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エコロジストの鎌倉時代滞在記その1

 俺は隣の武家屋敷の取次を任されている。

 鎌倉武士の当主は、俺の紹介の無い者は決して敷地内には入れない。

 胡散臭い連中は俺の方でも拒絶する事にしている。

 大体用事があるのは、この時空接続を秘密にしている為、何かと不都合が生じた公務員とかになる。

 後は鎌倉武士を、時代劇の悪代官程度に勘違いして接触を持とうとする馬鹿か。

 あんな利益で転ぶような小者と一緒にしたらいけない。

 どっちかというと、世紀末覇者の軍団の方が近いんだ。

 気に入らない事を言うと、殺される危険性がある。

 媚びへつらったって

「ただ笑いと媚に生きて何が人間だ!

 笑え、笑ってみよ」

 と白刃を突き付けて来るからシャレにならない。


 そんなお隣に用がある、珍客が現れた。

「お隣さん、エコな生活をしてらっしゃいますよね」

(エコ?)

 物は言いようだな。

 彼等は好きでそんな生活をしている訳じゃない。

 まずもって、化石燃料っていう概念すら無い。

 化学物質と言える薬品は、神社とかで使う()(水銀)とか漆とかくらいだ。

 環境破壊?

 連中、重機とかあったら平気でするぞ。

 今の生活より豊かになりたいのは事実なんだから。

 環境に適合した生活をしているんじゃなく、せざるを得ないだけなんだ。


「是非、そんな生活を体験してみたくてですねえ」

 どこでそんな情報に捻じ曲がった?

 ろくな事になりゃしないぞ。

 つーか、そういう生活をしたいんなら、わざわざ訪ねて来ないで、自分の身の回りですれば良いだろ!


 俺が困っていると

「わしから取りなしてやろう」

 と、毎度勝手に上がり込んで茶を飲んでいる譲念坊主が引き取ってくれた。

 もうシラネ。

 なので、後は和尚から聞いた話になる。




「この廬に住まわれよ。

 ちょっと前まで甥が住んでおった」

 そう言って案内された小屋は、実に殺風景であった。

「あの、寒いですけど、どこで薪を燃やすんですか?」

「そんなものは無い」

「え?

 じゃあ、寒い時はどうするんですか?

 暖房は?」

「厚着せよ。

 火を使うとか、煮炊き以外では不要」

「えーっと、なんか焦げたような跡がありますけど」

「ああ、なんか甥が火を噴く修練をしたようじゃ」

「は? 火? へ?」

 既に環境配慮人間は意味が分からなくなっていた。


「よし客人。

 飯を食うぞ!」

 そうして運ばれて来たのは山盛りの玄米と、薄い味噌汁、そして梅干しだけであった。

「これだけですか?」

「十分であろう」

 確かに量はそれなりに多い。

 しかし味が……。

 まずは強飯(こわいい)と呼ばれる玄米ご飯だが、兎に角硬い。

 米の品種的に、今程の甘さも柔らかさもない。

 そして炊き方もそれなりだ。

 炊飯器のような繊細な炊き方はしない。

 そして飯は基本、武士たちが優先的に食べる。

 一番下は女性たちだが、出家の僧侶も「余り物を貰う」というスタンスな為、おこげの部分主体だったりする。

 他宗なら白米を貰えるだろうが、粗食好きな臨済宗で、しかも武士からの出家という事もあり、食事は粗末なものであった。

 更に味噌汁と思われたものも、実際には違う。

 ぬかみそを湯で溶いたものだ。

 味は薄いし、そこに野菜が数切れしか入っていない。

 梅干しは硬く、塩がジャリジャリしている。

 食事中は無口になってしまう。


「ご馳走様でした。

 水を貰います」

「待て!

 ちゃんと湯を沸かして白湯で飲め。

 もしくは湯冷ましで。

 腹を壊しても知らぬぞ」

 水だって安心は出来ない。

「あれ?

 さっき他の人はがぶ飲みしていましたけど」

「ひ弱な未来の者が、坂東武者と同じと思うか?

 わしとて、未来で茶を飲むようになって、こちらの水に偶に当たるようになったのじゃぞ」

 水と安全は無料ではないのは、現代においても日本以外では当てはまる。

 生水なんて飲んではならないのだ。

 水道水だって飲めない国は多い。

 ここは環境配慮人間も納得して従う。


「すみません。

 火を起こしたいんですが、どうしたら良いでしょうか?」

「やれやれ。

 本当に何も出来ないのじゃな。

 これを使え」

 火打ち石である。

 コツを掴まないと、着火なんか簡単に出来ない。

 現代人は相当に苦戦をしていた。


「あの……トイレは……?」

「厠か……全く世話が焼けるのお。

 付いて参れ」

 そうして屋敷の離れに連れて来られる。

「暗いです」

「それで良かろう」

「紙はどこですか?」

「紙等という高級品で尻を拭けると思うな!

 大体、糞尿は田畑の肥にするものぞ。

 紙等を混ぜては良い肥にならぬ。

 手で拭け。

 さもなくば、そこに壺があろう?

 その中の砂で洗うのじゃ!」

「お手洗い」という言葉はここから来る。

 手で拭いたら、手水でもって洗うのだ。

 これは古代中国の話だが、服に臭いが移るのを嫌い、衣装を(あらた)める。

 ここから「更衣室」なんて言葉に繋がった。


「しかし、暗いですねえ。

 蝋燭とか無いんですか?」

「灯りが欲しければ門の所に行け。

 篝火を焚いておる。

 蝋燭じゃと?

 宋との交易品じゃぞ。

 そんな高価なものをおいそれと使えるものか!」

「じゃあ、行灯とか……」

「あんどん? 何じゃそれは?」

 行灯は江戸時代の発明であるし、秉燭(ひょうそく)と呼ばれる油を燃やす照明はあったが、油は高級品なのだ。

「暗くなったら寝ろ!

 何故起きていたいと思う?」

 こうして現代人は、何もする事もなく夜を過ごす事になる。


「眠れない……」

 禅僧の寝床には、枕となる木を切ったものが置いてある。

 それに掻巻という袖付きの寝具で寝るのだが、布団にあたるものは無い。

 屋敷の方では、敷き布団相当のものとして畳が使われているが、元々側室の子で出家した障害持ちの者を住まわせていた小屋だけに、そんな快適なものは無い。

 譲念和尚は元々別な場所に住んでいて、今は居候のような形で押しかけ、母屋に寝泊りしている。

 この者だけが小屋で一人寝していた。


 この空間、現代日本の街の灯こそ見えるが、それ以外は鎌倉時代のままである。

 野犬の遠吠えも聞こえるし、ヒー……ヒー……という謎の声もする。

 この夜に鳴くトラツグミという鳥が「鵺」という妖怪に思われたのだが、そういう音がしばしばするのだ。

 そして

「うぎゃあー---」

 という断末魔の悲鳴。

 おまけに、なんか虫でもいるのか。

 段々体が痒くなってくる。

 静かな夜なのに、寒い、硬い、痒い、不気味な声が聞こえるで、かえって眠れなかった。

 その上、日が上ると起こされる。

 寝ていたくても、屋敷の者たちが動き出し、朝の騎乗とか弓の鍛錬とかをして五月蝿くなる。


「さて、休めましたかな?」

 譲念和尚が、明らかに寝不足の者に尋ねる。

「夜になんか悲鳴が聞こえましたが……」

「夜に出歩く方が悪い。

 野盗に遭うたか、野犬に襲われたか、道を踏み外してどこぞに落ちたか。

 まあ、気にするな。

 気にしたら負けだ」

 こんな世界なのだ。

 この環境配慮人間の鎌倉時代ホームステイは、二日目を迎える。

慈悟「火打ち石を使う等、簡単な事であろう?」

六郎「黙れ、放火魔」


あれ、難しいです。

乾燥した藁は絶対必要です。

風もちょっと。

湿気は完全に敵。

指パッチンで火種作って、そこから上手く炎上させるのはまず無理かな。

(出来るなら名人かと)

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― 新着の感想 ―
[気になる点] >この環境配慮人間の鎌倉時代ホームステイは、二日目を迎える。 ……むしろ一日目を乗り越えたのが意外。 [一言] それにしても現代人視点で見ると、鎌倉時代人の生活って想像以上にシビアだ…
[一言] エコロジストさん、せめて江戸時代と時空が繋がったらよかったのにね…(現代にまで通じる生活スタイルの基本が完成したのが大体江戸時代辺り
2022/12/01 20:47 退会済み
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