんな彼が、お虎を見たのは早朝勤務に出る時である。
夜明けと共に活動開始する鎌倉武士の家の者だから、とんでもなく早い時間に訪ねて来たりする。
それでたまたま出会ったのだが、どうもドストライクだったらしい。
お虎の顔は、どちらかというと厳ついというか、角張っているというか。
お熊の時で懲りたのか、現代日本基準でも鎌倉時代基準でも美人では無い娘を連絡役に使っている。
繰り返しになるが、気立ては非常に良いし、よく働くし、愛想も良い。
性格美人なのは確かだ。
即物的な六郎は食いつかない。
いや、既にその家では
「どう嫁に出そうか?」
と悩んではいたようだ。
お虎は、その若者と何度かすれ違う内に、気を使って屯食を一個差し出す。
それはお虎の分の食事から作ったもので、玄米ご飯だし、現代日本サイズではない、物凄いデカいものだった。
だが、彼にとってはこの上無く美しい女性から、硬い・不味い・その癖量が多いながらも、食事をプレゼントされた事で、完全にメロメロになってしまう。
大体、彼も女性からプレゼントを貰ったのは、ここ最近はコンビニでのバレンタインデーの義理チョコくらいしか無かったのだ。
職場で涙を流しながら、にやけ食いをする。
そしてまた会った時にプロポーズをした。
お虎の方もこんな事を面と向かって言われた事はなく、嬉しくなって承諾。
二人は隙を見つけては逢瀬を楽しんでいた。
彼は二十代後半、割と遅めの春である。
お虎は十代後半、当時としては嫁き遅れに差し掛かっていた。
「で、俺に取り次いでくれ、と?」
相変わらず用がある連中は、俺の所に来て頼み事をする。
お虎が身籠ったという事で、挨拶に行ったのだが、門番に突き返されてしまったそうだ。
例えお虎が頼み込んでも、こいつらに融通なんて利かない。
……下手な事をしたら、自分たちが殺されるんだから、まあ仕方ないが。
それで、取次役の俺の所に来て、仲立ちして欲しいという事だった。
(なんで自分には嫁の成り手がいないのに、他人の世話を焼かねばならんのだ……)
凄く文句がある。
大体、「お嬢さんを僕に下さい」なんて言うのの代役なんか乗り気がしないが、それ以上に伝える相手は猛獣のような連中だ。
危ない橋は渡りたくない。
とりあえず返事を保留にして追い返す。
だが面倒事は武家屋敷の方からもやって来た。
「……という訳で、うちの娘が婿を取るようじゃが、どこの馬の骨とも知れぬ。
貴公にどのような者か探って頂きたい。
主家の一門ともあろう方に頼むのは気が引けるが、他に頼める者も居らぬ」
そう言って兄弟で頭を下げて来た。
(こっちは話を有耶無耶に出来ない……)
彼等には「承知」か「その通りでございます」という選択肢しか存在せず、「否」というものが認められていない。
やらざるを得ないな。
とりあえずDQN団地を訪ねて行き、そこの支配者になろうとしている六郎と、その仲間たちに評判を聞いてみた。
なんと! 凄く意外で! 驚くべき事に! 悪い話が一個も出なかった。
DQN団地に居ながら、朱に交わりながらも赤くなっていない。
職場も覗いてみた。
工事現場で働いていたり、清掃員をしたり、その間に夜学に通っていたりと勤勉である。
ただ立場は弱いようで、よく怒られてはいた。
「……と言った感じで、働き者ではありますね。
ただ、身分は高いと言えませんよ」
ここは、俺としては不本意であるが、伝えておかねばならない。
公家だの武家だのと身分の違いがあり、それを黙っていたなら俺が恨まれかねないからだ。
だが意外にも身分の事を気にしないようで、
「ではここに連れて来て貰おう。
婿殿と話をしたい」
と言って来た。
本人にそれを伝えると、大喜びしている。
俺には悪い予感しかしないが……。
そして悪い予感は当たる。
何故、俺の家で家族ぐるみの食事会をするのだ?
以前に鎌倉殿や小侍所の者たちに出した食事が素晴らしかったから、是非に頼むって、俺は料理人じゃないんだぞ!
何故か先祖である当主から、
「当座の用立てに使うが良い」
とまた結構な額を貰ったから、その役を果たすとしようか。
その郎党の最年長は、お虎の祖父である伊豆入道である。
本名でも法名でも領地に因んだのでもなく、そこで出家したからそう名乗っているだけだ。
その隠居の入道が、緊張している求婚者に言った。
「婿として迎える故、今後は武士として働け!」
啞然とする相手。
当然ながら、答えは聞いていない。
そうしろと言った以上、そうしないと許されない。
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【御成敗式目第二十五条】
「一、關東御家人以月卿雲客爲婿君、依讓所領、公事足減少事
右於所領者讓彼女子雖令各別 至公事者隨其分限可被省宛也 親父存日縱成優如之儀 雖不宛課
逝去後者尤可令催勤 若募權威不勤仕者 永可被辭退件所領歟 凡雖爲關東祗候之女房
敢勿泥殿中平均之公事 此上猶令難澁者 不可知行所領也」
意訳:公家に娘を嫁がせた場合、公家であっても武家として働け。
そうでないと土地は没収。
理由:箔付けの為に公家に娘を嫁がせ、引き出物として土地を渡すと、武士の分の土地が減るからやめろ!
公家を婿にするのは良いが、土地相続した場合は武家扱い。
あくまでも公家として振舞うなら、その土地は返して貰う。
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こういう事情があり、武家の婿となった以上は武士になって貰うって事のようだ。
吉田民部なんかもそれに近い。
主家から所領を貰っている以上、仕事上は公家のそれだが、扱いは武家である。
(まあ、お虎さんにベタぼれだそ、もう出来ちゃってるし、断らんだろうな。
そしてDQN団地に染まらない人でも、鎌倉の汚染力は凄いからなあ。
元々肉体系だし、数ヶ月で立派な鎌倉武士精神になるだろうな……)
何となくそう思う俺に対し、伊豆入道が話し掛ける。
「この度は骨折り有難く存ずる。
何ぞ礼を致したく存ず。
聞けば、其処元もまだ室を迎えておらぬとの事。
藤十郎殿の娘にも、一人嫁き遅れが居たと覚えておる。
此度はわしが仲立ちしようか?」
「その儀は遠慮します。
既に御当主より過分な礼を貰っていますゆえ」
(本音:お・こ・と・わ・り・だ!!)
これ以上鎌倉時代に染まってたまるか!
おまけ:
当時の恋愛なら、和歌(恋歌)を送るとか、家を通じて申し込むとか。
和歌は
男「知ってるけど、そう簡単には詠めない」
お虎「字を読めない(ひらがななら何とか)」
なので、こんな感じになっちゃったかと。




