エコロジストの鎌倉時代滞在記その2
「ここは野宿とか発展途上国と同じだ。
なまじ日本語が通じるからって、日本と思っちゃダメなんだ」
環境問題を大事に考える者は、そう認識を改める。
そして、折角のエコな生活二日目を過ごそうと考えた。
「美しい自然、豊かな生態系、素晴らしい自然の恵み。
目指しているのはこういう生活じゃないか。
日本でもこういう生活は出来るんだ!」
なんとか理想に縋りつき、鎌倉時代ライフを満喫しようと思う。
確かに山河自然は、今と同じく日本そのものだ。
文明化される以前の美しい姿を見せている。
だが問題はそこに住む人であった。
「御坊、どちらに行かれるので?」
「そこの山々で焚きつけを拾おうかと思ってな」
「自分もご一緒してよろしいでしょうか?」
「来たいなら来れば良い。
が、全部自己責任でな」
言葉が勝手翻訳されるこの空間で、譲念は確かに「自己責任」という言葉に翻訳される事を言い放った。
まずは歩く。
現代日本では地方の一都市なのだが、正門を通った後の所在地は何故か鎌倉なのだ。
鎌倉は三方を山に、南面を海に面する要害の地である。
その山の方に行って、豊富な樹々から一部を伐採して燃料とする。
大規模な伐採でなければ、自然はすぐに回復する。
それどころか、適度な間伐は山林の風通しを良くするから、樹々の為にも良い事だ。
素晴らしい再生可能なエネルギー生産と言えるだろう。
そんな事を考えながら譲念に着いていくが……
「あの……まだ……なのですか……?」
基本的に歩きで山に向かう。
バスも自動車も無い。
そして道もきちんとは整備されていない。
中々に疲れる。
「鎌倉に近い場所は、付近の住人の生活の基盤じゃからな。
わしのような出家が使う物は、もっと奥の方で得るのじゃよ」
「はあ……はあ……それは……素晴らしい……事です……。
皆で……豊かな……自然を……分け合う……のは……良い事……です……はあ……はあ……」
息切れしながらも賛同するエコロジスト。
(つーか、足速いよ……)
普通の山歩きなら彼はこんなに疲労しなかっただろう。
この坊さん、かなりの速度で歩く上に藪を漕ぐ力も相当にある。
元武士だからではない。
昭和以降がひ弱なだけだ。
戦前世代の若い時期なら、これくらいは普通だったりする。
「ではこの辺りにするか。
くれぐれも己は身を危険に晒す行為は慎めよ」
そう言って譲念は付き人と共に、落ちた枝とかを拾いに行く。
「いやあ、どういう原理かは知らないけど、本来の日本は良いなあ。
空気が美味い、山には樹々が生い茂る。
我々はこういう自然こそ子孫に残さないと……
ん?
獣の臭い?」
明らかに異臭が迫って来る。
そしてそれは獣ではない。
もっと賢いモノだ。
「ヒャッハー!
珍しい服着てるな!
それ全部置いていけ!」
「命が惜しかったら、身ぐるみ置いていけ!」
「坊さんと一緒に山に入ったのを見たから、命は取らねえ。
逆らわなければな!
さっさと脱げ!」
要するに山賊である。
鎌倉に近い方の山は、まだ何とかなる。
だが離れると、昼間でもこんな感じだ。
だから鎌倉に近い方は、付近の住人の利権となっている。
その麓の住人が生活の糧を得る場で勝手な事をすれば、彼等が山賊以上の猛威となって襲い掛かって来る。
生活が掛かっているので、こちらは殺す以外の選択肢を持たない。
必殺の麓住人に襲われるより、条件提示で殺す山賊の方がまだマシだったかもしれない。
「は、話せば分かる……」
「うるせえ!
服を置いていくか、首と服を置いていくかの二択だ!
さっさとしろ!」
そんなの服を置いていくしかないだろう。
「なんだ、こいつ、下帯をしていねえぞ」
「それを脱いだら……まあ俺たちもそこまでは望まねえ。
全裸にはしねえから、有難く思いな」
こうしてパンツ一丁で冬の山林に放置される。
暫くして戻って来た坊主は
「おお、良き経験が出来たな。
未来とやらでは味わえぬ事であろう?」
なんて言って来る。
「首が繋がっておるだけ、其の方も御仏の加護を受けられたのじゃ」
普通なら殺して奪われた。
そういう世界だというのは実感できたようだ。
北宋の頃の禅の書物に「景徳傳燈録」というものがあり、その中で
「冷暖自知」
というものがある。
「寒いか暖かいかなんて、自分で経験しないと知らないだろ」
という解釈で、言葉でだけ知るのではなく、実体験しろというものだ。
譲念はそのつもりで、鎌倉時代にエコロジストを放置したのである。
余りにも過酷な真似と言えたが。
「其の方が大事にしている自然を十分に体験したであろう?」
「いえ、追い剝ぎに遭って怖くて、それどころじゃないです。
それに御坊が帰って来るまで、寒かったですし」
「じゃから、それも含めての自然じゃろ?」
「いや、犯罪に巻き込まれましたし」
「ふむ。
あそこに鳥が居るのお。
あれに出会えたのは自然の中での出来事であろう?」
「そうですね」
「山には狼も居る。
それに喰われるのも自然の中での出来事であろう?」
「まあそうですね。
でも人間は……」
「何故人のみ切り離して考える?
人もまた、天然自然の中から生まれたもの。
いわば自然の一部。
それを忘れてはならぬぞ」
(それは理屈として分かる。
だが、その人間が自然を破壊している以上……)
悶々としながら、小間使いが渡したボロを着て帰路に就く。
その途中、人が死んでいるのを見た。
さっきの山賊である。
珍しい服を持っていたから、別の山賊に襲われたようだ。
「これもまた自然。
人はいつか死ぬ。
諸行無常。
まあ通り掛かったのも他生の縁。
弔ってやるとしようか」
譲念は穴を掘るように命じ、野盗の死骸を埋めさせる。
そして読経を済ませると、エコロジストに向かって語る。
「こうして人も死しては自然に還り、草木は何事も無かったかのように葉を茂らせる。
人の死の上に生えた草木を虫が食べ、虫を小鳥が食べ、それを獣が食らい、人が食う。
そして人が死して……を繰り返して円環の理となる。
どれかが増え過ぎる事も無く、減り過ぎると皆が困る。
そのようなものじゃ」
だがこれでエコロジストは何かを悟る。
鎌倉時代を濃密に経験し、何かに汚染されたからかもしれない。
「そうか!
人もまた自然の一部。
今(現代)の地球がおかしいのは、人が自然から切り離されたからだ。
人は死んで、自然を育てる循環の一部とならなければならない。
だから、今の地球の総人口の八割を殺して自然の一部に還せば良いのだ!
増え過ぎた人間を粛清し、人を地球の一部に戻す事こそ、私の使命!!」
こうしてまた、思考がおかしな人間が生産されてしまった……。
おまけ:
謎の天パ「それはエコじゃない、エゴだよ!」
エコロジスト「地球がもたん時が来ているのだ! それが分からんのか?」
ぶっちゃけ18世紀までのエコシステムは、化石燃料云々以前に、人口が少ないから保てていたと思う部分もありまして。
その人口淘汰は疫病と天災と戦争で成されていた。
疫病と天災が克服されつつあるとなると
「人類は多過ぎる、戦争で減らしましょう!」
「折角減った人口です、我等優良なる者で管理しましょう」
と冨〇監督脳な人間が出来てしまいそう。
なお鎌倉武士はそこまで考えちゃいません。




